音にのせて
そして、とうとう本番当日がやってきた。
準備を終えた私は控え室で何をするでもなく、ただ鏡の前に座っていた。
衣装は、カシュクールタイプの白いロングドレス。前後はブイネックになっていて、ウエストにはキラキラとビジューが施されている。これは、今日仕事で来れないと残念がっていたお父さんとお母さんが選んでくれた衣装だ。髪は全体的に巻き、左サイドに流している。
私はひと呼吸すると、目の前に置かれている物を見つめた。そこには黒く、細長い箱が置かれている。ゆっくりと箱の蓋を開けると、中にはキラキラと輝くネックレスが入っていた。それは、この間のパーティーで凌玖が選んでくれたネックレスだ。
私はそのネックレスを手に取って付けると、鏡の中の自分を見つめた。そこには少し表情が強ばっている自分の姿が映っている。
「…大丈夫。きっと…大丈夫…」
鏡の中の自分に言い聞かせるように、私は呟いた。
その時、控え室のドアを叩く音が聞こえ、私は慌てて返事をした。しかし、待っても扉が開く気配がしない。私は不思議に思って扉に近付き、ゆっくりと開けると、目の前に赤いバラが1輪差し出された。
「本日は、初のコンサート出演、おめでとうございます。お嬢さん」
そこには、つい見惚れてしまうような美しい笑顔を浮かべた凌玖がいた。
「…え?」
「驚いただろ?これで緊張も解れたんじゃねぇか?」
私が驚いていると、先程の紳士的な笑顔とはまた別の、凌玖らしい皮肉めいた笑顔を向けてきた。
そして、「ほら」と1輪のバラを再度私へと差し出してきた。
「あ、ありがとう…。でも、どうして…?」
「初コンサートのお祝いだ。いいから黙って受け取れ」
照れ隠しからなのか視線を逸らしながら言う凌玖に、私は少し笑いながら、「うん。ありがとう」と再び礼を言ってバラを受け取った。
「ん?お前、そのネックレス…」
凌玖の視線が私の首元へと向けられる。
このネックレスをしていることを凌玖にバレたことが少し恥ずかしくなってしまい、今度は私が視線を逸らすと、隠すように首元のネックレスに触れた。
「…お、お守りなの。この間のパーティーも、凌玖が側にいてくれたから落ち着いて乗り切れたから…凌玖が選んでくれたネックレスを付ければ、成功するかと思って…」
そう言った私の言葉を聞くと、凌玖はフッと小さく笑った。
「お前、そんなに俺に側にいてほしいのか?」
「え!?何で…」
「そう言ってるようなもんじゃねぇか」
確かに、自分で意識して言った訳では無いが、思い返してみればそう聞こえなくもない。
クツクツと笑う凌玖に私は恥ずかしくて何も言い返せなくなった。
「まぁ、今日は一番近くにいてやれねぇからな」
そう言うと、凌玖は私の首元のネックレスを軽く持ち上げ、中央に輝くダイヤに口付けた。
「…ちゃんと聴いててやるから。大丈夫だ」
凌玖の優しい瞳が向けられた。碧い瞳に自分の姿が映り、至近距離で見つめられていることが分かる。私は身動き1つできず、しかし自分の鼓動の速さが増していくのを感じながら、ただその瞳を見つめることしかできなかった。
「かなちゃーん!」
その時聞こえた元気な声に、私の肩はビクリと跳ね、凌玖も私から距離を取った。
声が聞こえた方を見てみると、真翔君と椎名君、その先頭には紫央君が笑顔で手を振ってこちらへ近付いてきた。
「ハァ…。うるせぇ奴らが来やがった」
凌玖のボソリと呟いた言葉が聞こえていないのか、紫央君は私の目の前に来ると、笑顔のまま私の右手を両手で包むように握った。
「かなちゃん、すっごく綺麗!」
「この間のドレス姿も綺麗だったけれど、今回のもまたイイね。凄く大人っぽい」
紫央君の後ろから優しく微笑みながら真翔君が言葉をかけてくれた。いつもの2人の笑顔に、私も表情が和らいでいく。
「あ、皆来てくれたんだね」
そう言って、青いドレスを身に纏った香里奈ちゃんがやって来た。光沢のある艶やかな生地で作られたロングドレス。シンプルながらも、ウエスト部分にはキラキラ輝くビジューが施されている。
「香里ちゃん、どこ行ってたの?」
「運営の人と段取りとかの最終確認をしてたの。それより奏、そろそろ出番だよ」
香里奈ちゃんのその言葉に、私の身体が再び強ばった。
そんな私の頭に優しく手を置かれ、見上げると凌玖が先程と同じような優しい目でこちらを見ていた。
「頑張れ」
それだけ言うと、凌玖は背を向けて行ってしまった。
「香里奈も頑張れよ」
「演奏楽しみにしてるね~!」
それに続くように、真翔君と紫央君も凌玖の後を追った。
しかし、椎名君は何故かその場から動かなかった。何も言わず、ただ私をじっと見つめていた。
「…椎名、君?」
その表情がどこか悲しそうに見えて、私は少し心配になって声をかけた。
すると、椎名君は小さく息を吐くと、ぎこちない笑顔を向けて「頑張れよ」と一言だけ言って皆と同じ方向へと向かって行った。
「…なんか、椎名君元気無かったね。どうしたのかな?」
「…まぁ、今の凌玖の表情を見たら…ね…」
「え?」
ポツリと言われた香里奈ちゃんの言葉がよく聞こえず、私は聞き返しながら顔を向けると、香里奈ちゃんも何故か切ない表情を浮かべていた。
「…香里奈ちゃん…?」
「あ、ううん。何でもない!さぁ、そろそろ行こう!」
そう言って香里奈ちゃんはいつもの明るい笑顔で促したので、私はそれ以上聞く事ができず、少しだけ気になりつつも舞台袖へと向かった。
最初は香里奈ちゃんが1人で演奏をする。私はそれを舞台袖から聞いていた。舞台袖からも多くの人達で観客席が埋まっているのが少しだけ見えた。この中で私も演奏するんだと考えるだけで、手と足が震えてくる。
いよいよ、本番。
この大勢の人に、私の演奏を聴いてもらう。
もし、失敗したら…。
そんなことが頭を過ぎり、その場に足が縫い付けられたように立ち尽くしてしまう。
私はそっと、自分の首元のネックレスに触れ、目を閉じた。
“…ちゃんと聴いててやるから。大丈夫だ”
先程の凌玖の言葉を思い出し、私は大きく息を吐いた。
大丈夫。
凌玖が、いてくれるから。
心がだんだん落ち着いていくのを感じ、ゆっくりと目を開ける。
ちょうど香里奈ちゃん1曲目の演奏を終えたようで、大きな拍手の中、私がいる舞台袖へ一度やって来た。
「…じゃあ、行こうか」
「…うん」
香里奈ちゃんの言葉に私は返事を返し、舞台へと足を進めた。
私達が出ると、大きな拍手で迎えられた。しかし、私にはそれが遠くから聞こえているようで、現実味が無く感じた。
観客席へとお辞儀をし、私はピアノの前にある椅子へと腰掛けた。
私はもう一度、目を閉じた。
“音楽はね、上手に弾けることも大事だけど、弾いている人の想いがちゃんと込められているってことが1番大切なの。相手に何を伝えたいか、その曲が何を語ろうとしているのか…。それを私達が音楽にして伝えていく。それを伝えることができた時、音楽は完成するの。”
恵美先生が最後に教えてくれた事。
今の私には相手に何かを伝えられるような技量は無いけれど、せめて、聞いている人達がこの「カノン」の曲のように穏やかで、優しい気持ちになってくれたら良いな。
私が目を開けると、香里奈ちゃんが優しい笑顔を向けていた。
その笑顔に私も笑顔で頷き、演奏を始めた。
演奏している時、私は不思議な感覚だった。
あんなに緊張していたことが嘘のように、今は心穏やかにピアノを弾いている。
指が滑らかに鍵盤の上を、踊っているかのように動いている。
まるでこの時間がずっと続いていくかのような、そんなことさえ思えた。
最後の音を弾き終えると、私は自然と息を吐いていた。その直後、大きな拍手が私の耳へと届いた。観客席に目を向けると、笑顔で私達へと拍手を贈っている。
(…成功…した?)
私の中に達成感とその喜びがジワジワと溢れてきて、自然と笑みが溢れた。
その頃、恭介は凌玖達と少し離れた所から舞台で笑っている奏を見つめていた。
そんな恭介のもとに、1人の人物が近付いて来た。
「皆と一緒に観ればいいのに」
「…うるせーな。別に良いだろ」
恭介はその人物、紫央に素っ気なく返事を返した。
「お前も戻れよ」
「じゃあ恭ちゃんも行こうよ」
「…俺は、いい」
「…りっ君の顔、見たくない?」
紫央の言葉に恭介は驚き、顔を上げた。そんな恭介と目が合うと、紫央はニコリと可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ハァ~…ホント、何でお前には分かっちまうんだろうな」
「前にも言ったでしょ?恭ちゃんの事なら顔見ただけで分かるよ」
恭介は「そうかよ」と苦笑気味に返すと、ひと呼吸置いて、再び舞台へと目を向けた。
「さっきの西園寺の表情…きっと気付いたんだろうな。自分の気持ちに」
「…そうだね」
恭介が見つめる先には、舞台の上で笑顔を浮かべている奏の姿があった。
「…俺さ、あいつの笑顔が好きなんだ。出来れば俺があいつを笑顔にしてやりたいけど…きっと俺じゃダメなんだよな」
「…諦めちゃうの?」
そう尋ねた紫央に、恭介はフッと小さく笑った。
「…お前、この間言っただろ?俺は俺が思うように進めば良いって」
「…うん。言ったね」
「だから…俺が思うように動いてみる。このまま何もしないで諦めるなんてしねぇよ」
「…そっか」
恭介の決意を秘めたような表情に、紫央は自然と小さな笑みを向けた。
準備を終えた私は控え室で何をするでもなく、ただ鏡の前に座っていた。
衣装は、カシュクールタイプの白いロングドレス。前後はブイネックになっていて、ウエストにはキラキラとビジューが施されている。これは、今日仕事で来れないと残念がっていたお父さんとお母さんが選んでくれた衣装だ。髪は全体的に巻き、左サイドに流している。
私はひと呼吸すると、目の前に置かれている物を見つめた。そこには黒く、細長い箱が置かれている。ゆっくりと箱の蓋を開けると、中にはキラキラと輝くネックレスが入っていた。それは、この間のパーティーで凌玖が選んでくれたネックレスだ。
私はそのネックレスを手に取って付けると、鏡の中の自分を見つめた。そこには少し表情が強ばっている自分の姿が映っている。
「…大丈夫。きっと…大丈夫…」
鏡の中の自分に言い聞かせるように、私は呟いた。
その時、控え室のドアを叩く音が聞こえ、私は慌てて返事をした。しかし、待っても扉が開く気配がしない。私は不思議に思って扉に近付き、ゆっくりと開けると、目の前に赤いバラが1輪差し出された。
「本日は、初のコンサート出演、おめでとうございます。お嬢さん」
そこには、つい見惚れてしまうような美しい笑顔を浮かべた凌玖がいた。
「…え?」
「驚いただろ?これで緊張も解れたんじゃねぇか?」
私が驚いていると、先程の紳士的な笑顔とはまた別の、凌玖らしい皮肉めいた笑顔を向けてきた。
そして、「ほら」と1輪のバラを再度私へと差し出してきた。
「あ、ありがとう…。でも、どうして…?」
「初コンサートのお祝いだ。いいから黙って受け取れ」
照れ隠しからなのか視線を逸らしながら言う凌玖に、私は少し笑いながら、「うん。ありがとう」と再び礼を言ってバラを受け取った。
「ん?お前、そのネックレス…」
凌玖の視線が私の首元へと向けられる。
このネックレスをしていることを凌玖にバレたことが少し恥ずかしくなってしまい、今度は私が視線を逸らすと、隠すように首元のネックレスに触れた。
「…お、お守りなの。この間のパーティーも、凌玖が側にいてくれたから落ち着いて乗り切れたから…凌玖が選んでくれたネックレスを付ければ、成功するかと思って…」
そう言った私の言葉を聞くと、凌玖はフッと小さく笑った。
「お前、そんなに俺に側にいてほしいのか?」
「え!?何で…」
「そう言ってるようなもんじゃねぇか」
確かに、自分で意識して言った訳では無いが、思い返してみればそう聞こえなくもない。
クツクツと笑う凌玖に私は恥ずかしくて何も言い返せなくなった。
「まぁ、今日は一番近くにいてやれねぇからな」
そう言うと、凌玖は私の首元のネックレスを軽く持ち上げ、中央に輝くダイヤに口付けた。
「…ちゃんと聴いててやるから。大丈夫だ」
凌玖の優しい瞳が向けられた。碧い瞳に自分の姿が映り、至近距離で見つめられていることが分かる。私は身動き1つできず、しかし自分の鼓動の速さが増していくのを感じながら、ただその瞳を見つめることしかできなかった。
「かなちゃーん!」
その時聞こえた元気な声に、私の肩はビクリと跳ね、凌玖も私から距離を取った。
声が聞こえた方を見てみると、真翔君と椎名君、その先頭には紫央君が笑顔で手を振ってこちらへ近付いてきた。
「ハァ…。うるせぇ奴らが来やがった」
凌玖のボソリと呟いた言葉が聞こえていないのか、紫央君は私の目の前に来ると、笑顔のまま私の右手を両手で包むように握った。
「かなちゃん、すっごく綺麗!」
「この間のドレス姿も綺麗だったけれど、今回のもまたイイね。凄く大人っぽい」
紫央君の後ろから優しく微笑みながら真翔君が言葉をかけてくれた。いつもの2人の笑顔に、私も表情が和らいでいく。
「あ、皆来てくれたんだね」
そう言って、青いドレスを身に纏った香里奈ちゃんがやって来た。光沢のある艶やかな生地で作られたロングドレス。シンプルながらも、ウエスト部分にはキラキラ輝くビジューが施されている。
「香里ちゃん、どこ行ってたの?」
「運営の人と段取りとかの最終確認をしてたの。それより奏、そろそろ出番だよ」
香里奈ちゃんのその言葉に、私の身体が再び強ばった。
そんな私の頭に優しく手を置かれ、見上げると凌玖が先程と同じような優しい目でこちらを見ていた。
「頑張れ」
それだけ言うと、凌玖は背を向けて行ってしまった。
「香里奈も頑張れよ」
「演奏楽しみにしてるね~!」
それに続くように、真翔君と紫央君も凌玖の後を追った。
しかし、椎名君は何故かその場から動かなかった。何も言わず、ただ私をじっと見つめていた。
「…椎名、君?」
その表情がどこか悲しそうに見えて、私は少し心配になって声をかけた。
すると、椎名君は小さく息を吐くと、ぎこちない笑顔を向けて「頑張れよ」と一言だけ言って皆と同じ方向へと向かって行った。
「…なんか、椎名君元気無かったね。どうしたのかな?」
「…まぁ、今の凌玖の表情を見たら…ね…」
「え?」
ポツリと言われた香里奈ちゃんの言葉がよく聞こえず、私は聞き返しながら顔を向けると、香里奈ちゃんも何故か切ない表情を浮かべていた。
「…香里奈ちゃん…?」
「あ、ううん。何でもない!さぁ、そろそろ行こう!」
そう言って香里奈ちゃんはいつもの明るい笑顔で促したので、私はそれ以上聞く事ができず、少しだけ気になりつつも舞台袖へと向かった。
最初は香里奈ちゃんが1人で演奏をする。私はそれを舞台袖から聞いていた。舞台袖からも多くの人達で観客席が埋まっているのが少しだけ見えた。この中で私も演奏するんだと考えるだけで、手と足が震えてくる。
いよいよ、本番。
この大勢の人に、私の演奏を聴いてもらう。
もし、失敗したら…。
そんなことが頭を過ぎり、その場に足が縫い付けられたように立ち尽くしてしまう。
私はそっと、自分の首元のネックレスに触れ、目を閉じた。
“…ちゃんと聴いててやるから。大丈夫だ”
先程の凌玖の言葉を思い出し、私は大きく息を吐いた。
大丈夫。
凌玖が、いてくれるから。
心がだんだん落ち着いていくのを感じ、ゆっくりと目を開ける。
ちょうど香里奈ちゃん1曲目の演奏を終えたようで、大きな拍手の中、私がいる舞台袖へ一度やって来た。
「…じゃあ、行こうか」
「…うん」
香里奈ちゃんの言葉に私は返事を返し、舞台へと足を進めた。
私達が出ると、大きな拍手で迎えられた。しかし、私にはそれが遠くから聞こえているようで、現実味が無く感じた。
観客席へとお辞儀をし、私はピアノの前にある椅子へと腰掛けた。
私はもう一度、目を閉じた。
“音楽はね、上手に弾けることも大事だけど、弾いている人の想いがちゃんと込められているってことが1番大切なの。相手に何を伝えたいか、その曲が何を語ろうとしているのか…。それを私達が音楽にして伝えていく。それを伝えることができた時、音楽は完成するの。”
恵美先生が最後に教えてくれた事。
今の私には相手に何かを伝えられるような技量は無いけれど、せめて、聞いている人達がこの「カノン」の曲のように穏やかで、優しい気持ちになってくれたら良いな。
私が目を開けると、香里奈ちゃんが優しい笑顔を向けていた。
その笑顔に私も笑顔で頷き、演奏を始めた。
演奏している時、私は不思議な感覚だった。
あんなに緊張していたことが嘘のように、今は心穏やかにピアノを弾いている。
指が滑らかに鍵盤の上を、踊っているかのように動いている。
まるでこの時間がずっと続いていくかのような、そんなことさえ思えた。
最後の音を弾き終えると、私は自然と息を吐いていた。その直後、大きな拍手が私の耳へと届いた。観客席に目を向けると、笑顔で私達へと拍手を贈っている。
(…成功…した?)
私の中に達成感とその喜びがジワジワと溢れてきて、自然と笑みが溢れた。
その頃、恭介は凌玖達と少し離れた所から舞台で笑っている奏を見つめていた。
そんな恭介のもとに、1人の人物が近付いて来た。
「皆と一緒に観ればいいのに」
「…うるせーな。別に良いだろ」
恭介はその人物、紫央に素っ気なく返事を返した。
「お前も戻れよ」
「じゃあ恭ちゃんも行こうよ」
「…俺は、いい」
「…りっ君の顔、見たくない?」
紫央の言葉に恭介は驚き、顔を上げた。そんな恭介と目が合うと、紫央はニコリと可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ハァ~…ホント、何でお前には分かっちまうんだろうな」
「前にも言ったでしょ?恭ちゃんの事なら顔見ただけで分かるよ」
恭介は「そうかよ」と苦笑気味に返すと、ひと呼吸置いて、再び舞台へと目を向けた。
「さっきの西園寺の表情…きっと気付いたんだろうな。自分の気持ちに」
「…そうだね」
恭介が見つめる先には、舞台の上で笑顔を浮かべている奏の姿があった。
「…俺さ、あいつの笑顔が好きなんだ。出来れば俺があいつを笑顔にしてやりたいけど…きっと俺じゃダメなんだよな」
「…諦めちゃうの?」
そう尋ねた紫央に、恭介はフッと小さく笑った。
「…お前、この間言っただろ?俺は俺が思うように進めば良いって」
「…うん。言ったね」
「だから…俺が思うように動いてみる。このまま何もしないで諦めるなんてしねぇよ」
「…そっか」
恭介の決意を秘めたような表情に、紫央は自然と小さな笑みを向けた。