触れられないけど、いいですか?
「あはは。でも、具合を悪くされたばかりだし、今日はもうお家に帰った方がいいかもしれませんね。次に来る反対電車にも、女性専用車両は付いてますよ」

彼女にそう言われ、私は確かに……と頷いた。
翔さんの為にも早く男性恐怖症を治したいけれど、無理しすぎないのも大事なことかもしれない……。


「じゃあ、今日はもう帰ります。あの、本当にすみませんでした。今度何かお礼を……」

彼女もどこかへ出掛ける途中だったはずなのに、私がすっかり引き止めてしまった。後日改めてお礼をしようと、私は連絡先を教える為にバッグから携帯を取り出すけれど……。


「気にしないでください。どうせ一人でフラフラ電車乗ってただけだし」

「でも……」

「どうしても気になるようなら、今度会った時にご飯でも奢ってください。あ、ほら、早くあっちのホーム行かないと、電車来ちゃいますよ」

そう言われ、私はどうしたとのかと戸惑ったけれど……お礼の押し売りというのもかえって失礼かもしれないと思った。


「はい。では、失礼します。本当にありがとうございました」

「はーい。帰りはちゃんと女性専用車両に乗るんですよ」

ひらひらと右手を振る彼女に見送られながら、私は反対側のホームへと移動した。


次に会ったらご飯を奢る……なんて約束をしたけれど、次に会うことなんてまずないだろう。彼女だってそう思っているはず。

せめて、今日あの子に親切にしてもらったことは、自分の中だけでもずっと忘れないようにしよう。
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