極上御曹司に求愛されています
その後数日、ふとした瞬間に悠生を思い出しては頬を緩めることも多かったが、その都度芹花は心を引き締めた。
ただでさえ忙しい毎日に、浮かれた気分を持ち込んで業務を遅らせるわけにはいかないのだ。
事務職だとはいっても、人の人生を左右する弁護士のサポートをしているのだ、ミスひとつが取り返しのつかないことにつながる場合もある。
ふと気を緩めれば悠生の肌の温かさを思い出すが、どうにか振り切り、仕事を進めた。
手元のスマホを見れば十九時を過ぎていた。
お腹もすいているが、今日中に仕上げておきたい資料があり、芹花はパソコンに向かっている。
画面を見つめていると、突然、視界の隅に何かが置かれた。
顔を上げれば、笑顔の三井が立っていた。
「お疲れさま。さっき、宅配で届いた。事務所宛てに二十冊届いたんだが、まずは作者の天羽さんに渡してくれって電話もあった」
「あ、出来上がったんですね」
「ああ、おめでとう。いいものに仕上がったみたいで良かったな」
芹花は手元に置かれたイラスト集を慎重に手に取った。
光沢があるつやつやの表紙をそっと撫で、湧きあがる喜びを必死で抑える。
完成直前の最終見本はすでに手にしていたが、やはり完成したものを見ると感慨深い。
三井に声をかけられた時のことや、初めて黒板メニューを描いた日のことを思い出して胸がいっぱいだ。
芹花は銀色の帯に書かれているコメントを確認した。
「あれ、変わってる。印刷前に聞いたコメントと違います」
芹花はまじまじとオビを見る。
出版社から聞いていた楓のコメントは、二十文字程度のイラスト集の感想だった。
とにかく見る価値あり、という意味の熱いコメントだったと芹花は思い出す。
けれど、芹花が今手にしているイラスト集のオビにはまったく違うコメントが書かれている。
〝もう、大丈夫〟
ただひと言だ。オビの中央に紫の大きな文字が目立っている。