触れられないけど、いいですか?
「ってことはさくちゃん、もしかして近々退職しちゃう?」

「あ、えと、はい……。上半期末で退職しようと思ってます」

「九月末ってこと? あと数ヶ月じゃん。せっかく仲良くなれたのに寂しいよ」

〝寂しい〟というその言葉からは、さっきの様な他意は感じられず、素直に嬉しく思う。というか、そもそも先程の言葉にも他意なんてなく、やっぱり私の勘違いだったのかもしれない。


「そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます。私も、霜月さんは気を遣わずに話せる方なので、同じオフィスで働くことが出来なくなるのは寂しいです」

「えー? 気遣ってくれないの? 俺、さくちゃんより先輩だよ?」

「あっ、いえ! そういう訳じゃ……!」

「あはは! 分かってる分かってる! からかっただけ!」

そう言って明るく豪快に笑ってくれる霜月さんを見て、やっぱり良い人だなと思う。


「じゃあ、失礼します」

コーヒーを淹れたマグカップを手にし、私は給湯室を後にしようと、彼に背を向けた。
すると。


「あのさ、さくちゃん」

と、去り際に名前を呼ばれたので、足を止めて顔だけ振り返る。


「はい。何ですか?」

「次にあの婚約者と会う予定って、いつ?」

「え?」
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