これがキスだと知らなかった。
バタンと強くドアを閉める音と同時に、
その場にしゃがみ込んだ。
「っ...っっ.....」
赤いインクで滲んだ答案用紙はもうグシャグシャだった。
どうしてお母さんが私にあんなに厳しいのか解らない。
なにか悪いことをした覚えもない。
たしかに出来が悪いのは事実だけど、なにもあそこまで言わなくてもよかったじゃん。
悔しくて悔しくてたまらなった。
ベッドに倒れこむように横になった。
ただひたすら涙が流れてくる。
『アンタなんか産まなきゃよかった』
きっとお母さんの口からこの言葉を
聞くのは初めてじゃなかった。
だけどいままで兄妹3人でいることが
多かったせいで、なんだか忘れていた。
生温いところにいたせいで、久々のお母さんの言葉は
なんだか心をえぐられるように辛い。
止まらない涙を拭うこともせず、ベッドの上で白い天井をボーっと見ていた。
__ ガチャ
「仁菜...」
「はっ...る..っ」
温かい声。
晴兄は心配そうな顔をして私のベッドの上に座った。
「...は、る..にぃ?」
そして私の顔の横に晴兄の腕が伸びた。
上を見るとさっきまで白い天井だったはずなのに、そこには晴兄がいた。
「....泣かないで」
そう言うと晴兄の顔が少しずつ近いてくる。
__ペロッ
「きゃっ...」
晴兄は私の頬にあった涙を舐めると、すぐに首元に顔を埋めてきた。
「ちょっ..っ..は、る」
どうゆう状況かわからない。
ただ晴兄の吐息が耳元に吹きかかると
なんだか頭が真っ白になりそうになる。
今まで出した事も無いような声が自分の口から漏れる。
くすぐったくてどうすれば良いかも分からず、
晴兄が着ているパーカーをぎゅっと掴んで引き寄せる。
「仁菜...」
「ぇ..?..っん 」
その声はなんだか切なげで、
私はそれを受け入れることしか出来ない。
首筋に這う生温い感触は確かに晴兄の舌で、
何が起こってるのかわからない。
「だ、だめだよ、くすぐっ..たい..」
そう言うと晴兄はピタリと動きを止めて、私の額にチュッと音を立てると、私から離れた。
「ごめん、泣いてたから」
どうして謝ってるの?
さっきのはなに?おまじない?
「あっ、ううん...元気がでるようにしてくれたんだよね
ありがと、晴兄」
とにかく笑わなきゃ。
晴兄にまた心配かける自分も嫌だ。