音にのせて

第5話 幼馴染

放課後、私は柊木野学園の中庭にやって来た。
様々な草木が綺麗に植えられており、中央には大きな噴水がある。その噴水を囲むように、周りにはベンチが置かれている。
生徒にとってはちょっとした憩いの場になっているのだろう。

“今日の放課後、中庭に行ってみると良いよ”
“もしかしたら、何か聞けるかもしれないから”

真翔君が言っていた「何か聞けるかもしれない」というのは、きっと凌玖君のことだと思う。だけど、放課後の中庭で何が聞けるのか、私は疑問に思いつつも、中庭をぐるりと見回した。特に何か特別な物があるわけでもなく、私以外の人物も見当たらない。
どうしたものかと思っていると、後ろから声が聞こえた。

「あ、今日は先客がいる~」

おっとりとした声に後ろを振り返ると、そこには1人の男子生徒がいた。
金色で、くせっ毛なのかクルクルとした髪。太陽の光に当たると、その髪はキラキラ光っているように見える。目鼻がくっきりとしていて、どこか日本人っぽくないようにも感じるが、美少年という言葉がしっくりくる程綺麗な顔立ちをしていた。そして、おっとりとした話し方のせいもあり、どこか幼さを感じさせる。
その子は私の傍までくると、左頬にそっと手を添えた。

「…痛い?」
「え?」
「怪我。色んなところ、怪我してる。かわいそう」

その言葉で、私はハッとした。確かに、今の私は傷だらけ、と言うか、包帯やら絆創膏等あちこちに貼られているので、彼はそのことを言ってくれているのだと私は理解した。

「だ、大丈夫。治療してもらってるから、もう平気だよ」

「全く痛くない」というわけでは無いが、泣きそうな表情で見つめてくる彼に心配をさせまいと、私は笑って言った。

「…そっか」

そう言って、彼は笑顔向けてきた。その笑顔が更に彼の可愛らしさを強調させるようで、母性をくすぐられるようだ。
そして、彼は私から離れると、近くのベンチへと腰を下ろした。

「座る?」

彼は自分の隣りをポンポンと叩いて促した。
どうしようか一瞬迷っていたが、笑顔で見つめてくる彼につられ、私も隣りに腰を下ろした。

「あの…あなたは…」
「ここ、すっごく気持ち良いでしょ!俺のお気に入りなんだ~」

名前を聞こうと思った私の言葉は、彼の弾んだ声に遮られた。

「今日みたいに暖かい日はのんびりお日様の光を浴びるのが一番だよね!」
「う、うん。そうだね」

ニコニコと笑顔で言う彼の言葉に、私はつられて頷いた。

「あ、そうだ!君、名前は?」

急に話題を自分へと向けられて驚いたが、私は自己紹介をした。

「西園寺奏です」
「西園寺…。君が…?」

私の名前を聞いて彼は驚いた表情を見せたが、「そっか~」と笑顔でうんうんと頷いた。

「俺は、逢澤紫央《あいざわしおん》。よろしく!」

彼はは相変わらず笑顔のまま自己紹介をした。

「大変でしょ?りっ君と一緒に暮らすの」
「…りっ君?…って、凌玖君のこと?」

初めて聞く言葉に私は一瞬戸惑ってしまったが、話の流れからして凌玖君の事だろうと推測した。

「そう!りっ君!かなちゃんは、りっ君と一緒に暮らしてるんでしょ?」
「か、かなちゃん?」
「うん!名前、奏ちゃんでしょ?だから、かなちゃん!」

凌玖君の事をあだ名で呼んでいる人は初めてだったので驚いたが、初対面の私のことも「かなちゃん」と呼ぶ彼に、きっと誰に対してもこうなんだろうと自分の中で納得をした。

「あー…うん。大変っていうか、凌玖君とどう接して良いか分からないから戸惑ってる…かな?」
「りっ君ちょっとツンツンしてるところあるから」

凌玖君の態度はそんな可愛らしい言葉で言い表せられるものではない気がしつつも、私は苦笑を漏らした。

「逢澤君は…」
「紫央!」

私の言葉は再び彼に遮られてしまった。
何故か分からず私がキョトンとしていると、彼は再び最上級の笑顔を向けてきた。

「俺のことは、紫央って呼んで」

まるで語尾にハートマークが付いているかのように可愛らしく言う彼は狙ってやっているのか、それとも天然なのか分からないが、そんな表情で言われたら誰でもドキリとしてしまうだろう。
一瞬跳ねた胸の鼓動を落ち着かせつつ、私は改めて話し始めた。

「…し、紫央、君は、凌玖君と…知り合い、なの?」

「友達なの?」と聞こうとしたが、それはやめておいた。何故なら、今の凌玖君を見ていると特別仲が良い人がいるなんて考えられなかったからだ。

「うん!俺たち幼馴染なんだ!」
「え…!?」

その言葉に、私は驚いた。

「あ、ちなみに恭ちゃんも幼馴染だよ」
「きょ、恭ちゃん…?」
「うん。俺と同じクラスの椎名恭ちゃん!」

それはきっと、朝に自己紹介をした椎名恭介君の事だろうと、私は察した。
しかし、椎名君も幼馴染だったとは更に驚きの事実だ。

「俺たちは初等部から柊木野学園だったから、ずっと一緒だったんだ。いつも一緒にいて、本当に仲良かったんだよ!…昔は、ね」

最後の言葉だけ、紫央君は切ない笑みを浮かべて言った。
しかし、私は彼の言葉にドクンと鼓動が脈を打ったように感じた。

凌玖君の昔のこと、どうして凌玖君が心を閉ざしてしまうようになったのか、紫央君だったら知っているのかもしれない。
真翔君はきっと、私を紫央君に合わせるために中庭に行くよう言っていたんだろう。

「…昔の凌玖君って…どんなだったの…?」

私は意を決して、聞きたかったことを紫央君に尋ねた。

「…知ってどうするの?」

しかし、彼から返ってきた言葉は今までの紫央君からは考えられないような、真剣みを帯びた声色だった。

「ただの興味本位?好奇心?もしそうなら、これ以上首を突っ込まないでほしい」

紫央君の雰囲気に、私は一瞬背筋がゾクリとした。
きっと私が聞こうとしていることは、他人が気軽に聞いてはいけないことなのだろう。
それ程の何かが、凌玖君の過去にあったというのだろうか。
私は聞きたいと思う反面、紫央君の言葉に返すことができなかった。

“…知ってどうするの?”

その答えは、私の中に無かったから。
凌玖君の過去に何かあったとして、私に何ができるのだろうか。
そもそも、どうしてそこまで知りたいのか。
私にはその明確な理由が、まだ無い。

「…なぁんてね。面白い話じゃないから、聞かないほうがいいよ」

黙ってしまった私に、紫央君は今までと変わらないおっとりとした口調と笑顔に戻った。
その時、気まずい空気をかき消すかのように、声が聞こえてきた。

「紫央、お待たせ…って、西園寺?」

声の主は椎名君だった。
椎名君は私の姿を見ると、少しだけ視線を逸らしつつ、躊躇うように尋ねてきた。

「…大丈夫か?怪我…」

何も言わずとも朝にボロボロにされた上靴を見ている椎名君には、この怪我が凌玖君のファンの子達にされたのだと分かったのだろう。

「うん、大丈夫。ありがとう」

私はその優しさが嬉しくて、笑顔で答えた。

「椎名君はどうしたの?」
「恭ちゃんはね、俺のお迎えに来たんだよ!恭ちゃんが生徒会の仕事がある時は、俺はここでいつも日向ぼっこして待ってるの!そして、いつも一緒に帰るんだ~」
「お前が帰り道フラフラ寄り道して迷子になるのを防ぐために仕方なくな」
「え~、俺、迷子になんかならないよ?」
「嘘付け!昔っからお前は1人で出歩くと迷子になってただろ!だから俺がお守役として一緒にいてやってるんだ」

椎名君の言葉に納得がいかないのか、紫央君は拗ねたように頬を膨らませていた。

「ところで、西園寺はどうしてここにいるんだ?」
「あ、私は…」
「一緒にお話してたの!俺とかなちゃん仲良しだから!」

何をどう説明しようか考えあぐねていると、紫央君が代わりに答えてくれた。

「は?お前ら、いつ仲良くなったんだよ?」
「恭ちゃんには教えないも~ん!」

先程、凌玖君、紫央君、椎名君の3人は幼馴染と聞いてもあまり想像付かなかったが、この2人のやり取りと見ていると確かに紫央君と椎名君は仲が良いんだなと思いつつ、このやり取りが微笑ましく感じた。

「ってかさ~、何で恭ちゃんはかなちゃんのこと“西園寺”って呼んでるの?恭ちゃん、りっ君のことも“西園寺”って呼んでるのに。どっちも同じだったら分からないじゃん」
「…仕方ねぇだろ、同じ名字なんだから」

紫央君の指摘に、椎名君はめんどくさそうに頭を掻きながら答えた。

「だから~、名字じゃなくて名前で呼べばいいじゃん!ね、かなちゃん」

笑顔で私に言ってくる紫央君をよそに、椎名君の顔は一気に赤くなっていった。

「はぁ!?そんなことできるわけねぇだろ!」
「え~、何で~?恥ずかしいの?」
「ち、違ぇよ!そんなんじゃ、なく…」
「そんなんじゃなく、何~?」

ニヤニヤしながら話す紫央君に、椎名君は言葉を返せなくなっていった。

「~~~っ!!ああ!もうっ!うるせぇな!呼べばいいんだろ、呼べば!!…………奏」

顔を赤くしたまま、消えそうな声でボソリと呟かれた自分の名前。
そんな椎名君に、私までなんだか照れてしまった。

「て、照れんなよ!こっちまで恥ずかしくなるだろ!…女の名前を呼び捨てにするなんて…初めてなんだし…」

そう言いながら椎名君は右手で顔を隠すように覆っているが、まだ顔が赤くなっているのが分かる。
私も恥ずかしくなり、視線を下に向けることしかできなかった。

「恭ちゃんが照れてる~!」

そんな中、紫央君はケラケラと笑いながら椎名君をからかった。

「紫央…てめぇは…人をからかってないでさっさと帰るぞ!」

椎名君は紫央君の服の首根っこを捕むと、私へと視線を向けた。

「じゃあ西…じゃなくて、かな、で…またな」

無理しながらも名前を呼んでくれる椎名君を少し可愛いと思いながら、私は「うん」と返事を返した。

「またね、かなちゃん」

椎名君に引きずられながらも、紫央君も笑顔で手を振って中庭から消えて行った。
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