触れられないけど、いいですか?
帰宅すると、見覚えのある革靴が玄関に置かれていた。


「さくらさん。お帰りなさい」


そう言って私を迎えてくれたのは、私服姿の翔さんだった。


「翔さん! すみません、いらっしゃっていたんですね? 連絡くださればもっと早く帰宅したのに……!」

「はは。お義父さんに呼ばれて、つい先程からお邪魔してます。さくらさんももうすぐ帰ってくるだろうからとのことだったので、待たせていただきました。ああ、そんなに慌てないでいいですよ」

バタバタと靴を脱いだり髪を手ぐしで整えたりしている私を、翔さんはいつも通り優しく気遣ってくれる。


一緒にリビングへ行くと、そこには父もいて、「お帰り、さくら。翔君の隣に座りなさい」と言われる。

言われた通り、ソファの翔さんの隣に腰掛けると。


「今後の予定についてだが、日野川家の都合も合わせて考えると、まずこの辺りでお披露目のパーティーを……」


と、スケジュール帳を広げながら説明してくれる父。

結納、挙式、披露宴、その他についても大まかではあるけれど日程が決められていく。


しかしその途中で「すまない。ペンがつかなくなってしまった。ちょっと待っていてくれ」と言って、父が一時退席した。


リビングには、私と翔さんの二人きり。


……なんだか、緊張してしまう。

翔さんと私は、親から決められた結婚相手でしかないはずだったのに、翔さんがあまりに優しくしてくれるから……ついドキドキしてしまう……。

きっと、恋なんかじゃないけれど。
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