触れられないけど、いいですか?
「……中学から大学までは全て女子校だったので、異性との関わりは殆どありませんでした。ただ社会人になってからは、いつまでも異性を避ける訳にはいかないと思い必死に努力し、男性と普通に会話をするくらいなら出来る様になりました。

でも……直接触れられるのはどうしても無理なんです」


言えた。言ってしまった。

痴漢に遭ったことは両親も知っているけれど、未だに男性恐怖症であることは親も知らない。

自分の内だけに潜めていた秘密を、初めて誰かに話した。


でも、後悔はしていない。だって絶対、翔さんには言うべきだったから……。



「朝宮食品の娘として生まれ育った以上、いつかは父が決めた相手と結婚する日が来ると思っていました。
男性恐怖症の私が結婚だなんて勿論不安がありましたが……政略結婚ならば、相手と触れ合う必要も、愛し合う必要もないって、そう思ってもいたんです……」


だから、私に好きになってもらえるように努力するだなんて言ってくれた翔さんの気持ちが嬉しい反面、申し訳なかった……。



「本当にごめんなさい……」



私の話を全て聞き終えた翔さんは、ゆっくりと口を開く。



「言い辛いことを言わせてしまって、すみません」

「え……?」

「でも、話してくれて嬉しいです」


……正直、もっと面倒臭そうな反応をされるかと思っていたから、こんなにも優しい言葉を掛けられ、良い意味で裏切られた。素直に安心した気持ちもある。


それでも……。


「なので、結婚を白紙にするかどうか考えてもらわなければいけないのは、私の方なんです」


この結婚がなかったことになれば、父や母にはどこまでも申し訳ない。それでもやっぱり、翔さんに秘密を抱いたまま結婚はするべきじゃないから……


「こんな、普通じゃない私との結婚なんて、嫌ですよね」


思ったことをそのまま彼に伝える。

いっそ結婚を断ってもらった方が、気持ち的にスッキリするんじゃないかとすら思った。



だけど翔さんの口から発せられた返事は、意外なものだった。


「さくらさん。言ったでしょう。僕は、さくらさんとの結婚を進めていきたいんです」
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