これがキスだと知らなかった。
ドクンドクンと嫌な心臓の音が体全体を駆け巡った。
どうして自分の母親がこんなに怖いのか
自分でもよく分からない。
でも小さい頃、思い出せない母に対しての
嫌な記憶がただ呆然とあったのだった。
「もういいわ、さっさとどっか行ってよ。
アンタなんか産まなきゃよかった」
お母さんはそう言い放つと答案用紙を私に押し付け、
立ち尽くす私を無視して、リビングのソファに深々と座った。
「ちょ、母さん、それは流石に言い過ぎだろ..」
「勇拓は賢いからね、これくらい言ってやらないと
この子も本気になれないのよ」
軽々しく言い放った母の言葉。
私はこういうのも多分、慣れっこだった。
「あっ、仁菜!!」
「勇拓!放っておきなさい。」
押し付けられた答案用紙をクシャッと握りしめ、
溢れそうになった涙を我慢しながら、
私は走ってリビングを出た。
階段を駆け上がって自分の部屋に入ろうとしたとき
「仁菜?泣いてるの?」
晴兄だった。
きっとさっきの会話も聞いてたんだろう。
そう考えると一気に自分の出来の悪さが
恥ずかしくなってきたと同時に涙が溢れた。
晴兄に見られないようにとクシャクシャになった
答案用紙で顔を隠し、何も言わずに部屋へ駆け込んだ。