極上御曹司に求愛されています
芹花は少しでも気持ちを落ち着かせようと、ふうっと息を吐き出した。
「どうかしたのか? なにか気になることでもあるのか?」
イラスト集の打ち合わせの最中だというのに、物思いにふけっていた彼女に、隣に座る橋口が声をかけた。
「この打ち合わせが最終だから、なにか思うことがあれば今言っておけよ?」
今後のスケジュールを話す出版社の編集者を気にかけながら、橋口が言葉を続けた。
顔色が優れない芹花に、心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫。いよいよだなと思ったら、ちょっと緊張して」
それは嘘ではないが、まさか修のことを話すわけにもいかず、軽く笑ってごまかした。
「だよな。まさかイラスト集まで出せるなんて思わないよなあ。SNSの影響ってすげーわ」
芹花の同期である橋口は、事務所の広報担当という仕事柄、イラスト集の発売に向けて出版社とともに精力的に宣伝活動をしている。
「天羽だっていまだに信じられないみたいだな。俺もまさか法律事務所に就職してイラスト集の宣伝をするなんて思わなかったよ」
「ふふっ。そうだよね」
自分のイラスト集が発売されるなんて、就職が決まった時と同様、夢のような話だ。
事務所のHPの背景のイラストは、芹花によって毎月新しいものに更新されているのだが、堅いイメージの法律事務所のHPとは思えない、色鉛筆で描かれた明るく優しいイラストがSNS上で評判となり、その後テレビの情報番組で取り上げられたことがきっかけでさらに話題を呼んだ。
事務所には誰が手掛けたイラストなのかと問い合わせが多数寄せられたが、芹花は頑なに名前と顔出しを拒み、作者は非公表のまま三年近くが経った。
そして、その三年の間に公開したイラストと、新しく描いたイラスト。
そして、実は同じ作者が描いたイラストなのだというサプライズで〝月〟の黒板メニューに描いた数点のイラストを加えたイラスト集を発売することが決まったのだ。
出版社から持ち込まれた話に、所長の三井は弁護士を身近に感じてもらえるきっかけになるのではと乗り気で、彼に就職時の恩を感じている芹花は、戸惑いながらも断ることができなかった。