音にのせて
数名の使用人さんが着替えやメイクをしてくれて、準備が整った。
改めて鏡で自分の姿を見つめる。先程香里奈ちゃんが選んでくれたドレスとに合わせ、髪は太めの編み込みをサイドに流してシニヨンに。化粧も派手過ぎずにナチュラルメイクをしてもらい、鏡に映る自分はまるで別人のように感じた。
「奏、準備できた?」
ドアを叩く香里奈ちゃんの声に返事を返すと、私同様にドレスアップをした香里奈ちゃんが入ってきた。ネイビーのベアトップロングドレスで、胸元にあるバラを模った花飾りとスパンコールがとても可愛らしい。抜け感のあるチュールスカートが華やかさを演出している。髪は煌くビジューとパールを散りばめたカチューシャをしているだけでシンプルだったが、ドレスの大人な雰囲気と合っている。
「奏可愛い!ドレスもそれにして正解だね!」
「あ、ありがとう…」
「じゃあ早速会場に行こうか!もう凌玖達は行ってるって」
そう言って私は香里奈ちゃんへ連れられて、パーティー会場となっている大きなホールへやって来た。
とても広いホールの中には既に多くの人達がいた。皆それぞれにこやかに談笑をしていたり、たくさん並んでいる美味しそうな料理を堪能したりと、各々がパーティーを楽しんでいた。天井には大きくて華やかなシャンデリアがいくつも飾られており、キラキラと会場を照らしている。
そんな中で、一角だけ注目を集めている場所があった。何事かと視線を向けると、そこにいたのは凌玖や真翔君達だった。もともと目立つ人達がスーツを着てお洒落をしている事で、更に雰囲気が増したのだろう。それが会場にいる女性達の注目の的となっていた。
「アンタ達は相変わらず目立つわね~」
そんな凌玖達の元へ、香里奈ちゃんが少し呆れたような声をかけながら近付いた。
「あ!香里ちゃん、かなちゃん綺麗~!」
紫央君はグレーのスーツにブルーのワイシャツ、ネイビー色のネクタイを締めていた。いつもフワフワのくせっ毛がある金色の髪も、今日は軽くワックスを付けて前髪を後ろに流し、おでこを少し見せており、いつもより大人っぽく感じる。
紫央君の隣りにはコーヒーブラウンのスーツを着た椎名君が、黙って視線を向けていた。お洒落なチェック柄のスーツと黒のワイシャツ、ワインレッドのネクタイを締めていて、落ち着いた中にも男らしい魅力を感じる。
「本当だ。やっぱり女性はドレスアップすると華やかになるね」
そう言った真翔君は白いワイシャツにネイビーの水玉模様のネクタイを締め、ワインレッドのスーツを着こなしている。そして、いつもはハーフアップにしている髪も今は後ろで1つに緩く束ね、妙に色っぽく感じる。
「…へぇ~、なかなか良いじゃねぇか」
真翔君の声に、凌玖が私へと視線を向けた。
薄いチェック柄の黒いスーツと白いワイシャツ。シンプルなスーツ姿にワインレッドのネクタイを組み合わせていて、とても良く似合っている。髪も毛先をワックスで遊ばせており、いつもの雰囲気と違って見える。
「…あ、ありがとう…」
そんな凌玖を正面から見る事ができず、視線を逸らしながらお礼を言った。
凌玖はそんな私の態度にフッと小さく笑ったかと思うと、何かに気付いてどこかへ行こうとした。
「どうしたの?」
「あそこに辻森グループの社長がいるから、挨拶してくる」
「パパに?じゃあ私も一緒に行く!」
そう言うと、香里奈ちゃんは凌玖の隣りへと並んだ。
「は?別にお前は良いだろ?」
「良いじゃない、別に。ついでにパパ達にドレス姿見せに行くんだ~。ほら、行くよ!」
香里奈ちゃんは凌玖の腕を掴むと、そのまま引っ張って行ってしまった。
“ ちなみに、西園寺だよ。香里奈の好きな相手”
昨日真翔君から聞いた言葉が、何故か今思い返された。
2人が並んで歩く後ろ姿を見ているだけで、胸がざわつく。
昨日から自分でも分からない感情が心の中を侵食しているようだ。
じわじわとゆっくり、でも確実に。
それが次第に鈍い痛みとなり、苦しさを増す。
「…かなちゃん!」
紫央君の言葉にハッとすると、目の前には心配そうな紫央君がいた。
どうやら考え事に集中していてボーッとしていたようだ。
「…どうしたの?大丈夫?」
「あ…うん。大丈夫」
心配させまいと笑顔で返すも、まだ紫央君は心配そうな表情を浮かべている。
「料理もらいに行こうかって話してたんだけど、かなちゃんも行く?」
「あー…うん、そうだね…」
私は曖昧な返事を返しつつ、先程凌玖達が向かった先へ視線を向けた。傍には笑顔で話をしている男性と女性がいる。おそらく香里奈ちゃんのお父さんとお母さんだろう。香里奈ちゃんも凌玖の隣りで楽しそうに会話をしている。
その光景を見ただけで、先程よりも胸の痛みが強くなった。
「…ごめん、紫央君。あんまり食欲無いから、外の空気吸ってくる」
「本当に大丈夫?」
「うん。初めての豪華なパーティーで緊張してるのかも。少し休んだら戻るから」
そう言って、私は紫央君と別れてバルコニーの方へと向かった。
バルコニーには誰もいない。
扉を閉めれば中の喧騒も抑えられ、波の音が静かに聞こえてくる。
時折吹く優しい夜風も、今の私には丁度良かった。
まるで、どんよりとした暗い感情をゆっくりかき消してくれるようだった。
(どうしたんだろう…私…)
よく分からない感情に振り回されているこの状況に疑問を抱きつつ、私はバルコニーの手摺りに寄り掛かりながら、溜め息をついた。
「…溜め息なんかついて、どうかしたか?」
その時、急に聞こえてきた声に驚いて、私は顔を上げた。
すると、椎名君が両手にグラスを持ちながらやって来た。
「食欲無いって聞いたけど、大丈夫か?ほら、りんごジュース。これなら飲めるか?」
椎名君は私の横に来ると、手にしていたグラスを片方差し出した。
「…ありがとう」
私はそれを受け取ると、ゆっくりと自分の口へと運んだ。りんごの甘味が口の中いっぱいに広がり、だけどすっきりとした後味でとても飲みやすい。
「…美味しい」
「そっか。そりゃあ良かった」
そう言って笑うと、椎名君も自分の分のジュースを1口飲み、「確かにウマいな」と言った。
「…で?何かあったのか?」
椎名君に尋ねられたが、自分でもどうしてこんなに気持ちがモヤモヤしているのか分からない状態なので、どう話せば良いのか困ってしまった。
「…言いたくなかったら、別に良いけど…」
「違うの…!そうじゃなくて…えっと…自分でもよく分かっていなくて…。昨日から、何か変なの」
「変…って?」
「凌玖がみんなと話をしていたりする所を見ると、こう…胸の中がモヤっとしてきて…。さっきも香里奈ちゃんと話している所を見ただけで苦しくなって…。どうしてそうなるのか自分でも分からなくて…」
今自分が感じている事をそのまま話してみたものの、うまく説明ができない。きっと聞いている椎名君も意味が分からないだろう。
「…ごめんね、何言ってるか分からないよね…」
「あー、いや、そうじゃねぇけど…それってさ…」
何かを切り出そうとしている椎名君へ、私は視線を向けた。
しかし、椎名君は一向にその言葉の続きを話す事は無く、その代わりに何故か私から視線を逸らし、言いにくそうな表情を浮かべていた。
「…どうかした?」
「…それって、さ……ヤキモチ、なんじゃねぇの?」
「…ヤキモチ…?」
「そう…!一緒に住んでるんだし、家族が他の人と仲良くしていると楽しくないっていうか…」
「…そう、なのかな…?」
確かに、凌玖は家族だ。
椎名君や真翔君、紫央君達と比べてみても、少しだけ凌玖に対しての気持ちが違う事は分かる。
でも、それは本当に家族だからというだけなのだろうか。
このうまく説明しようがない感情は、家族愛故のものなのだろうか。
そんな事を考えていると、ふわりと頭に優しい温もりを感じた。
「あんま考え込まない方が良いぞ。…また何かあったら、こうやって聞いてやるから。な?」
椎名君の優しい声と頭に置かれている手の温もりで、心が少し軽くなったように感じた。
未だにこの感情の答えが分からないままだが、椎名君の言う通り分からない事をずっと考えていても仕方がない。
それに、自分だけで考え込んでいた時よりも話を聞いてもらえただけで、少し楽になれたような気がした。
「…うん、ありがとう」
そうお礼を言って笑うと、椎名君も優しい笑顔を返してくれた。
そんな私達の様子を凌玖が遠目から見ていた事を、この時の私は気付きもしなかった。
改めて鏡で自分の姿を見つめる。先程香里奈ちゃんが選んでくれたドレスとに合わせ、髪は太めの編み込みをサイドに流してシニヨンに。化粧も派手過ぎずにナチュラルメイクをしてもらい、鏡に映る自分はまるで別人のように感じた。
「奏、準備できた?」
ドアを叩く香里奈ちゃんの声に返事を返すと、私同様にドレスアップをした香里奈ちゃんが入ってきた。ネイビーのベアトップロングドレスで、胸元にあるバラを模った花飾りとスパンコールがとても可愛らしい。抜け感のあるチュールスカートが華やかさを演出している。髪は煌くビジューとパールを散りばめたカチューシャをしているだけでシンプルだったが、ドレスの大人な雰囲気と合っている。
「奏可愛い!ドレスもそれにして正解だね!」
「あ、ありがとう…」
「じゃあ早速会場に行こうか!もう凌玖達は行ってるって」
そう言って私は香里奈ちゃんへ連れられて、パーティー会場となっている大きなホールへやって来た。
とても広いホールの中には既に多くの人達がいた。皆それぞれにこやかに談笑をしていたり、たくさん並んでいる美味しそうな料理を堪能したりと、各々がパーティーを楽しんでいた。天井には大きくて華やかなシャンデリアがいくつも飾られており、キラキラと会場を照らしている。
そんな中で、一角だけ注目を集めている場所があった。何事かと視線を向けると、そこにいたのは凌玖や真翔君達だった。もともと目立つ人達がスーツを着てお洒落をしている事で、更に雰囲気が増したのだろう。それが会場にいる女性達の注目の的となっていた。
「アンタ達は相変わらず目立つわね~」
そんな凌玖達の元へ、香里奈ちゃんが少し呆れたような声をかけながら近付いた。
「あ!香里ちゃん、かなちゃん綺麗~!」
紫央君はグレーのスーツにブルーのワイシャツ、ネイビー色のネクタイを締めていた。いつもフワフワのくせっ毛がある金色の髪も、今日は軽くワックスを付けて前髪を後ろに流し、おでこを少し見せており、いつもより大人っぽく感じる。
紫央君の隣りにはコーヒーブラウンのスーツを着た椎名君が、黙って視線を向けていた。お洒落なチェック柄のスーツと黒のワイシャツ、ワインレッドのネクタイを締めていて、落ち着いた中にも男らしい魅力を感じる。
「本当だ。やっぱり女性はドレスアップすると華やかになるね」
そう言った真翔君は白いワイシャツにネイビーの水玉模様のネクタイを締め、ワインレッドのスーツを着こなしている。そして、いつもはハーフアップにしている髪も今は後ろで1つに緩く束ね、妙に色っぽく感じる。
「…へぇ~、なかなか良いじゃねぇか」
真翔君の声に、凌玖が私へと視線を向けた。
薄いチェック柄の黒いスーツと白いワイシャツ。シンプルなスーツ姿にワインレッドのネクタイを組み合わせていて、とても良く似合っている。髪も毛先をワックスで遊ばせており、いつもの雰囲気と違って見える。
「…あ、ありがとう…」
そんな凌玖を正面から見る事ができず、視線を逸らしながらお礼を言った。
凌玖はそんな私の態度にフッと小さく笑ったかと思うと、何かに気付いてどこかへ行こうとした。
「どうしたの?」
「あそこに辻森グループの社長がいるから、挨拶してくる」
「パパに?じゃあ私も一緒に行く!」
そう言うと、香里奈ちゃんは凌玖の隣りへと並んだ。
「は?別にお前は良いだろ?」
「良いじゃない、別に。ついでにパパ達にドレス姿見せに行くんだ~。ほら、行くよ!」
香里奈ちゃんは凌玖の腕を掴むと、そのまま引っ張って行ってしまった。
“ ちなみに、西園寺だよ。香里奈の好きな相手”
昨日真翔君から聞いた言葉が、何故か今思い返された。
2人が並んで歩く後ろ姿を見ているだけで、胸がざわつく。
昨日から自分でも分からない感情が心の中を侵食しているようだ。
じわじわとゆっくり、でも確実に。
それが次第に鈍い痛みとなり、苦しさを増す。
「…かなちゃん!」
紫央君の言葉にハッとすると、目の前には心配そうな紫央君がいた。
どうやら考え事に集中していてボーッとしていたようだ。
「…どうしたの?大丈夫?」
「あ…うん。大丈夫」
心配させまいと笑顔で返すも、まだ紫央君は心配そうな表情を浮かべている。
「料理もらいに行こうかって話してたんだけど、かなちゃんも行く?」
「あー…うん、そうだね…」
私は曖昧な返事を返しつつ、先程凌玖達が向かった先へ視線を向けた。傍には笑顔で話をしている男性と女性がいる。おそらく香里奈ちゃんのお父さんとお母さんだろう。香里奈ちゃんも凌玖の隣りで楽しそうに会話をしている。
その光景を見ただけで、先程よりも胸の痛みが強くなった。
「…ごめん、紫央君。あんまり食欲無いから、外の空気吸ってくる」
「本当に大丈夫?」
「うん。初めての豪華なパーティーで緊張してるのかも。少し休んだら戻るから」
そう言って、私は紫央君と別れてバルコニーの方へと向かった。
バルコニーには誰もいない。
扉を閉めれば中の喧騒も抑えられ、波の音が静かに聞こえてくる。
時折吹く優しい夜風も、今の私には丁度良かった。
まるで、どんよりとした暗い感情をゆっくりかき消してくれるようだった。
(どうしたんだろう…私…)
よく分からない感情に振り回されているこの状況に疑問を抱きつつ、私はバルコニーの手摺りに寄り掛かりながら、溜め息をついた。
「…溜め息なんかついて、どうかしたか?」
その時、急に聞こえてきた声に驚いて、私は顔を上げた。
すると、椎名君が両手にグラスを持ちながらやって来た。
「食欲無いって聞いたけど、大丈夫か?ほら、りんごジュース。これなら飲めるか?」
椎名君は私の横に来ると、手にしていたグラスを片方差し出した。
「…ありがとう」
私はそれを受け取ると、ゆっくりと自分の口へと運んだ。りんごの甘味が口の中いっぱいに広がり、だけどすっきりとした後味でとても飲みやすい。
「…美味しい」
「そっか。そりゃあ良かった」
そう言って笑うと、椎名君も自分の分のジュースを1口飲み、「確かにウマいな」と言った。
「…で?何かあったのか?」
椎名君に尋ねられたが、自分でもどうしてこんなに気持ちがモヤモヤしているのか分からない状態なので、どう話せば良いのか困ってしまった。
「…言いたくなかったら、別に良いけど…」
「違うの…!そうじゃなくて…えっと…自分でもよく分かっていなくて…。昨日から、何か変なの」
「変…って?」
「凌玖がみんなと話をしていたりする所を見ると、こう…胸の中がモヤっとしてきて…。さっきも香里奈ちゃんと話している所を見ただけで苦しくなって…。どうしてそうなるのか自分でも分からなくて…」
今自分が感じている事をそのまま話してみたものの、うまく説明ができない。きっと聞いている椎名君も意味が分からないだろう。
「…ごめんね、何言ってるか分からないよね…」
「あー、いや、そうじゃねぇけど…それってさ…」
何かを切り出そうとしている椎名君へ、私は視線を向けた。
しかし、椎名君は一向にその言葉の続きを話す事は無く、その代わりに何故か私から視線を逸らし、言いにくそうな表情を浮かべていた。
「…どうかした?」
「…それって、さ……ヤキモチ、なんじゃねぇの?」
「…ヤキモチ…?」
「そう…!一緒に住んでるんだし、家族が他の人と仲良くしていると楽しくないっていうか…」
「…そう、なのかな…?」
確かに、凌玖は家族だ。
椎名君や真翔君、紫央君達と比べてみても、少しだけ凌玖に対しての気持ちが違う事は分かる。
でも、それは本当に家族だからというだけなのだろうか。
このうまく説明しようがない感情は、家族愛故のものなのだろうか。
そんな事を考えていると、ふわりと頭に優しい温もりを感じた。
「あんま考え込まない方が良いぞ。…また何かあったら、こうやって聞いてやるから。な?」
椎名君の優しい声と頭に置かれている手の温もりで、心が少し軽くなったように感じた。
未だにこの感情の答えが分からないままだが、椎名君の言う通り分からない事をずっと考えていても仕方がない。
それに、自分だけで考え込んでいた時よりも話を聞いてもらえただけで、少し楽になれたような気がした。
「…うん、ありがとう」
そうお礼を言って笑うと、椎名君も優しい笑顔を返してくれた。
そんな私達の様子を凌玖が遠目から見ていた事を、この時の私は気付きもしなかった。