『The story of……』

「……一緒に来る? とっておきの場所」


「……えっ?」



「愛都だけに、教えてあげる」



こう言って微笑んだ匠巳が、着ていたパーカーをわたしに羽織らせる。


パーカー越しに伝わる匠巳の体温が、わたしを包み込んだのと同時に。
シャンプーと石鹸の匂いも全身を覆って、わたしのモヤモヤを増長させた。


「おいで?」



ひんやりと冷たい匠巳の指先に誘われながら、わたしはただ黙ったまま彼について行った。



そうして匠巳に連れられてきたのは、近くのマンションの屋上だった。



「灯りが一杯でしょ?」



匠巳が指差した先。
そこには沢山の街の灯りが溢れていた。


それを黙って見つめる匠巳の瞳に、ぼんやりと灯りが反射する。



「……温かくなるんだ。ここに来ると」


「えっ?」



「生活の灯り。あの下に……色んな人が、家族が居るんだって」



街の遠くを見つめる匠巳の指先は、さっきから冷たいままだ。
わたしはそれが匠巳の心を映し出してるみたいで、思わずギュッと握りしめた。



「……噂はホントだよ。独りぼっちで家に居るのが嫌で……僕を欲しがる人から体温を貰ってた」



匠巳が求めた温もり。
匠巳を欲しがった彼女たちは……そんな気持ちに気付いてあげられたんだろうか。

< 110 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop