音にのせて
第16話 初めてのコンサート
先日行われたパーティーについて、私は途中から記憶が無く、気が付いたら自宅のベッドで眠っていた。目が覚めた時には翌日の朝になっており、何故だか頭が重く感じた。
凌玖に何があったか聞くと、私はジュースと間違えてお酒を飲んだという事を教えられた。そういえばそんなことを言われたような気もするが、記憶が曖昧だった。
それ以外は凌玖も特に言っていなかったので、大きな問題は起こしていないのだろう。記憶が無い間に何かやらかしてしまったのではないかと心配していたので、安心した。
ただ、私の中では1つだけ気になっている事がある。
ユラユラと揺れる夢の中で、私は優しく、温かなものに包まれている感覚がした。
今までにも感じた事のある温もり。
その温もりに包まれながら、何かが唇に触れたような気がした。
それに、誰かが何かを囁いていたような。
その声は、愛おしくも切なく、胸を締め付けられるような声だった。
何を言っていたのかは分からないけれど、とても大切な事を言われたような気がする。
現実か夢かも分からない事を考えても意味がなく、私は気のせいだったと思うことにした。
GWが明けて再び学校が始まると、香里奈ちゃんが転校生として私のクラスへとやって来た。皆の前で挨拶をしている香里奈ちゃんと目が合うと、この間のように明るい笑顔を向けてくれた。
休み時間になり、香里奈ちゃんは私の首へ腕を回して抱きしめてきた。
「良かった~、奏と同じクラスで!」
「うん、私も嬉しい」
私も正直な気持ちを伝えると、香里奈ちゃんは更に嬉しそうに笑った。
「香里奈、バザーのコンサートの件は聞いたか?」
その時、凌玖がやって来て香里奈ちゃんへと声をかけた。
「ああ、うん。さっき理事長から頼まれた」
「そっか。まぁそんな訳だから、よろしく頼む」
「…コンサートって…?」
2人の会話の内容が分からず尋ねると、隣りの席で聞いていたのか真翔君が説明をしてくれた。
「今度、市民館前の公園でバザーをやるのは知ってるだろ?」
「うん」
それは、この地域で毎年行われている大きなバザーのイベントで、たくさんのお店や商品が並ぶそうだ。バザーの他にも野外ステージではコンサートが開かれたり、パフォーマンスを披露する場所が設けられたり、景品が当たる抽選会が開かれたりと、様々な催し物も行われる。柊木野学園の理事長も主催側に協力しており、毎年野外ステージでは吹奏楽部や合唱部などの文化部が中心に演奏を披露するコンサートをしている。その事もあってか学校内にもポスターが貼られているので、目にしていた。
「そのコンサートに香里奈が参加するんだよ」
「え!?そうなの!?」
真翔君の言葉に驚いて、私は香里奈ちゃんを見た。
「小さい頃からヴァイオリンをやってて、頼まれたの」
「香里奈はコンクールでも賞を取ったりしていたから、柊木野学園の宣伝の1つとして頼んだんだろう」
“柊木野学園の宣伝の1つ”
そう言った真翔君の言葉は聞こえは悪いけれど、それでも理事長から直々に頼まれるというのはとても凄い事だ。
「凄いね、多くの人達の前で演奏するなんて…」
私もピアノを弾くが、凌玖以外の人前で披露した事は無かったので、発表できる場があるというだけでも凄いと思った。
そもそも、私はピアノも恵美先生に少し教えてもらっただけで、ほぼ独学に近い。
曲も恵美先生に貰った「愛の挨拶」しか弾いたことがない。
そんな状態の私が人様の前で演奏なんかできる訳が無いし、今のこの状態に不満は無い。
しかし、何故だか心に突っかかっているものがあるようで、スッキリとしない。
「ねぇ、奏も一緒にやらない?」
そう言った香里奈ちゃんの言葉に私が顔を上げると、香里奈ちゃんは目を輝かせながら笑顔で私を見つめていた。
「奏、ピアノ弾けるんでしょ?私の伴奏者として一緒に演奏してくれない?」
「そ、そんな…無理だよ!私ピアノだって独学で上手くないし…香里奈ちゃんの足手まといになるよ…」
「そんなことないよ!私、どうしても奏と一緒にやってみたい!ダメ?」
「でも…」
「やってみれば良いだろ?」
迷っている私の横から、凌玖が声を投げてきた。
「だから、私なんかが出ても無理…」
「無理かどうかより、まずはお前の気持ちだろ。お前はやりたいのか?やりたくないのか?」
(自分の、気持ち…)
私が人前で演奏なんてできるはずがない。
失敗して、香里奈ちゃんにも迷惑をかけてしまう。
そんなこと目に見えて分かる。
無理だ。やめた方が良い。
それでも、私の心の中にある突っかかりがどんどん膨らんでいくのが自分でも分かる。
「…やり、たい…」
気付いたら、私はみんなに届いているか分からないくらい小さな声で呟いていた。
恐怖や不安はもちろんあった。
だけど、それよりも私の心を満たしていたのは、挑戦してみたいという気持ち。
「香里奈ちゃん、私…やってみたい!」
そして、私はもう一度、今度はしっかりと香里奈ちゃんの目を見て言った。
「うん!一緒に頑張ろう!」
そんな私に、香里奈ちゃんも笑顔で返してくれた。
ふと凌玖の方へ視線を向けると、凌玖も柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
その後、私は香里奈ちゃんから演奏の概要を説明された。
演奏する曲目は2曲。1曲目は香里奈ちゃんが1人でヴァイオリンソロを演奏し、もう1曲を私も演奏することになった。
放課後、私と香里奈ちゃんは演奏曲を決めるため、音楽準備室にいた。音楽室の中に小さな部屋があり、そこが音楽準備室となっている。今まで授業やピアノを弾くために音楽室には入っていたが、音楽準備室の中までは入ったことが無かった。中には大きな本棚がまるで図書館のように何個も置かれており、その中には綺麗に楽譜が並んでいる。よく見ると楽譜以外にもCDが並べられている棚や、そのCDがすぐ聴けるようにオーディオ機器も備えられている。
「…これ、全部楽譜…?」
「そうみたいね。学校の音楽準備室には色んな種類の楽譜があるって聞いたから来てみたけれど、本当に凄い量だね」
「ウチにも楽譜なら沢山あるけれど、ここに比べたら少なく感じるな」と、香里奈ちゃんは笑いながら本棚を物色し始めた。
私も手近にある棚から1冊の楽譜を手に取った。中を開いてみると、多くの音符が五線譜に並べられており、今の私にはとても難しいもののように感じられる。
それでも、私は何故か心が躍るような感覚だった。
これは、恵美先生からピアノを教えてもらっていた時と似ている。
初めて知った音楽の世界、もっと知りたい、もっと弾きたい。
そんな感情が溢れていたあの頃の時を、私はふと思い出していた。
「あ!ねぇ、奏!この曲なんてどう?」
物思いにふけていた私は香里奈ちゃんの声で意識を戻し、そちらへ顔を向けた。香里奈ちゃんは1冊の楽譜を手にこちらへ近付いてきた。
「…カノン?」
手渡された楽譜の表紙の題名に目を向けたが、それだけではどんな曲か分からなかった。
「有名な曲だから、聴けば分かると思うよ」
そう言うと、香里奈ちゃんはCDが並べられている棚を物色すると、「あった」と声を上げた。
「まずは聞いてみようか」
香里奈ちゃんがオーディオ機器にCDを入れて軽く操作をすると、綺麗な音がスピーカーから流れてきた。
「…この曲、聴いたことある」
「パッヘンベルのカノン。カノンっていうのは輪唱っていう意味で、同じフレーズをずらして演奏する技法のこと。このパッヘンベルのカノンはシンプルな曲だけれど、美しいメロディーと調和のとれた音が凄く素敵なんだよね」
「…うん。私も好き」
香里奈ちゃんの説明を聞きながら、私は流れてくる音楽へと耳を傾けた。優しいメロディーがゆったりと、それでも確実に自分の周りを包み、幸福感を感じるような曲。
「…香里奈ちゃん、これにしよう!私も弾いてみたい!」
少し興奮気味に言った私に、香里奈ちゃんは笑顔でと頷いてくれた。
それからは毎日練習の日々。独学ながらも楽譜の読み方の基礎は恵美先生に教わっていたおかげで苦労する事は無かったものの、いざピアノで弾いてみようとしても指が思うように動かない。本番まで約1ヶ月。自分の実力では本番までにちゃんと弾きこなせるか心配もあるが、何故だかとても楽しかった。
昔も感じたことがある感覚。
自分の指から少しずつ音楽が紡がれていき、その音に色がついて新たな世界を作り出すような感覚。
そして、もっと上手く弾けるようになりたいと貪欲になっていく。
その先に何があるのか、見てみたいと思うようになっていった。
凌玖に何があったか聞くと、私はジュースと間違えてお酒を飲んだという事を教えられた。そういえばそんなことを言われたような気もするが、記憶が曖昧だった。
それ以外は凌玖も特に言っていなかったので、大きな問題は起こしていないのだろう。記憶が無い間に何かやらかしてしまったのではないかと心配していたので、安心した。
ただ、私の中では1つだけ気になっている事がある。
ユラユラと揺れる夢の中で、私は優しく、温かなものに包まれている感覚がした。
今までにも感じた事のある温もり。
その温もりに包まれながら、何かが唇に触れたような気がした。
それに、誰かが何かを囁いていたような。
その声は、愛おしくも切なく、胸を締め付けられるような声だった。
何を言っていたのかは分からないけれど、とても大切な事を言われたような気がする。
現実か夢かも分からない事を考えても意味がなく、私は気のせいだったと思うことにした。
GWが明けて再び学校が始まると、香里奈ちゃんが転校生として私のクラスへとやって来た。皆の前で挨拶をしている香里奈ちゃんと目が合うと、この間のように明るい笑顔を向けてくれた。
休み時間になり、香里奈ちゃんは私の首へ腕を回して抱きしめてきた。
「良かった~、奏と同じクラスで!」
「うん、私も嬉しい」
私も正直な気持ちを伝えると、香里奈ちゃんは更に嬉しそうに笑った。
「香里奈、バザーのコンサートの件は聞いたか?」
その時、凌玖がやって来て香里奈ちゃんへと声をかけた。
「ああ、うん。さっき理事長から頼まれた」
「そっか。まぁそんな訳だから、よろしく頼む」
「…コンサートって…?」
2人の会話の内容が分からず尋ねると、隣りの席で聞いていたのか真翔君が説明をしてくれた。
「今度、市民館前の公園でバザーをやるのは知ってるだろ?」
「うん」
それは、この地域で毎年行われている大きなバザーのイベントで、たくさんのお店や商品が並ぶそうだ。バザーの他にも野外ステージではコンサートが開かれたり、パフォーマンスを披露する場所が設けられたり、景品が当たる抽選会が開かれたりと、様々な催し物も行われる。柊木野学園の理事長も主催側に協力しており、毎年野外ステージでは吹奏楽部や合唱部などの文化部が中心に演奏を披露するコンサートをしている。その事もあってか学校内にもポスターが貼られているので、目にしていた。
「そのコンサートに香里奈が参加するんだよ」
「え!?そうなの!?」
真翔君の言葉に驚いて、私は香里奈ちゃんを見た。
「小さい頃からヴァイオリンをやってて、頼まれたの」
「香里奈はコンクールでも賞を取ったりしていたから、柊木野学園の宣伝の1つとして頼んだんだろう」
“柊木野学園の宣伝の1つ”
そう言った真翔君の言葉は聞こえは悪いけれど、それでも理事長から直々に頼まれるというのはとても凄い事だ。
「凄いね、多くの人達の前で演奏するなんて…」
私もピアノを弾くが、凌玖以外の人前で披露した事は無かったので、発表できる場があるというだけでも凄いと思った。
そもそも、私はピアノも恵美先生に少し教えてもらっただけで、ほぼ独学に近い。
曲も恵美先生に貰った「愛の挨拶」しか弾いたことがない。
そんな状態の私が人様の前で演奏なんかできる訳が無いし、今のこの状態に不満は無い。
しかし、何故だか心に突っかかっているものがあるようで、スッキリとしない。
「ねぇ、奏も一緒にやらない?」
そう言った香里奈ちゃんの言葉に私が顔を上げると、香里奈ちゃんは目を輝かせながら笑顔で私を見つめていた。
「奏、ピアノ弾けるんでしょ?私の伴奏者として一緒に演奏してくれない?」
「そ、そんな…無理だよ!私ピアノだって独学で上手くないし…香里奈ちゃんの足手まといになるよ…」
「そんなことないよ!私、どうしても奏と一緒にやってみたい!ダメ?」
「でも…」
「やってみれば良いだろ?」
迷っている私の横から、凌玖が声を投げてきた。
「だから、私なんかが出ても無理…」
「無理かどうかより、まずはお前の気持ちだろ。お前はやりたいのか?やりたくないのか?」
(自分の、気持ち…)
私が人前で演奏なんてできるはずがない。
失敗して、香里奈ちゃんにも迷惑をかけてしまう。
そんなこと目に見えて分かる。
無理だ。やめた方が良い。
それでも、私の心の中にある突っかかりがどんどん膨らんでいくのが自分でも分かる。
「…やり、たい…」
気付いたら、私はみんなに届いているか分からないくらい小さな声で呟いていた。
恐怖や不安はもちろんあった。
だけど、それよりも私の心を満たしていたのは、挑戦してみたいという気持ち。
「香里奈ちゃん、私…やってみたい!」
そして、私はもう一度、今度はしっかりと香里奈ちゃんの目を見て言った。
「うん!一緒に頑張ろう!」
そんな私に、香里奈ちゃんも笑顔で返してくれた。
ふと凌玖の方へ視線を向けると、凌玖も柔らかい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
その後、私は香里奈ちゃんから演奏の概要を説明された。
演奏する曲目は2曲。1曲目は香里奈ちゃんが1人でヴァイオリンソロを演奏し、もう1曲を私も演奏することになった。
放課後、私と香里奈ちゃんは演奏曲を決めるため、音楽準備室にいた。音楽室の中に小さな部屋があり、そこが音楽準備室となっている。今まで授業やピアノを弾くために音楽室には入っていたが、音楽準備室の中までは入ったことが無かった。中には大きな本棚がまるで図書館のように何個も置かれており、その中には綺麗に楽譜が並んでいる。よく見ると楽譜以外にもCDが並べられている棚や、そのCDがすぐ聴けるようにオーディオ機器も備えられている。
「…これ、全部楽譜…?」
「そうみたいね。学校の音楽準備室には色んな種類の楽譜があるって聞いたから来てみたけれど、本当に凄い量だね」
「ウチにも楽譜なら沢山あるけれど、ここに比べたら少なく感じるな」と、香里奈ちゃんは笑いながら本棚を物色し始めた。
私も手近にある棚から1冊の楽譜を手に取った。中を開いてみると、多くの音符が五線譜に並べられており、今の私にはとても難しいもののように感じられる。
それでも、私は何故か心が躍るような感覚だった。
これは、恵美先生からピアノを教えてもらっていた時と似ている。
初めて知った音楽の世界、もっと知りたい、もっと弾きたい。
そんな感情が溢れていたあの頃の時を、私はふと思い出していた。
「あ!ねぇ、奏!この曲なんてどう?」
物思いにふけていた私は香里奈ちゃんの声で意識を戻し、そちらへ顔を向けた。香里奈ちゃんは1冊の楽譜を手にこちらへ近付いてきた。
「…カノン?」
手渡された楽譜の表紙の題名に目を向けたが、それだけではどんな曲か分からなかった。
「有名な曲だから、聴けば分かると思うよ」
そう言うと、香里奈ちゃんはCDが並べられている棚を物色すると、「あった」と声を上げた。
「まずは聞いてみようか」
香里奈ちゃんがオーディオ機器にCDを入れて軽く操作をすると、綺麗な音がスピーカーから流れてきた。
「…この曲、聴いたことある」
「パッヘンベルのカノン。カノンっていうのは輪唱っていう意味で、同じフレーズをずらして演奏する技法のこと。このパッヘンベルのカノンはシンプルな曲だけれど、美しいメロディーと調和のとれた音が凄く素敵なんだよね」
「…うん。私も好き」
香里奈ちゃんの説明を聞きながら、私は流れてくる音楽へと耳を傾けた。優しいメロディーがゆったりと、それでも確実に自分の周りを包み、幸福感を感じるような曲。
「…香里奈ちゃん、これにしよう!私も弾いてみたい!」
少し興奮気味に言った私に、香里奈ちゃんは笑顔でと頷いてくれた。
それからは毎日練習の日々。独学ながらも楽譜の読み方の基礎は恵美先生に教わっていたおかげで苦労する事は無かったものの、いざピアノで弾いてみようとしても指が思うように動かない。本番まで約1ヶ月。自分の実力では本番までにちゃんと弾きこなせるか心配もあるが、何故だかとても楽しかった。
昔も感じたことがある感覚。
自分の指から少しずつ音楽が紡がれていき、その音に色がついて新たな世界を作り出すような感覚。
そして、もっと上手く弾けるようになりたいと貪欲になっていく。
その先に何があるのか、見てみたいと思うようになっていった。