音にのせて
凌玖にエスコートされて建物の中に入ると、煌びやかな世界が目の前に広がった。大きなホールの天井にはキラキラと輝く大きなシャンデリア。立食パーティー形式となっており、様々なところに美味しそうな料理が並べられている。
そして、楽しそうに談笑する人達は女性も男性も華やかで、どこか近寄りがたいオーラを醸し出していた。
私は凌玖の腕に添えていた手に、無意識に力を入れていた。
「…大丈夫だ」
それに気付いた凌玖はそっと私の手に自分の手を重ねて、優しい笑顔を向けてくれた。
それだけで、さっきまで不安に思っていたことが嘘のように落ち着いていくのを感じる。
「おお、凌玖君ではないですか」
その時、数人の人達が私と凌玖の周りに集まってきた。
「今日はお父様の代わりですか?」
「ええ。急な仕事が入ってしまった為、私が代理で…」
多くの大人達を前にしても、凌玖は臆することなく対応していた。その姿は私と同い年とは思えない程、堂々としていた。
「そういえば、そちらの女性は…」
急に自分へ話を振られた為、ビクリと肩が跳ねた。
「彼女は、先日父が再婚した女性のお嬢さんでして…」
「あ、西園寺奏と言います…!」
私は深々と頭を下げた。
「そういえば再婚なされたと伺っていましたが、こんな綺麗なお嬢様がいらっしゃるとは」
「彼女にとってはまだまだ不慣れなことばかりの為、皆様にはご迷惑をお掛けする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「いやいや、こんな素敵なお嬢さんとしっかり者の凌玖君がいるんだ。西園寺財閥も安泰ですな」
その様子から、私は受け入れてもらえたのだと小さく安堵の息を漏らした。そして、チラリと隣りの凌玖に視線を向けると、凌玖は「言った通りだろ?」と言わんばかりに不敵な笑みを向けていた。
その後も私達は多くの人達と挨拶を交わした。正直なところ、私はただ凌自分の名前を名乗るだけで精一杯だったが、その他は凌玖が全てフォローしてくれた。そのお陰もあってか、何も問題無く一通りの挨拶は終えられた。
落ち着いた頃を見計らい、私と凌玖は会場の隅で一息ついていた。
「はぁ~…」
「何だ、もう疲れたのか?」
大きく息を吐いた私に凌玖が尋ねてきた。
「疲れたと言うか…緊張疲れ…かな。あんなに色んな人達と挨拶したから…」
「あんなのまだ緊張する程のことでもねぇだろう。でも、まぁ…初めてにしては上出来だったんじゃねぇか」
そう言って笑顔を向けてくれた凌玖に、私は素直に嬉しさを感じた。
その時、遠くから凌玖を呼ぶ黄色い声が聞こえてきた。見ると、数人の女性が凌玖のことを呼んでいた。
「チッ…めんどくせぇな…。奏、ちょっと待ってろ」
そう言うと、凌玖はその女性達の元へ向かった。
先程までは文句を言っていた凌玖だが、女性達の前では紳士のような優しい笑顔を向けて話をしていた。そして、心なしか女性達は頬を赤く染めたり、時折甘えるような声で凌玖に話しかけていた。
凌玖が笑顔を向けるのは、「西園寺凌玖」として振舞っているから。
西園寺財閥の息子として、このパーティーに参加しているから。
そう思っているのに、彼女達に笑顔を向けて話す凌玖を見ていると、また胸がチクリと痛むのを感じる。
「どうされました?」
その時、隣から声をかけられた。
私は驚いて視線を向けると、心配そうな表情を向けた男性がいた。
「あ、突然申し訳ありません。何だか表情が曇っているように見えたので、具合でも悪いのかと思いまして…」
「…いえ。大丈夫です」
私がそう答えると、男性は「そう。良かった」と安心したように笑った。
「少し、ご一緒させていただいても良いでしょうか?」
「え?でも…」
「あなたのような綺麗な方が1人で壁際に立っているだけなんて勿体無いですよ。私で良ければ話し相手になっていただけますか?」
そう言うと、男性は近くを通ったウェイターを呼び止め、お盆に乗せていたグラスを2つ手に取った。
「どうぞ」
男性は1つのグラスを私に差し出した。
私がそれを受け取ると、男性は「乾杯」と言ってグラスをカチンと小さく鳴らすと、中の飲み物を飲んだ。
私が受け取ったグラスはオレンジ色の飲み物が入っている。
どうしようかと思ったが、変に断ったりして西園寺財閥の名前を汚してしまうかもしれない。それであれば凌玖のように笑顔で適当に話しておけば良いかという考えに至り、私は「いただきます」と言って受け取ったグラスへと口を付けた。
「今日はお一人で来られたんですか?」
私の隣りに立ちながら、男性は優しそうな笑顔を向けながら尋ねてきた。
「あ、いえ…。1人では無いんですけど…ちょっと疲れてしまって…」
「ああ、分かります。多くの人達がいらっしゃるので、気疲れしますよね。私もあまりこういう場所は得意では無いのですが…今日は来て良かったかもしれません。…あなたのような人に会えたのですから…」
そう言うと、男性は私に視線を向け、手を握ってきた。
「良ければこの後、私にお付き合いしていただけないでしょうか?」
手を離さなければ危ない。
頭ではそう思っていても、何故か体が思うように動かなかった。
フワフワと体が浮いているようで力が入らない。
その時、私は誰かに肩を力強く抱き寄せられ、男性から距離を取らされた。
私が顔を上げると、そこには凌玖がいた。
「あ、あなたは…西園寺財閥の…!?」
「失礼。彼女は私の連れなのですが…何かありましたか?」
口調は柔らかいが、目は笑っていない。凌玖は刺すような視線を男性に向けていた。
男性はその視線に耐えられなかったのか、「失礼致しました」と言ってその場を去って行った。
「…凌、玖…」
「お前はバカか!何で逃げねぇんだよ!」
「…ごめ…」
怒っている凌玖に謝ろうとするも、上手く言葉を話すことも出来ない。
それどころか、私は足にも力が入らなくなり、その場に崩れ落ちそうになった。
「お、おい!どうした!?」
そんな私を凌玖が支えてくれ、心配そうに顔を覗き込んできた。
「分かんない…。何か、フラフラして…」
すると、凌玖は私が手にしていたグラスに視線を向けた。
「お前、それ飲んだのか?」
凌玖の問いに小さく頷くと、何故か凌玖は溜め息を吐いた。
「それ、オレンジのリキュール。お酒だよ」
「…お…酒…?」
そういえば、オレンジだと思って飲んでいたが、少し味が違っていたような気がする。
そんなことを考えながらも、既に私は思考すらも定まっていない状態だった。
「…ったく、仕方ねぇな」
そう言うと、凌玖は私を抱き上げた。
酔った奏を抱き上げて凌玖が向かった先は、パーティー会場にある中庭。会場とは少し離れており、多少賑やかな音が聞こえるも、静かで落ち着ける場所だった。大きな噴水がライトアップされ、水飛沫がキラキラと輝いている。その周りを囲むかのように、いくつかベンチが置かれており、凌玖達以外に人はいないようだった。
凌玖はベンチの1つに奏を静かに下ろした。
いつの間にか奏は寝てしまったようで、小さな寝息を立てていた。
そんな奏を見ながら、凌玖はハァと息を吐きながらベンチへ腰を下ろした。
「…ったく、人の気も知らないで…」
凌玖が女性達と話している時、ふと奏の方を見ると、側には知らない男がいた。「誰だ?」なんて考えているうちに男の距離が奏と近くなり、男が手を握りだした。
気付いた時には、考えるよりも体が勝手に動いていた。
凌玖は眠る奏の顔を見つめた。
お酒のせいか、少しだけ頬が赤く染まっている。
「…そんな無防備な顔、他の男の前ですんじゃねぇよ…」
そう言うと、凌玖は寝ている奏に覆いかぶさった。
軽く髪を撫でると奏は少し身動いだが、目を開ける様子は無い。
「昨日も忠告したのに…。隙があるお前が悪いんだからな…」
小さく呟くように言うと、凌玖はゆっくりと顔を近付け、奏の唇へと優しくキスをした。
その時、凌玖の中で気付いたことが1つ。
今までも感じていたけれど、分からなかった感情の答え。
(そうか。俺は、こいつのことが…)
…好きなんだ。
そして、楽しそうに談笑する人達は女性も男性も華やかで、どこか近寄りがたいオーラを醸し出していた。
私は凌玖の腕に添えていた手に、無意識に力を入れていた。
「…大丈夫だ」
それに気付いた凌玖はそっと私の手に自分の手を重ねて、優しい笑顔を向けてくれた。
それだけで、さっきまで不安に思っていたことが嘘のように落ち着いていくのを感じる。
「おお、凌玖君ではないですか」
その時、数人の人達が私と凌玖の周りに集まってきた。
「今日はお父様の代わりですか?」
「ええ。急な仕事が入ってしまった為、私が代理で…」
多くの大人達を前にしても、凌玖は臆することなく対応していた。その姿は私と同い年とは思えない程、堂々としていた。
「そういえば、そちらの女性は…」
急に自分へ話を振られた為、ビクリと肩が跳ねた。
「彼女は、先日父が再婚した女性のお嬢さんでして…」
「あ、西園寺奏と言います…!」
私は深々と頭を下げた。
「そういえば再婚なされたと伺っていましたが、こんな綺麗なお嬢様がいらっしゃるとは」
「彼女にとってはまだまだ不慣れなことばかりの為、皆様にはご迷惑をお掛けする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
「いやいや、こんな素敵なお嬢さんとしっかり者の凌玖君がいるんだ。西園寺財閥も安泰ですな」
その様子から、私は受け入れてもらえたのだと小さく安堵の息を漏らした。そして、チラリと隣りの凌玖に視線を向けると、凌玖は「言った通りだろ?」と言わんばかりに不敵な笑みを向けていた。
その後も私達は多くの人達と挨拶を交わした。正直なところ、私はただ凌自分の名前を名乗るだけで精一杯だったが、その他は凌玖が全てフォローしてくれた。そのお陰もあってか、何も問題無く一通りの挨拶は終えられた。
落ち着いた頃を見計らい、私と凌玖は会場の隅で一息ついていた。
「はぁ~…」
「何だ、もう疲れたのか?」
大きく息を吐いた私に凌玖が尋ねてきた。
「疲れたと言うか…緊張疲れ…かな。あんなに色んな人達と挨拶したから…」
「あんなのまだ緊張する程のことでもねぇだろう。でも、まぁ…初めてにしては上出来だったんじゃねぇか」
そう言って笑顔を向けてくれた凌玖に、私は素直に嬉しさを感じた。
その時、遠くから凌玖を呼ぶ黄色い声が聞こえてきた。見ると、数人の女性が凌玖のことを呼んでいた。
「チッ…めんどくせぇな…。奏、ちょっと待ってろ」
そう言うと、凌玖はその女性達の元へ向かった。
先程までは文句を言っていた凌玖だが、女性達の前では紳士のような優しい笑顔を向けて話をしていた。そして、心なしか女性達は頬を赤く染めたり、時折甘えるような声で凌玖に話しかけていた。
凌玖が笑顔を向けるのは、「西園寺凌玖」として振舞っているから。
西園寺財閥の息子として、このパーティーに参加しているから。
そう思っているのに、彼女達に笑顔を向けて話す凌玖を見ていると、また胸がチクリと痛むのを感じる。
「どうされました?」
その時、隣から声をかけられた。
私は驚いて視線を向けると、心配そうな表情を向けた男性がいた。
「あ、突然申し訳ありません。何だか表情が曇っているように見えたので、具合でも悪いのかと思いまして…」
「…いえ。大丈夫です」
私がそう答えると、男性は「そう。良かった」と安心したように笑った。
「少し、ご一緒させていただいても良いでしょうか?」
「え?でも…」
「あなたのような綺麗な方が1人で壁際に立っているだけなんて勿体無いですよ。私で良ければ話し相手になっていただけますか?」
そう言うと、男性は近くを通ったウェイターを呼び止め、お盆に乗せていたグラスを2つ手に取った。
「どうぞ」
男性は1つのグラスを私に差し出した。
私がそれを受け取ると、男性は「乾杯」と言ってグラスをカチンと小さく鳴らすと、中の飲み物を飲んだ。
私が受け取ったグラスはオレンジ色の飲み物が入っている。
どうしようかと思ったが、変に断ったりして西園寺財閥の名前を汚してしまうかもしれない。それであれば凌玖のように笑顔で適当に話しておけば良いかという考えに至り、私は「いただきます」と言って受け取ったグラスへと口を付けた。
「今日はお一人で来られたんですか?」
私の隣りに立ちながら、男性は優しそうな笑顔を向けながら尋ねてきた。
「あ、いえ…。1人では無いんですけど…ちょっと疲れてしまって…」
「ああ、分かります。多くの人達がいらっしゃるので、気疲れしますよね。私もあまりこういう場所は得意では無いのですが…今日は来て良かったかもしれません。…あなたのような人に会えたのですから…」
そう言うと、男性は私に視線を向け、手を握ってきた。
「良ければこの後、私にお付き合いしていただけないでしょうか?」
手を離さなければ危ない。
頭ではそう思っていても、何故か体が思うように動かなかった。
フワフワと体が浮いているようで力が入らない。
その時、私は誰かに肩を力強く抱き寄せられ、男性から距離を取らされた。
私が顔を上げると、そこには凌玖がいた。
「あ、あなたは…西園寺財閥の…!?」
「失礼。彼女は私の連れなのですが…何かありましたか?」
口調は柔らかいが、目は笑っていない。凌玖は刺すような視線を男性に向けていた。
男性はその視線に耐えられなかったのか、「失礼致しました」と言ってその場を去って行った。
「…凌、玖…」
「お前はバカか!何で逃げねぇんだよ!」
「…ごめ…」
怒っている凌玖に謝ろうとするも、上手く言葉を話すことも出来ない。
それどころか、私は足にも力が入らなくなり、その場に崩れ落ちそうになった。
「お、おい!どうした!?」
そんな私を凌玖が支えてくれ、心配そうに顔を覗き込んできた。
「分かんない…。何か、フラフラして…」
すると、凌玖は私が手にしていたグラスに視線を向けた。
「お前、それ飲んだのか?」
凌玖の問いに小さく頷くと、何故か凌玖は溜め息を吐いた。
「それ、オレンジのリキュール。お酒だよ」
「…お…酒…?」
そういえば、オレンジだと思って飲んでいたが、少し味が違っていたような気がする。
そんなことを考えながらも、既に私は思考すらも定まっていない状態だった。
「…ったく、仕方ねぇな」
そう言うと、凌玖は私を抱き上げた。
酔った奏を抱き上げて凌玖が向かった先は、パーティー会場にある中庭。会場とは少し離れており、多少賑やかな音が聞こえるも、静かで落ち着ける場所だった。大きな噴水がライトアップされ、水飛沫がキラキラと輝いている。その周りを囲むかのように、いくつかベンチが置かれており、凌玖達以外に人はいないようだった。
凌玖はベンチの1つに奏を静かに下ろした。
いつの間にか奏は寝てしまったようで、小さな寝息を立てていた。
そんな奏を見ながら、凌玖はハァと息を吐きながらベンチへ腰を下ろした。
「…ったく、人の気も知らないで…」
凌玖が女性達と話している時、ふと奏の方を見ると、側には知らない男がいた。「誰だ?」なんて考えているうちに男の距離が奏と近くなり、男が手を握りだした。
気付いた時には、考えるよりも体が勝手に動いていた。
凌玖は眠る奏の顔を見つめた。
お酒のせいか、少しだけ頬が赤く染まっている。
「…そんな無防備な顔、他の男の前ですんじゃねぇよ…」
そう言うと、凌玖は寝ている奏に覆いかぶさった。
軽く髪を撫でると奏は少し身動いだが、目を開ける様子は無い。
「昨日も忠告したのに…。隙があるお前が悪いんだからな…」
小さく呟くように言うと、凌玖はゆっくりと顔を近付け、奏の唇へと優しくキスをした。
その時、凌玖の中で気付いたことが1つ。
今までも感じていたけれど、分からなかった感情の答え。
(そうか。俺は、こいつのことが…)
…好きなんだ。