いつまでも愛していたかった
“別れ”以外の選択肢がないのに、彼はそれすら私に委ねる。

『一度きりのことだったんだ。どうしてもとせがまれて。言う事を聞かなければどうなるか知らないと。それで、だからって、なんでこんなことに。こんなことになるなんて……』

産まれてくる子どもに罪はないとはわかっている。
けれど、それを容認できるほど私はできた人間ではない。
彼の言葉を素直に信じるならば、恐らく彼女は、その可憐な姿の裏で残忍なほど全てを自分の思う通りにして来たのだろう。
そうだとしても、彼は情けない人だと思う。
どうしようもない人だと。
情けないところも含めて、確かに、林明史と言う人を愛していた。

『君の手を離したくないんだ……』

自分の犯した過ちを棚に上げ、別れたくないと駄々をこねる。
君の隣を他の誰かが歩くなんて耐えられない、と。
あなたの隣を他の人が歩いている姿を、私はこの先見ていかなければならないのに。
それを私に告げることで、彼は私を縛り付ける。
だから私は俯く彼に言ったのだ。
それを断ち切るために。
彼が離してくれなかったその手を、離す為に。

『あなたのその優しさは時に残酷なの。まっすぐで正直で、清廉潔白でいたいのは自分が後ろめたい思いをしたくないからでしょう?それでもあなたがしたことは消えない』

なぜ、彼女は彼を選んだのだろう。
苦しくて、悔しくて。

『あなたのことは、もう要らない……』

心がちぎれそうと云うのはこういうことを云うのだろうか。
口にした言葉は私の胸をきつく締め付けた。
けれど断ち切らなければ、彼も、私も幸せになどなれない。

これが最後の恋だと思っていた。
彼が最後の人だと思っていた。


まっすぐなところが好きだったのだ、とても。

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