音にのせて
しばらく歩くと、私は1つの屋台が目に飛び込んできた。
「あ…」
小さく呟いた言葉に椎名君が反応し、私の視線の先を辿った。そこには綿あめのお店があった。
「綿あめ好きなのか?意外と子供なんだな」
「だ、だって…普段あんまり食べないし…甘いの好きだし…」
小さく笑う椎名君に、私は言い訳じみた言葉を並べるが、その言い訳すらも子供っぽく思えて恥ずかしくなってきた。
「別にダメだって言ってねぇだろ?ほら、行くぞ」
そう言いながら、椎名君は綿あめの屋台へと向かおうとした。
「え!?でも、早く行かないとみんな待ってるでしょ?」
「少しくらい良いだろ。せっかくの祭りなんだ。楽しまないともったいないだろ」
いつもよりも少し楽しそうな椎名君の顔に一瞬ドキリとしつつ、私は椎名君に引っ張られるまま屋台の前へと向かった。
椎名君は屋台のおじさんに綿あめを1つ注文すると、私がお金を出すのを遮られ、そのまま椎名君が支払いを済ました。
「ほら」と差し出された綿あめを私は申し訳なく思いつつも「ありがとう」とお礼を言って受け取ると、一口齧った。甘い味が口の中に広がる。
「…美味しい!」
「そっか。良かったな」
「あ、椎名君も食べる?」
そう言いながら、私は椎名君に綿あめを差し出した。椎名君がお金を払ってくれたのだから、もし食べたいと思っているのであれば当然食べる権利がある。私は何事も無く綿あめを差し出したが、何故か椎名君は驚いた表情をして、その次は大きく溜め息を吐いていた。
「お前は…どうしてそう無自覚なんだよ…」
「え?何が?」
椎名君の言った言葉の意味を理解できず、私が首を傾げた。
「…何でもねぇよ。じゃあ、せっかくだから一口もらうぜ」
そう言うと、綿あめの棒を握る私の手に椎名君が手を重ね、綿あめに顔を近付けた。その思いもしない椎名君との距離の近さに驚き、私は一瞬身を引こうとしたが、手を握られているため叶わなかった。
「…甘ぇ」
一口食べた椎名君は一言そう言うと、唇をペロリと舐めた。その仕草が妙に色っぽくて、私は思わず俯いてしまった。
「何赤くなってんだよ。自分から差し出してきたくせに」
「だ、だって…椎名君が…」
私が顔を上げると、真っ直ぐと向けられた椎名君の目が私を見つめていた。
「…俺が、何だよ?」
その視線に何故かそれ以上言葉が出てこなくなり、私は再び視線を逸らすことしかできなかった。
「…な、何か…今日の椎名君、おかしいよ…。椎名君らしくない…」
「…こんな俺は、嫌か…?」
「そんなことはないけど…ドキドキして落ち着かない…」
「…じゃあ、もっとドキドキすれば良いよ」
その言葉に視線を上げると、私を見つめる椎名君の真剣な視線とぶつかり、更に鼓動が早くなるのを感じた。
「…なんてな。俺も祭りの雰囲気でテンション上がってるのかもしれないな」
そう言って、椎名君は近かった私との距離から顔を離した。
「ほら、行くぞ」
そう言って差し出された手に、私は再びゆっくりと手を重ねた。
しばらく歩くと、私達は提灯がたくさん飾られている場所に来た。このお祭りの見所の1つなのだろう。提灯1つ1つに優しく光が灯っていて、その光景はどこか幻想的にも感じる。
「…綺麗」
私はその美しさに、思わずポツリと言葉を漏らした。
「…奏」
急に名前を呼ばれ、私は横にいる椎名君を見上げた。椎名君は顔だけ私の方へ向けていたが、その視線は真っ直ぐと私を見つめていた。提灯の灯りのせいか、その瞳はユラユラと揺らいでいるように見える。
「…俺……奏の事が好きだ」
それはあまりにも唐突に言われた言葉で、私は一瞬何を言われたのか分からなかった。しかし段々とその意味を理解していくのと同時に、一気に顔に熱が集まっていくのを感じた。
「…急に悪かったな、驚かせて」
そう言った椎名君に、私は俯きながら小さく首を振った。
「それでも、どうしても伝えたかったんだ。俺の気持ち」
椎名君の声から真剣さが伝わってきて、尚更私の鼓動を早くさせる。何か答えないといけないと思っているのに、うまく言葉が出てこない。
「…あの…、私…」
「…奏は、今好きな奴いるのか?」
椎名君の問い掛けに、私は何も答える事ができなかった。
正直なところ、今まで誰かを好きになった事は一度も無かった。素敵だなと思う人はいた事もあったが、告白して付き合いたいかと言われたらそうでも無く、冷静に考えればそれはただの憧れで終わっていた。
だから、椎名君にも「いない」と一言返せば良いだけなのに、何故か言葉が出てこなかった。
理由は分からないが、“好きな人”という単語を聞いた瞬間、私の頭の中にはある人物の顔が思い浮かんできた。
(…どうして、今…)
「…今、誰の事を考えてる?」
椎名君の言葉に、私はハッと我に返った。
そんな私の様子に椎名君は小さく苦笑を漏らした。
「…やっぱり、好きなんだろ?…西園寺のこと」
その言葉に、私の鼓動がドクンと大きく跳ねた。
「今考えてたの、西園寺だろ?」
「…どうして…」
「分かるよ。俺は、奏の事を見ていたから」
椎名君の真っ直ぐな言葉が恥ずかしくて、私は再び視線を下へと向けた。
「…好きなんだろ?…西園寺のこと」
再び尋ねられた質問に、私は小さく頭を振った。
「分からない…」
小さく告げた私の答え。
確かに、先程頭に浮かんだのは凌玖の顔だった。
しかし、だからと言って凌玖の事を好きかどうかは分からない。
「…本当に?」
優しく尋ねられた椎名君の言葉に、私はゆっくりと顔を上げた。
「もう分かってるはずだろ。自分の気持ちを」
「…自分の、気持ち…?」
椎名君の言葉に導かれるように私は胸に手を当てると、ゆっくりと瞳を閉じた。
最初はとても冷たい印象を受けた。
一緒に生活するのがとても不安だった。
だけど彼の瞳の奥にある悲しい感情に触れていくうちに、何故か放っておけなくなった。
彼を助けたいと、思った。
そして、次第に別の感情も見え始めてきた。
彼に触れたい。
傍にいたい。
(…そうか、これが…)
改めて考えると自分の最近の感情にも色々納得がいく。
香里奈ちゃんと凌玖が話をしていたのを見て胸が苦しかったのも、凌玖が傍にいると思うと安心するのも。
(…好き、だから…)
そう自分の中で答えが出ると、一気に恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。
「フッ…気付くの遅過ぎ」
椎名君の言葉に私は目を開けると、椎名くんは優しい笑顔を向けていた。
「俺にとっても西園寺は大切な奴だから…。俺は、奏と西園寺が一緒に笑っていてくれたら、それで良い」
「椎名君…」
「今日は話を聞いてくれてありがとな、奏」
椎名君の優しさが伝わってきて、私が何故か泣きそうになった。
でも、ここで私が泣いてはダメだ。
「…私の方こそ、ありがとう」
笑顔の椎名君に、私も精一杯の笑顔を返した。
その後、恭介と奏はみんなと無事に合流し、花火が打ち上がるのを待っていた。
そんな中、恭介は紫央の隣りに静かに座った。
「伝えられた?恭ちゃんの気持ち」
みんなには聞こえない声で、紫央は隣りの恭介へ声をかけた。
「…まぁ、な」
「…そっか」
いつにもなく弱い声で返す恭介に、紫央もそれ以上何も言わなかった。
「…俺、バカなのかな」
「どうして?」
「…自分が思うように動く事、できなかった」
「…後悔、してるの?」
その問いに恭介は無言となったが、しばらくして小さく首を横に振った。
「…後悔は無い。むしろスッキリしている」
「それなら大丈夫。ちゃんと恭ちゃんが思うようにできたんだよ」
「…そっか。そうだよな…」
そう言うと、恭介は小さく笑った。
ちょうどその時、大きな音と共に花火が打ち上がった。
夜の空にキラキラと輝く花を一瞬だけ咲かせ、すぐに儚く散っていく。その光景に周りの人達は感嘆の声を上げていた。
「…恭ちゃん」
紫央の言葉に、恭介は空を見上げていた視線を紫央へと向けた。
「…泣きたくなったら俺の胸貸すから、いつもで言ってね」
ニコリと笑って言う紫央に一瞬だけ恭介はキョトンとしたが、フッと小さく笑った。
「バーカ。いらねぇよ。…でも、ちょっとだけ肩貸してくれねぇか」
そう言うと、恭介は紫央の肩に顔を埋めた。
「…うん。頑張ったね、恭ちゃん」
そんな恭介の頭を紫央は優しくポンポンと撫でた。
次々と打ち上げられる花火。その綺麗に周りの人達は空を見上げて夢中になっていた。
そんな中、恭介は紫央の肩に顔を埋めながら、静かに涙を流した。
「あ…」
小さく呟いた言葉に椎名君が反応し、私の視線の先を辿った。そこには綿あめのお店があった。
「綿あめ好きなのか?意外と子供なんだな」
「だ、だって…普段あんまり食べないし…甘いの好きだし…」
小さく笑う椎名君に、私は言い訳じみた言葉を並べるが、その言い訳すらも子供っぽく思えて恥ずかしくなってきた。
「別にダメだって言ってねぇだろ?ほら、行くぞ」
そう言いながら、椎名君は綿あめの屋台へと向かおうとした。
「え!?でも、早く行かないとみんな待ってるでしょ?」
「少しくらい良いだろ。せっかくの祭りなんだ。楽しまないともったいないだろ」
いつもよりも少し楽しそうな椎名君の顔に一瞬ドキリとしつつ、私は椎名君に引っ張られるまま屋台の前へと向かった。
椎名君は屋台のおじさんに綿あめを1つ注文すると、私がお金を出すのを遮られ、そのまま椎名君が支払いを済ました。
「ほら」と差し出された綿あめを私は申し訳なく思いつつも「ありがとう」とお礼を言って受け取ると、一口齧った。甘い味が口の中に広がる。
「…美味しい!」
「そっか。良かったな」
「あ、椎名君も食べる?」
そう言いながら、私は椎名君に綿あめを差し出した。椎名君がお金を払ってくれたのだから、もし食べたいと思っているのであれば当然食べる権利がある。私は何事も無く綿あめを差し出したが、何故か椎名君は驚いた表情をして、その次は大きく溜め息を吐いていた。
「お前は…どうしてそう無自覚なんだよ…」
「え?何が?」
椎名君の言った言葉の意味を理解できず、私が首を傾げた。
「…何でもねぇよ。じゃあ、せっかくだから一口もらうぜ」
そう言うと、綿あめの棒を握る私の手に椎名君が手を重ね、綿あめに顔を近付けた。その思いもしない椎名君との距離の近さに驚き、私は一瞬身を引こうとしたが、手を握られているため叶わなかった。
「…甘ぇ」
一口食べた椎名君は一言そう言うと、唇をペロリと舐めた。その仕草が妙に色っぽくて、私は思わず俯いてしまった。
「何赤くなってんだよ。自分から差し出してきたくせに」
「だ、だって…椎名君が…」
私が顔を上げると、真っ直ぐと向けられた椎名君の目が私を見つめていた。
「…俺が、何だよ?」
その視線に何故かそれ以上言葉が出てこなくなり、私は再び視線を逸らすことしかできなかった。
「…な、何か…今日の椎名君、おかしいよ…。椎名君らしくない…」
「…こんな俺は、嫌か…?」
「そんなことはないけど…ドキドキして落ち着かない…」
「…じゃあ、もっとドキドキすれば良いよ」
その言葉に視線を上げると、私を見つめる椎名君の真剣な視線とぶつかり、更に鼓動が早くなるのを感じた。
「…なんてな。俺も祭りの雰囲気でテンション上がってるのかもしれないな」
そう言って、椎名君は近かった私との距離から顔を離した。
「ほら、行くぞ」
そう言って差し出された手に、私は再びゆっくりと手を重ねた。
しばらく歩くと、私達は提灯がたくさん飾られている場所に来た。このお祭りの見所の1つなのだろう。提灯1つ1つに優しく光が灯っていて、その光景はどこか幻想的にも感じる。
「…綺麗」
私はその美しさに、思わずポツリと言葉を漏らした。
「…奏」
急に名前を呼ばれ、私は横にいる椎名君を見上げた。椎名君は顔だけ私の方へ向けていたが、その視線は真っ直ぐと私を見つめていた。提灯の灯りのせいか、その瞳はユラユラと揺らいでいるように見える。
「…俺……奏の事が好きだ」
それはあまりにも唐突に言われた言葉で、私は一瞬何を言われたのか分からなかった。しかし段々とその意味を理解していくのと同時に、一気に顔に熱が集まっていくのを感じた。
「…急に悪かったな、驚かせて」
そう言った椎名君に、私は俯きながら小さく首を振った。
「それでも、どうしても伝えたかったんだ。俺の気持ち」
椎名君の声から真剣さが伝わってきて、尚更私の鼓動を早くさせる。何か答えないといけないと思っているのに、うまく言葉が出てこない。
「…あの…、私…」
「…奏は、今好きな奴いるのか?」
椎名君の問い掛けに、私は何も答える事ができなかった。
正直なところ、今まで誰かを好きになった事は一度も無かった。素敵だなと思う人はいた事もあったが、告白して付き合いたいかと言われたらそうでも無く、冷静に考えればそれはただの憧れで終わっていた。
だから、椎名君にも「いない」と一言返せば良いだけなのに、何故か言葉が出てこなかった。
理由は分からないが、“好きな人”という単語を聞いた瞬間、私の頭の中にはある人物の顔が思い浮かんできた。
(…どうして、今…)
「…今、誰の事を考えてる?」
椎名君の言葉に、私はハッと我に返った。
そんな私の様子に椎名君は小さく苦笑を漏らした。
「…やっぱり、好きなんだろ?…西園寺のこと」
その言葉に、私の鼓動がドクンと大きく跳ねた。
「今考えてたの、西園寺だろ?」
「…どうして…」
「分かるよ。俺は、奏の事を見ていたから」
椎名君の真っ直ぐな言葉が恥ずかしくて、私は再び視線を下へと向けた。
「…好きなんだろ?…西園寺のこと」
再び尋ねられた質問に、私は小さく頭を振った。
「分からない…」
小さく告げた私の答え。
確かに、先程頭に浮かんだのは凌玖の顔だった。
しかし、だからと言って凌玖の事を好きかどうかは分からない。
「…本当に?」
優しく尋ねられた椎名君の言葉に、私はゆっくりと顔を上げた。
「もう分かってるはずだろ。自分の気持ちを」
「…自分の、気持ち…?」
椎名君の言葉に導かれるように私は胸に手を当てると、ゆっくりと瞳を閉じた。
最初はとても冷たい印象を受けた。
一緒に生活するのがとても不安だった。
だけど彼の瞳の奥にある悲しい感情に触れていくうちに、何故か放っておけなくなった。
彼を助けたいと、思った。
そして、次第に別の感情も見え始めてきた。
彼に触れたい。
傍にいたい。
(…そうか、これが…)
改めて考えると自分の最近の感情にも色々納得がいく。
香里奈ちゃんと凌玖が話をしていたのを見て胸が苦しかったのも、凌玖が傍にいると思うと安心するのも。
(…好き、だから…)
そう自分の中で答えが出ると、一気に恥ずかしくなって顔が赤くなるのを感じた。
「フッ…気付くの遅過ぎ」
椎名君の言葉に私は目を開けると、椎名くんは優しい笑顔を向けていた。
「俺にとっても西園寺は大切な奴だから…。俺は、奏と西園寺が一緒に笑っていてくれたら、それで良い」
「椎名君…」
「今日は話を聞いてくれてありがとな、奏」
椎名君の優しさが伝わってきて、私が何故か泣きそうになった。
でも、ここで私が泣いてはダメだ。
「…私の方こそ、ありがとう」
笑顔の椎名君に、私も精一杯の笑顔を返した。
その後、恭介と奏はみんなと無事に合流し、花火が打ち上がるのを待っていた。
そんな中、恭介は紫央の隣りに静かに座った。
「伝えられた?恭ちゃんの気持ち」
みんなには聞こえない声で、紫央は隣りの恭介へ声をかけた。
「…まぁ、な」
「…そっか」
いつにもなく弱い声で返す恭介に、紫央もそれ以上何も言わなかった。
「…俺、バカなのかな」
「どうして?」
「…自分が思うように動く事、できなかった」
「…後悔、してるの?」
その問いに恭介は無言となったが、しばらくして小さく首を横に振った。
「…後悔は無い。むしろスッキリしている」
「それなら大丈夫。ちゃんと恭ちゃんが思うようにできたんだよ」
「…そっか。そうだよな…」
そう言うと、恭介は小さく笑った。
ちょうどその時、大きな音と共に花火が打ち上がった。
夜の空にキラキラと輝く花を一瞬だけ咲かせ、すぐに儚く散っていく。その光景に周りの人達は感嘆の声を上げていた。
「…恭ちゃん」
紫央の言葉に、恭介は空を見上げていた視線を紫央へと向けた。
「…泣きたくなったら俺の胸貸すから、いつもで言ってね」
ニコリと笑って言う紫央に一瞬だけ恭介はキョトンとしたが、フッと小さく笑った。
「バーカ。いらねぇよ。…でも、ちょっとだけ肩貸してくれねぇか」
そう言うと、恭介は紫央の肩に顔を埋めた。
「…うん。頑張ったね、恭ちゃん」
そんな恭介の頭を紫央は優しくポンポンと撫でた。
次々と打ち上げられる花火。その綺麗に周りの人達は空を見上げて夢中になっていた。
そんな中、恭介は紫央の肩に顔を埋めながら、静かに涙を流した。