触れられないけど、いいですか?
微かに触れただけなのに、その感触がやけにリアルで、そして消えない。

拭いたい訳ではないけれど、いつまでも残っているのも恥ずかしすぎて、耐え切れなくなった私はその場にしゃがみ込み、更に熱くなった頬を両手で覆った。


「さくらさん? すみません、もしかして具合悪くなってしまいましたか?」

何か誤解してしまったらしい翔さんが、少し慌てた様子で私の正面に同じ様に腰をおろす。

……そんな彼はいつも通りの丁寧な言葉遣いで、私のことも〝さくらさん〟と呼んだから、出会った日の翔さんに戻った感じがした……けれど、一体、どちらが本当の翔さん?


「……具合は大丈夫です。でも、恥ずかしい……」

キスって、こんなにドキドキするものだったんだ。
今どき中学生でもキスくらいするのだろうけれど、皆こんなにドキドキしながらキスしてるの? それとも、いつかは慣れるの?
分からないよ。だって、初めてだったんだから。


「……すみません。さくらさんが他の男と仲良くしてるって考えたら、たまらなく嫌で。早くさくらさんを僕のものにしたいって思ってしまったんです」

そう話す翔さんは、口元は笑っているけれどどこか寂しげで、少しだけ弱々しく見える。


ていうか……


「たまらなく嫌って……。何で……」

そんな言葉は、まるで恋人に送るべきセリフだ。
私達の関係には、そぐわない。

そう、思うのに。


「言葉通りの意味です。俺は、自分が大事だと思うものは誰にも渡さないし、自分の手で幸せにします。
だからあなたは、他の男を見る必要なんてないんですよ。俺だけを見ていれば、絶対に幸せになれるんですから」
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