触れられないけど、いいですか?
食事を終えると、翔さんは私のことを家の前まで送ってくれた。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、また日曜日に」
そう伝えると、彼は「うん」と笑顔で答えてくれるけれど、私のことをじっと見つめながら
「ねえ、さくら」
と私の名前を呼んでくる。
「何?」
私が首を傾げると、彼の口からは思いもしなかった言葉が放たれる。
「お別れのキス、しようよ」
「……はい⁉︎」
少し間をあけて、盛大に驚いてしまう。
ここが玄関前だということを思い出し、慌てて両手で自分の口を塞ぐけれど……動揺は隠し切れない。
だ、だって、キスって。そりゃあ、この前もしたけど……この間のは半分は不可抗力とも言える。
キスしようと言われてするのは……やっぱり恥ずかし過ぎる。
だけど、俯いてしまった私の頭上からは翔さんの優しい声が降ってきて、
「男性恐怖症を治す為に、一つ一つ色んなことをクリアしていけたらいいなって思ってるんだ。
頭ポンと、手を繋ぐのと、さくらからキスするっていうのはクリア出来たから、次はお別れのキスかなって。どう?」
どうって聞かれても、恥ずかしいことには変わらない……。
だけど、彼は私の男性恐怖症を治す為に協力しようとしてくれているのに、肝心の私が逃げる訳にもいかない……。
何より私、男性恐怖症を治したいっていう気持ちが前より強くなってる気がする。
普通の女性みたいに、ごく自然に好きな人に触れられるようになりたい。
好きな人に……
翔さんに触れられる自分になりたい……。
私は、きっと茹でダコの様に真っ赤になっているであろう顔をゆっくりと上げ、彼と視線を合わせた。