君に癒されたい!君を癒したい!―君の過去何かどうでもいいんだ!
凜もそこのところはわきまえていて、水割りを2杯作ってくれた。席をテーブルからソファーへ移す。少し酔いが回ってきたのでソファーの方が楽ちんだ。

「ジョニ黒が好きなんですか」

「水割りはこれが一番好きだ。このスモーキーな香りと味が好きなんだ」

「お店にも1本キープしておきます。たまには寄って下さい」

「いや君の神聖な職場だから、行かないようにしたいと思っている」

「神聖な職場ですか? あそこが」

「じゃあ、付き合っている相手の会社に気軽に会いに行けると思うかい」

「それは」

「できないだろう。だから行かない」

「お店なんですから、考え方が真面目過ぎませんか?」

「本当は君がお客の相手をしているところを見たくなんだ。その笑顔を僕にだけ見せてほしいと思っている。そこまで言うと料簡の狭い我が儘な男と思うかもしれないけどね」

「客商売していると仕方ないです。客商売ってそんなものです。お客様には笑顔でお相手しなければなりません」

「すべて営業用の微笑み?」

「そうとは言いませんが、いやなお客もお客様にかわりありません。お客様を選べないんです」

「そうだね」

「いやなお客もはじめは本当にいやですが、段々慣れてきて、割り切ってお相手できるようになるんです。でも、一方で段々そういう自分にやりきれなくなってくるんです」

「だからやめたの?」

「そうです。好きな人だけを相手にできる普通の生活がしたくなって」

「それで、今はそういう生活ができているの?」

「はい、お店は商売と割り切るしかありませんが、お付き合いは好みの人とだけにしたいと思っています」

「僕も好みの人に入れてもらっているんだね」

「もちろんそうです」

「ありがとう」

凜を引き寄せてそっとキスをする。そして暫く抱きしめる。

「お風呂を沸かして温まろう」

「そうですね」

僕は立ち上がってお風呂の準備をする。凜はテーブルの上と座卓の上を片付けてくれている。お湯が満杯になるまでの間、僕は寝室の準備をする。凜は黙ってソファーに座って水割りを飲んでいる。

「一緒に入る?」

「はい、先に入っていてください。すぐに行きます」

先に入って身体を洗っていると凜が入ってきた。さっとシャワーを浴びるとすぐに僕の身体を洗ってくれる。今度は僕が身体を洗ってあげる。凜はじっとしている。

それから湯船からお湯の溢れるのも構わずに二人で浴槽に浸かる。後ろから凜を抱いて浸かっている。

「箱根を思い出しました」

「お風呂はいいね。今度また二人で温泉に行くかい?」

「それもいいですね」

「先に上がっていて下さい。髪を洗わせて下さい」

僕は先に上がってソファーで水割りを飲みながら待っている。凜はバスタオルを胸に巻いて上がってきた。髪にもタオルを巻いている。

「気持ちよかったわ。素敵なお風呂ですね」

「僕も気に入っている。少し広めで温かい」

凜を引き寄せてキスをする。そして抱きかかえて寝室へ運んだ。それから愛しあい、二人だけの長い夜を過ごした。

6時に目覚ましが鳴った。もう起きる時間だ。月曜日だから出勤しなければならない。デートが日曜日だとこのあたりが不都合だ。すぐに起きて朝食の準備をする。凜も起きようとする。

「朝食の準備は僕がするから、ここでは僕に従って、ゆっくりしていて」

「そういう訳にはいきません。お手伝いします」

「いいから、お客さんはじっとしていて」

「優しいんですね」

「娘と生活している時はずっとこうだったからね」

「いいパパだったんですね」

「それはどうかな? 遠くへ行ったところを見ると、口うるさかったんだろう」

「娘と言うものは父親が好きなものです」

「いずれ、君に会わせるよ」

「私のこと、どう思うかしら」

「どうかね」

凜は身支度を整えるとソファーで見ている。朝食の準備ができた。トーストとホットミルク、ハムエッグ、プレーンのヨーグルトにジャム、皮を剥いたリンゴのカットの簡単なもの。

「男の作る朝食はこんなもんだ。諦めて食べてくれる」

「私が作ってもこれ以上はできませんから、ご馳走になります」

「これに懲りずに、また遊びに来てくれないか。二人で飲んだり食べたりすると楽しいから」

「機会があればまたお邪魔します。今度は何か料理を作りましょう」

「ありがたい、楽しみにしている。これ予備キーだけど持っていてくれる?」

「預かれないわ」

「今日は遅くここを出てくれればいい。今帰ると朝のラッシュに合うから」

「構いません」

「いいからそうしてくれ」

「分かりました。私を信用してくれてありがとう」

「信用していないと付き合ったりしないよ。じゃあ頼みます」

僕は凜をマンションに残して出勤した。夜、家に帰ると部屋が整っていた。掃除してくれたみたいだった。凜のいい匂いが残っていた。帰った時に凜が迎えてくれたらどんなだろうかと思った。

それから、デートは自宅のマンションですることが増えてきた。その方が凜も周りに気を使わなくてよくて気楽みたいなので自然とそうなった。

公園の散歩も気に入っているみたいだった。家に来ると料理を作ってくれる。それから泊ってくれて、月曜日の朝、ゆっくり帰っていく。
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