触れられないけど、いいですか?
それを聞いた翔君は……。


「そうか……」


と、ひと言呟いた後、何やら難しい顔をしているように見える。

何で、そんな顔?
翔君のために……って、結構恥ずかしいの我慢して言ったんだけどな……。


すると彼は、思いがけない一言を私にぶつける。



「ごめん、抱き締めたい」



「え?」


思わず、間抜けな声を発してしまった。

あまりに真剣な顔をして、そんなことを言うから。



「男に抱き締められるなんて、さくらにとってはまだ、恐怖しかないと思う。だから無理矢理抱き締めようとか、そんなことはしない。だけど、抱き締めたいと思ったことは事実だから、ごめん」


へへ、とはにかむように笑いながらそう話す彼が、何だかちょっと可愛い。


だけどその笑顔は、少しだけ寂しそうに見える……。



「いい、よ」

それは、自然と口から出た言葉だった。


「え?」

「ちょっと、怖いけど……全く怖くないと言ったら嘘になるけど……でも、翔君になら抱き締められてもいい……。

ううん、私も翔君に、抱き締めてもらいたいって思う」


我ながら、とんでもなく恥ずかしい発言をしてしまったと思う。

だけど、これもまた、自然に溢れ出てきた嘘偽りのない気持ち。


すると、翔君の腕がゆっくりと私の手を握り、ひと気のない路地裏へすっと誘導される。


そして、誰も見ていないその空間で、ギュッと……彼は正面から私のことを抱き締めた。


それは、まるで大切な宝物を壊さないかのように、どこまでも優しい力で……。
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