音にのせて
柊木野学園までは車だと10分程で到着した。
しかし、車の中では終始無言の状態が続き、息が詰まるような思いをしていたため、たった10分が1時間以上だったかのように感じた。

車は校門前で止まると、室井さんが先に降りて後部座席のドアを開けた。
それと同時に、凌玖君が車から降りたので、私も後に続いた。


柊木野学園はお金持ち学校と言われるだけあって、学校と言うには広すぎる敷地と、その敷地内には立派な建物が複数建てられている。正面には大きな建物があり、授業を受けるための普通教室があるメインの建物。その周りにも体育館はもちろん図書館や食堂といった建物があり、一般の学校からすると考えられないぐらいの規模だ。

こんな凄い学校にこれから通うのかと考えると、少し萎縮してしまう。
私は小さく息を吐きつつ、前を歩く凌玖君の後を付いて歩いた。

しかし、私はすぐに違和感を感じた。
車から降りてから感じる多くの視線。
周りの生徒達から何故か注目の的になっている。ただの転入生だから、という理由とは少し違う。
どうしてこんなに注目されているのか思考を巡らしていると、凌玖君に挨拶をしてきた人物がいた。

「おはよう、西園寺」

男の子にしては少し長めの黒髪をハーフアップにしている長身の男の子。にっこりと綺麗な笑顔が女性だったら誰しも心を掴まされるような美形な顔立ちで、凌玖君の肩に手を置きながら並んでいる姿はどこかのモデルのように様になっている。

「…触んな」

そんな彼の手を振り払うと、凌玖君は冷たい言葉を返した。

「はいはい。相変わらず冷たいなぁ~」

しかし、彼はそんな凌玖君の態度に動じること無く、笑顔を浮かべていた。

「ん?君は…」

その時、凌玖君の少し後ろにいた私に、彼は視線を向けてきた。

「あっ…えっと、はじめまして」

私が軽く頭を下げると、彼はにこりと笑って「はじめまして」と返してくれた。そして、凌玖君の方へ顔を寄せると、からかうような口調で言った。

「西園寺も隅に置けないなぁ。いつの間にこんな可愛い彼女を作ったんだよ?」
「か、彼女…!?」
「そんなことある訳ねぇだろ」

「彼女」という単語に反応して顔を赤くしている私とは逆に、凌玖君は表情を一切変えることなく否定の言葉を述べた。

「冗談だよ、冗談。西園寺に限って、そんなことある訳無いって分かってるよ」

その言葉に凌玖君は一瞬だけ冷たい視線を彼に向けると、無言でまた歩き出した。

「あ、そういえば自己紹介がまだだったね」

重い空気を振り払うかのように、彼は明るく言った。

「俺は及川真翔《おいかわまなと》。もしかして、転校生かな?」

綺麗な顔でニコリと微笑む彼、及川君にドキッとしつつ、私も自己紹介をした。

「は、はい。今日から転校してきた西園寺奏です」

私の名前を聞いた瞬間、及川君は驚いた表情を見せた。

「西園寺って…君は…」

その時、及川君の言葉を遮るようにチャイムが鳴った。時計を見るとホームルームの始まる時間まであと10分。おそらく予鈴だろう。

「あ、ごめんなさい。私職員室に行かないと…」

初日は担任の先生と一緒にクラスへ行くことになっている。そのため、職員室へ来るようにと言われていた。
「じゃあまたね」と言ってヒラヒラと手を振る及川君と別れ、私は校舎へと向かった。



校舎へ入ると、事務の人であろう女性の方が待っていてくれた。
そして職員室へと向かい担任の先生と一緒に自分のクラスとなる3年A組へと移動した。



教室の前に行くと、中からざわついた声が聞こえてくる。そのざわつきさえ、今の私にとっては緊張を増幅させる。
考えてみれば、私にとってこれが初めての転校である。クラスメイトの視線を浴びながらちゃんと自己紹介ができるかと、考えるだけで心臓がバクバクいっている。
そんな私をよそに、先生は教室のドアを開けて中に入って行った。その後ろに私も続いて入って行く。

教室に入った瞬間、さっきまでざわついていた教室が静かになり、一気にみんなの視線が私に集まった。
ふと、私は窓際の一番後ろの席に座っている人物に目が止まった。

(り…凌玖君…?)

そこには頬杖をついてこちらを見ている凌玖君の姿があった。
私と目が合うと、凌玖君はすぐに窓の外に視線を向けた。
私は心の中で小さく溜め息を吐いた。まさかクラスまで一緒になるとは思ってもいなかったので、これからの学校生活を考えると少し憂鬱さを感じた。

「転校生の西園寺奏さんです。みんな、仲良くするように」
「さ、西園寺奏です。よろしくお願いします」

緊張しつつも私が自己紹介を終えると、何故だか急にクラスの中がざわつき始めた。

「静かに!それじゃあ、君は一番後ろの空いている席に座って」
「あっ、はい」

さっきのざわつきに少々疑問を抱きながら、私は先生が指示した中央の一番後ろの席に向かった。
席に行って隣を見ると、男子生徒が笑顔で手を振っていた。さっき会った及川君である。

「同じクラスだね。よろしく」

私が席に座ると、及川君は小声で話しかけてきた。

「う、うん。こちらこそよろしく、及川君」
「真翔で良いよ、奏ちゃん」

そう言って笑う及川君、いや、真翔君の笑顔はとても優しく、見惚れてしまう程綺麗だった。

「ん?どうかした?」

ジーッと見ていた私に気付き、真翔君は尋ねた。

「あっ、ごめん…笑顔がすごく綺麗だなって思って…」
「そんなことないよ。奏ちゃんの方が綺麗だよ」

そう言って細められた視線と表情が色っぽく、私は顔が熱くなっていくのを感じた。

「本当に可愛いね、奏ちゃんは」

恥ずかしさのあまり俯いた私の様子を見て、真翔君は楽しそうに笑った。

「そういえば、奏ちゃんと西園寺凌玖は親戚とかなの?」
「親戚っていうか…私と凌玖君って一応…」
「こらっ!後ろの二人!いつまでも話しているなよ!」

私の言葉は先生の言葉で遮られてしまった。
変な注目を浴びてしまった事に恥ずかしくなり、私は小さくなるように顔を下に向けた。
ちらりと隣の真翔君に視線を向けると、私の視線に気付いた真翔君は「ごめん」と言うように手を顔の前で合わせて、苦笑しながらこっちを見ていた。
私は笑って小さく頭を振り、改めて先生の話に耳を傾けた。





ホームルームの終わりを知らせるチャイムが鳴り、先生が教室を出て行くとクラスの中が一気に騒がしくなった。
そして、私の周りにはクラスの女の子のほとんどが集まってきた。

「ねぇねぇ、ちょっと聞いていい?」

その中の一人が興味深げに尋ねてきた。

「奏さんって凌玖様と何か関係あるの?」
「…凌玖…様?」

私はその言葉に少し驚いた。

「同じ苗字だし、親戚とか?」
「そういえば、今日一緒に来ていたよね?」

私は彼女達の質問攻めに戸惑いつつ、言葉を返した。

「…えっと…一応兄妹みたいなもの…かな?私の親と凌玖君の親が再婚したから…」

私が少し戸惑いがちに言うと、彼女達は更に騒ぎ出した。

「じゃあ一緒に住んでるの?」
「うっ…うん」
「羨ましいー!」

その悲鳴のようにも聞こえる歓声に、私は目を丸くした。どうして凌玖君と暮しているというだけでここまで騒がれるのだろうか。ましてや、「凌玖様」と呼んでいることにも疑問である。
しかし、そんな私にはお構いなしに彼女達はそれぞれ勝手にキャーキャーと騒いでいた。

「奏ちゃん、先生が呼んでいるんだけど、ちょっと良いかな?」

そんな騒ぎの中、呼ばれた方へ視線を向けると、真翔君がいた。

「ごめんね。ちょっと彼女借りていくよ」

周りを囲んでいた女の子達に笑顔でそう言うと、真翔君は私の腕を引っ張り、彼女達の輪から抜けて廊下に出た。





「ここまで来れば大丈夫かな」

教室から離れた所で、真翔君は腕を離した。

「あの、真翔君…先生が呼んでるって…」
「ああ、あれ?嘘」

イタズラが成功したような無邪気な笑顔に、私は一瞬呆気に取られてしまった。

「ごめんね、強引に連れてきて。でも、なんだか奏ちゃんが困っているように見えたからつい…ね」

真翔君はきっと彼女達に圧倒されている私を見て、助けてくれたのだろう。

「ううん。ありがとう」

私がお礼を言うと、真翔君は「どういたしまして」と優しい笑顔を向けてくれた。

「みんなの反応にびっくりしたでしょ」
「うん。何でみんながあんなに大騒ぎしているのか分からなくて…」
「西園寺はこの学校中の憧れの的なんだよ。もちろん西園寺財閥の御曹司ってだけでも注目される材料には十分なんだけど、あのルックスだからね。おまけに頭も良いし、スポーツも万能。更にはこの学校の生徒会長。そんな西園寺の特別に誰もがなりたいと思っているけれど、あの性格だから近付くこともできず、女子は『凌玖様』なんて言って崇拝してる人が多いんだよね」

真翔君の説明に驚きつつ、確かにあんなかっこいい人が近くにいたら、女子は放っておかないだろうと私は納得した。

「で、ここからは忠告なんだけど…奏ちゃん、西園寺と一緒に住んでいるんでしょ?」
「え?う、うん…家族だから…」
「今までも西園寺に近付こうとする女の子は、みんな学校中の女子から標的にされて、嫌がらせを受けていた。奏ちゃんは一緒に住んでるから、変に誤解されるかもしれない。だから、気を付けて」

凌玖君とは自分の意志で一緒に住むことになったわけではない。ましてや、誤解されるくらい仲が良い訳でもない。
しかし、そんなことを言っても分かってもらえるような事でもないのだろう。
それを心配して、真翔君はこうやって話をしてくれているのだ。

「ありがとう。気を付けるね」
「俺は奏ちゃんの味方だから。何かあったらいつでも言ってね」

新生活に不安を抱いていた私だったが、真翔君の優しい言葉と笑顔に元気をもらえたような気がした。
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