極上御曹司に求愛されています
そんなある日、芹花はひとり暮らしをしているマンションの大家、星野慎太が営むカフェ〝月〟で、店頭に置く大きな黒板メニューにイラストを描いていた。
そのカフェは芹花が住むマンションの一階にあり、芹花をかわいがる星野が店に呼び食事をごちそうしてくれることが多々あった。
芹花の父親と同い年の星野は妻の千奈美とともに芹花を娘のようにかわいがっているのだが、芹花はそのお礼にと、店頭に置く黒板メニューを描いているのだ。
月に一度新しいものに変わる黒板の絵は、その月にちなんだ絵を添えたメニューで、描き始めて半年が過ぎたあたりから評判となり、その絵を目当てにやってくる客も増えた。
多くの客が写真を撮ってネットに投稿すれば、たちまち拡散され評判は高まる。
芹花はそれを喜びながらもなんだか照れくさく、誰が描いているのかを公表せず、店の休みに訪れては二台ある黒板に、交互にひっそりと描いていた。
そんな中、星野の知り合いである三井が定休日の店を訪れ、集中して絵を描いている芹花を知った。そして、あっという間に芹花の絵を気に入った。
『うちの事務所のホームページの絵をお願いできないだろうか』
三井はその場で芹花に三井法律事務所のホームページの背景の絵を依頼した。
職種柄堅苦しさ満載のHPだが、誰もが弁護士という存在を身近に感じられるように、まずは入口であるHPのリニューアルを考えていたのだ。
芹花の温かくホッとする絵はイメージにぴったりだった。
それだけでなく、星野から芹花の就職活動がうまくいっていない状況を聞いた三井は、芹花がよければ事務所の弁護士をサポートする事務職として働かないかとまで言ってくれた。
それまで弁護士との縁などまったくなかった芹花でも耳にしたことがある有名な法律事務所からの誘いに、芹花は驚いたが、星野の「それなら安心だ」と喜ぶ姿に、これは現実だと納得した。
『よ、よろしくお願いします』
芹花はそう言って深く頭を下げた。
その日から三年以上が経った今も、芹花は就職が決まったその時のホッとした気持ちをよく覚えている。
絵を気に入ってもらえたことがきっかけで、有名法律事務所に就職できるとは、まさかの展開だ。
そして、思いがけないその幸運を大切にし、声をかけてくれた三井への感謝を忘れず、仕事に向き合ってきた。
事務所のホームページの背景を手掛けながらの事務仕事は忙しいが、学ぶべきことも多く、日々成長しながら過ごしている。
そして今では芹花の学費を用意するために必死で働いてくれた両親に仕送りもできるようになった。