極上御曹司に求愛されています
「もしかして、これって楓さんの直筆なのかな……」
そう言って芹花が首をかしげると、三井が「その通り」と答えた。
「さっきの電話で聞いたけど、竜崎楓は書家を目指していたほど字がうまいらしい。その字を見たら、納得だけどな」
「書家……。見た目だけじゃなく字もキレイなんですね。さすが最高学府を卒業しただけのことはありますね」
芹花は毛筆で書かれたに違いない文字を、指先でそっと撫でた。
そして短いながらも心に残るコメントを、何度か口の中で繰り返す。
このコメントに込められた楓の思いを察することができるほど親しいわけではないが、読者ではなく自分に向けられた言葉のような気がする。
これまで絵を描くことだけにしがみつき、狭い視野の中で生きてきた芹花のこれからを、明るく応援してくれていると、あり得ないことを想像した。
「素敵なコメントを書いてもらえてありがたいです。いつかお礼を言わないと」
ふと呟いた芹花に、三井が即座に反応した。
「お礼を言いに行くなら、俺も上司代表として同行するから、絶対に声をかけてくれよ」
「所長……」
大きな笑顔と弾んだ声の三井に、芹花は苦笑した。
「わかりました。でも、竜崎さんも忙しそうなので、いつお会いできるかわかりませんよ。とりあえずお電話だけでもできたらいいんですけどね」
「電話は失礼だろう? やっぱり直接会ってお礼を言わないと。もしよかったら寿司でも食べに行くか?」
そう言って三井は目を輝かせ「冬はしゃぶしゃぶでもいいよな」などとぶつぶつ言っている。
よっぽど竜崎楓に会いたいんだなと芹花は呆れた。
「お寿司は魅力的ですけど、あまり期待しないほうがいいですよ。なんせ世界的スーパーモデルですから日本にいついらっしゃるのかもわからないし」
この間会った時も、その日の晩にはフランスに行くと言っていた。
いつ帰国するのか、予想もつかない。
「出版社から電話があった時に、頼まれたんだが」
「え、なんですか?」
打って変わって真面目な表情を浮かべる三井に、芹花は眉を寄せた。
「この間、重版が決定しただろう?」
「はい。びっくりしましたけど、それがなにか? まさかやっぱり重版するようなチャレンジはできないと、出版社が正気に返ったとか?」
「逆だよ逆。二度目の重版が決まったらしい。ネットと店頭への予約だけでかなりの数が入ってるらしくて、発売日まで印刷屋はフル回転だそうだ」
「え、本当ですか? 嬉しいですけど……まさか、二度目があるなんて思わなかったです」
芹花は信じられない思いでイラスト集を見つめた。