触れられないけど、いいですか?
3.抱き締めたい、抱き締められたい
『キス、しようか』
『さくらから、してきて』
……唇を、人差し指でそうっとなぞる。
あれから一週間も経つのに、唇の感触がリアルに蘇ってくる。
唇の感触だけじゃない。たった一瞬唇が触れ合っただけで、全身が熱くなったあのドキドキも同時に思い出す。
「ふぅ……」
定時過ぎの給湯室で、上司にコーヒーでも持っていこうかと準備していたけれど、こうして一人になると、どうしてもあのキスを思い出してしまう自分がいる……。
こんなの駄目。ここはオフィスなんだから、仕事に集中しなくちゃ。
そう思うのに、ついついあのキスのことを思い出してしまうのは、私にとって初めてのキスだったから……というだけではなく、相手が翔さんだからというのが大きいだろう。
親が決めた結婚相手に過ぎなかったはずの彼が……いつの間にか、私の心を占領し始めている。
彼のことが好き……とか、そういう感情なのかはまだよく分からないけれど、最近の自分が彼にやけにドキドキしているのは事実だ。
「さーくちゃん」
そんな時、背後から聞き慣れた声がして振り返る。
そこにいたのは、右手をひらひらと振りながら給湯室に入ってから、霜月さん。
「霜月さん。どうしたんですか?」
「仕事終わったから、帰る前にコーヒーでも飲もうかなって」
「総務部のフロアにも給湯室ありますよね?」
「ははっ、あるある。こっちのフロア来れば、さくちゃんに会えるかなーっと思って」