音にのせて

第2話 新たな生活

目を覚ますと、私は大きなフカフカのベッドに寝ていた。
私はベッドから起こし、ゆっくりと周りを見渡した。とても広い部屋に勉強机やタンス等の家具が置かれている。そして、大きな窓が1つ。薄ピンク色のカーテンの隙間から、眩しい光が部屋に差し込んでいる。
まだ見慣れない部屋に少しだけ落ち着かない気持ちを抱きつつ、私はベッドから降りてクローゼットへと向かった。

お母さんと勇一さんが籍を入れ、正式に夫婦となった。
それと同時に、私も“西園寺奏”となり、勇一さんがお義父さんとなった。
そして3日前、私は西園寺家へ引っ越しをして、新しい生活がスタートした。
西園寺財閥の社長が住む住居なだけあって、お城のような大きな家。更には執事やメイドが多くいて、家の事は全てやってくれる。
もともと一般庶民だった私にとって、全てがドラマや漫画の世界のようだ。

クローゼットを開けると、そこには私がもともと持っていた服以外にも、勇一さんが揃えてくれた物もいつくか飾られていた。
その中から、私は真新しい制服を手にした。
薄い青地のシャツに紺のブレザー、チェックのスカートと、そのスカートと同じ柄のリボン。
着慣れていない制服に着替えると、私は鏡の前に立った。

私は、今日から柊木野《ひらぎの》学園大学附属高等学校へ通う。
柊木野学園は、所謂お金持ち高校である。通っている人の多くが財閥や資産家の子供といったお金持ちの家柄か、もしくは難解な試験をクリアしないと入れないような所である。幼稚園から大学まで備わっており、基本的にはエスカレーター式で進級していく。
そんな一般人からすると縁が無いような制服を、今私は着ているのだ。
自分の生活が一気に変わっていくことに少し不安に感じつつ、私は部屋を出た。





西園寺家は、とにかく広い。様々な部屋があり、家の中で迷子になってしまうのではないかと思う程。
おまけに、廊下等に飾られている絵画や花瓶などの装飾品ももちろん高価な物ばかり。
うっかり触って壊してしまったら、と考えるだけで青ざめてしまいそうだ。

そんな事を考えつつ食堂へ行くと、既にお母さんと勇一さん、そして凌玖君がいた。

「おはよう、奏ちゃん」
「おはよう」

6人がけの大きなダイニングテーブルに腰掛け、勇一さんとお母さんが声をかけてくれた。

「お、新しい制服似合っているじゃないか」

私の制服姿を見るなり、勇一さんはニコニコと優しい笑顔を向けてくれた。
私は席に座りつつ、照れながらも「ありがとうございます」と返した。

「なぁ、凌玖。お前もそう思うだろ?」

勇一さんは隣りに座る凌玖君へ声を投げる。
私の向かい側で新聞を読んでいた凌玖君は、勇一さんの言葉に碧い瞳を私に向けた。

「ええ。凄く似合ってる。可愛いね」

優しく微笑む凌玖君の綺麗な笑顔と「可愛い」という言葉のダブルパンチで、私は一瞬にして顔が熱くなった。
私はきっと赤くなっているであろう顔を隠すように俯きつつ、「ありがとう」と小さく呟いた。

西園寺家に引っ越しをしてきて分かった事は、凌玖君は勇一さんやお母さんの前では優しいが、それ以外の場では別人のように態度が変わる。今みたいに笑顔を向けてくれることは愚か、一切会話をしようとしない。

“俺はこの再婚に異論は無いが、仲良くするつもりも無い 。お前も俺に干渉してくるな”
“表向きは“家族”を演じてやるが、学校はもちろん家でも必要以上に話しかけたりするな”

初めて凌玖君に会った時に言われた言葉が脳裏に蘇ってくる。
それと同時に、あの時向けられた冷たく刺すような碧い瞳。
理由は分からないが、凌玖君はまるで、人を遠ざけているようだ。

考えたところで分かることは何も無く、私は誰にも気付かれないように小さく息を吐き、豪華過ぎる朝食に手を付けた。





朝食を食べ終えると、勇一さんとお母さんは仕事のため、先に家を出て行った。
お母さんは勇一さんと結婚をしても変わらず、仕事をすることにした。
自分が立ち上げた会社だし、今の仕事が好きだからと笑って言っていたお母さんに、勇一さんも快諾した。

「じゃあ、いってくるね」
「いってきます」
「うん、いってらっしゃい」

私は玄関で2人に笑顔で手を振り、見送った。

「室井、行くぞ」

そんな私の横を、凌玖君が通り過ぎた。
先程までの優しい態度とは一変し、私のことはまるで見えていないかのように無視をしている。

「かしこまりました。お嬢様もどうぞ」
「え?」

急に話を振られ、私は何のことか分からず、室井さんを見つめた。

「学校には私がお送りさせていただきます。もちろん帰宅時にも私がお迎えに上がりますので」
「はぁ?何でそいつも一緒なんだよ?」

室井さんの言葉に、凌玖君は納得いかないとばかりに眉間に皺を寄せながら不機嫌そうに言った。

「旦那様より、本日からはお嬢様もご一緒にと仰せつかっております。同じ学校に通うのですから、ご一緒にご登校されるのが普通かと思いますが」

穏やかに言う室井さんに凌玖君は軽く舌打ちし、無言で家を出て行った。

「相変わらずでございますね」
「あ、あの…本当に、一緒に行って良いんですか…?」

凌玖君の態度に戸惑いを隠せず、今だ穏やかな表情を浮かべている室井さんに尋ねた。

「勿論でございます。さぁ、お嬢様もご準備を。きっと坊ちゃんが外で待っておられます」



私は急いで準備を済ませ、室井さんと一緒に外へ出ると、玄関の前には以前乗ったリムジンが止まっていた。
そして、そこには室井さんの言う通りに凌玖君の姿もあった。
彼はリムジンに寄りかかりながら、不機嫌そうにこちらを見ている

「遅ぇ…」
「申し訳ございません。すぐに出発致します」

室井さんが後部座席のドアを開けると、凌玖君は無言で乗り込んだ。

「お嬢様もどうぞ」
「え?あ…えっと…」

私はちらっと車の中に座っている凌玖君を見た。凌玖君は相変わらず不機嫌そうに肘を付きながら窓の外に目を向けていた。
どうも彼の隣に座るということに、私は少々抵抗があった。

「おい、さっさと乗れ!遅刻するぞ!」
「は、はい!」

これ以上怒らせてはいけないと悟り、私は慌てて車に乗り込んだ。
私が座席に座るのを確認してから、室井さんはドアを丁寧に閉めると運転席に乗り込み、車をゆっくりと走らせた。

私は端の方に小さくなるように座り、なるべく凌玖君と距離をとった。
どうにも落ち着かなく、チラリと私は横目で凌玖君を見る。
彼の考えていることが全く分からず恐いと思う反面、スラリと長い脚を組み、頬杖をつきながら窓の外に目を向けている姿は、やはりかっこいいと思えた。

「…何だよ」

窓に向けられていた視線が急に自分へと向けられ、私は慌てて目を逸らした。

「べ、別に…」

私の言葉に凌玖君は「あっそう」と短く答え、再び窓の方へと視線を向けた。
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