愛人ごっこのはざまで
19.山路さんから突然プロポーズされた!
3日の朝、目が覚めて山路さんの顔を見ていたら、それに気づいた山路さんが求めてくる。私は彼にしがみついてまた愛し合った。心地よい疲れが眠りを誘った。
次に目が覚めたらもうお昼少し前だった。
「散歩しないか?」
「そうね、原宿の街でも歩いてみましょうか」
「人出が多いかもしれないけど、雑踏の中を二人で歩くのもいいんじゃないか」
「腕を組んで?」
「いや、手を繋いで」
「じゃあ簡単なお昼を作ります。オムライスお好きでしたね」
「ああ、大好きだ、作ってくれる?」
「二人分作ります」
私は身支度を整えるとすぐにキッチンに立って料理を始めた。山路さんは出来上がったオムライスを口に頬張るとおいしいと言って食べている。
食べ終えると二人で出かける。私はメガネをかけなかった。彼はこのままどこかで別れて帰るつもりでいると言った。
原宿の正月の雑踏の中を二人でそれを楽しむようにゆっくり歩いて行く。私は始め腕を組んでみたが、雑踏の中では手を繋いだ方が歩きやすいと分かった。
若いカップルと同じように手を繋いで雑踏の中を歩くのを楽しんでいる。こうして人混みの中で手を繋いでいると、大都会の中でも一人ではないという安心感がある。
私は店のウインドウを横目で見ながら、気に入った店があると近づいてウインドウの中を覗いたり、店の中に入ったりしている。彼はそれを見守りながら戻ってくるのを入口で待っていてくれる。
原宿駅近くの店から私が出ると見覚えのない男が話しかけてくる。30歳半ばくらいか? 山路さんがすぐに男の後ろにきた。
私は男の肩越しに彼の顔を見ると彼も緊張した面持ち。私はきっと怯えているような顔をしていたと思う。
「ねえ、亜里沙じゃないか? 俺のこと覚えていない?」
「知りません。人違いです」
「いや、君は亜里沙だ、髪を短くしているけど間違いない」
「どうかしたの?」
「この人が」
「君は誰ですか、僕の家内に何か用ですか?」
「昔のなじみの女の子に似ているから声をかけました」
「怯えているじゃないか、失礼だろう」
「申し訳ありません。悪気があった訳ではありません。人違いでした。失礼しました」
男は恥ずかしそうにしてすぐにその場を去って行った。山路さんが私の肩に手をかけて顔を覗き込む。私はうつむいて泣いていた。涙が止まらなかった。
「大丈夫かい。悪かったね、街中へ誘っていやな思いをさせてしまったね」
「いえ、それよりもあなたの方がいやな思いをされたのではないですか」
「前にも言っただろう、そういうことは百も承知している。気にしていない」
私は山路さんに抱きついていた。これは雑踏の中でも人目に付く。きっと私たちを見ながら多くの人が通り過ぎているだろう。でもそうせずにはいられなかった。彼は私を守ってくれた。嬉しかった。
人混みの中で私に抱きつかれているけど彼も私を抱き締めていてくれた。会社の誰かに見られるかもしれないのに身動き一つしないでじっと抱き締めてくれている。嬉しい。
私はもう周りが気にならなくなっている。彼もそうかもしれない。どれだけの時間抱き合っていたか分からない。ほんの数秒かも知れないし、数分だったかも知れない。私は彼から離れて顔を上げた。
「あの男の顔、覚えていたの?」
「覚えていないの、でも亜里沙と言っていたから」
「覚えていないなら、なおさら知らんぷりしていればいい。怯えていないで、もっと強くならないと、でもこれからも僕が守るから安心していていい」
「家内って言ってくれてありがとう。嘘でも嬉しかった」
「本当に家内になってほしいと思っているからそう言っただけだ」
「ええっ」
「僕の妻になってほしいと思っている」
「それはできません。付き合っているだけで十分です」
「付き合っていても、また急にいなくなってしまうのではないかと心配している。もう二度と君を失いたくはない」
「もうそんなことはしませんから」
「結婚を考えてみてくれないか」
「本当にそんなことを思っているのですか?」
「君と僕は年が離れているし、娘もいる。すぐに返事してくれなくてもいい。よく考えてからでいいから、待っている」
「ありがとうございます。身に余る申し出ですが、しばらく考えさせてください」
「分かった」
「すみません。すぐにお返事できなくて」
「このまま、ここで分かれるのもなんだから、店まで送ろうか?」
山路さんは私の手を引いて歩き出す。私はうつむきながらついて行く。店の前で別れる時、私はまた彼に抱きついた。そうしたかったから。
そしてしばらく声を出して泣いた。彼は私の気持ちが治まるまで抱き締めていてくれた。それから私がドアの中に入るのを見届けてくれた。
部屋に戻ると疲れがどっと出た。2日間山路さんと一緒にいたこともそうかもしれないけど、さっきの男が話しかけてきたのが堪えた。それから、プロポーズされたことも頭が真っ白になって混乱が収まらない。
彼は妻帯者でもなく独身なので、付き合っていても不倫にはならない。私は愛人のようなままでよいと思っていた。磯村さんとの関係も続いている。これもお互いに束縛していない都合の良い愛人のようなものだ。
外で冷えた身体を温めるためにホットウイスキーを作ってゆっくり飲んでいると気持ちが落ち着いて来た。
山路さんからの突然のプロポ―ズがとても嬉しかったのは事実だ。なぜあのときすぐに承諾の返事をしなかったのだろう。
山路さんが衝動的にプロポ―ズをしたのではないかと思ったからだ。私もとっさに受けてしまっては彼も後戻りできなくなる。そう思って答えを待ってと言ったのだと思う。いや、よく考えると磯村さんとのこともあったからだと思う。
お腹が空いているのに気が付いて、夕食を 摂る。2人で食べた残り物だけど食べながら一緒に食べた時のことを思い出している。
穏やかな二日間だった。お参りに行って、ここへ来て、お節料理を作って、食べて、お風呂に入って、愛し合って、また、食事を作って、愛し合って、抱き合って眠って、二人で過ごすのはいいものだと思った。電話が入った。山路さんからだ。
「2日間も付き合ってくれてありがとう。もう大丈夫かい」
「はい、今、夕食を食べているところです」
「再来週の日曜日の晩は空いているよね」
「はい、日曜日の晩は予定がありませんから」
「それじゃあ、娘が帰ってくるので3人で会食しようと思う。是非、娘に会ってほしい」
「ええ、いいですが、娘さんは何とおっしゃっています?」
「会ってみたいと言っている」
「それならお会いします」
次に目が覚めたらもうお昼少し前だった。
「散歩しないか?」
「そうね、原宿の街でも歩いてみましょうか」
「人出が多いかもしれないけど、雑踏の中を二人で歩くのもいいんじゃないか」
「腕を組んで?」
「いや、手を繋いで」
「じゃあ簡単なお昼を作ります。オムライスお好きでしたね」
「ああ、大好きだ、作ってくれる?」
「二人分作ります」
私は身支度を整えるとすぐにキッチンに立って料理を始めた。山路さんは出来上がったオムライスを口に頬張るとおいしいと言って食べている。
食べ終えると二人で出かける。私はメガネをかけなかった。彼はこのままどこかで別れて帰るつもりでいると言った。
原宿の正月の雑踏の中を二人でそれを楽しむようにゆっくり歩いて行く。私は始め腕を組んでみたが、雑踏の中では手を繋いだ方が歩きやすいと分かった。
若いカップルと同じように手を繋いで雑踏の中を歩くのを楽しんでいる。こうして人混みの中で手を繋いでいると、大都会の中でも一人ではないという安心感がある。
私は店のウインドウを横目で見ながら、気に入った店があると近づいてウインドウの中を覗いたり、店の中に入ったりしている。彼はそれを見守りながら戻ってくるのを入口で待っていてくれる。
原宿駅近くの店から私が出ると見覚えのない男が話しかけてくる。30歳半ばくらいか? 山路さんがすぐに男の後ろにきた。
私は男の肩越しに彼の顔を見ると彼も緊張した面持ち。私はきっと怯えているような顔をしていたと思う。
「ねえ、亜里沙じゃないか? 俺のこと覚えていない?」
「知りません。人違いです」
「いや、君は亜里沙だ、髪を短くしているけど間違いない」
「どうかしたの?」
「この人が」
「君は誰ですか、僕の家内に何か用ですか?」
「昔のなじみの女の子に似ているから声をかけました」
「怯えているじゃないか、失礼だろう」
「申し訳ありません。悪気があった訳ではありません。人違いでした。失礼しました」
男は恥ずかしそうにしてすぐにその場を去って行った。山路さんが私の肩に手をかけて顔を覗き込む。私はうつむいて泣いていた。涙が止まらなかった。
「大丈夫かい。悪かったね、街中へ誘っていやな思いをさせてしまったね」
「いえ、それよりもあなたの方がいやな思いをされたのではないですか」
「前にも言っただろう、そういうことは百も承知している。気にしていない」
私は山路さんに抱きついていた。これは雑踏の中でも人目に付く。きっと私たちを見ながら多くの人が通り過ぎているだろう。でもそうせずにはいられなかった。彼は私を守ってくれた。嬉しかった。
人混みの中で私に抱きつかれているけど彼も私を抱き締めていてくれた。会社の誰かに見られるかもしれないのに身動き一つしないでじっと抱き締めてくれている。嬉しい。
私はもう周りが気にならなくなっている。彼もそうかもしれない。どれだけの時間抱き合っていたか分からない。ほんの数秒かも知れないし、数分だったかも知れない。私は彼から離れて顔を上げた。
「あの男の顔、覚えていたの?」
「覚えていないの、でも亜里沙と言っていたから」
「覚えていないなら、なおさら知らんぷりしていればいい。怯えていないで、もっと強くならないと、でもこれからも僕が守るから安心していていい」
「家内って言ってくれてありがとう。嘘でも嬉しかった」
「本当に家内になってほしいと思っているからそう言っただけだ」
「ええっ」
「僕の妻になってほしいと思っている」
「それはできません。付き合っているだけで十分です」
「付き合っていても、また急にいなくなってしまうのではないかと心配している。もう二度と君を失いたくはない」
「もうそんなことはしませんから」
「結婚を考えてみてくれないか」
「本当にそんなことを思っているのですか?」
「君と僕は年が離れているし、娘もいる。すぐに返事してくれなくてもいい。よく考えてからでいいから、待っている」
「ありがとうございます。身に余る申し出ですが、しばらく考えさせてください」
「分かった」
「すみません。すぐにお返事できなくて」
「このまま、ここで分かれるのもなんだから、店まで送ろうか?」
山路さんは私の手を引いて歩き出す。私はうつむきながらついて行く。店の前で別れる時、私はまた彼に抱きついた。そうしたかったから。
そしてしばらく声を出して泣いた。彼は私の気持ちが治まるまで抱き締めていてくれた。それから私がドアの中に入るのを見届けてくれた。
部屋に戻ると疲れがどっと出た。2日間山路さんと一緒にいたこともそうかもしれないけど、さっきの男が話しかけてきたのが堪えた。それから、プロポーズされたことも頭が真っ白になって混乱が収まらない。
彼は妻帯者でもなく独身なので、付き合っていても不倫にはならない。私は愛人のようなままでよいと思っていた。磯村さんとの関係も続いている。これもお互いに束縛していない都合の良い愛人のようなものだ。
外で冷えた身体を温めるためにホットウイスキーを作ってゆっくり飲んでいると気持ちが落ち着いて来た。
山路さんからの突然のプロポ―ズがとても嬉しかったのは事実だ。なぜあのときすぐに承諾の返事をしなかったのだろう。
山路さんが衝動的にプロポ―ズをしたのではないかと思ったからだ。私もとっさに受けてしまっては彼も後戻りできなくなる。そう思って答えを待ってと言ったのだと思う。いや、よく考えると磯村さんとのこともあったからだと思う。
お腹が空いているのに気が付いて、夕食を 摂る。2人で食べた残り物だけど食べながら一緒に食べた時のことを思い出している。
穏やかな二日間だった。お参りに行って、ここへ来て、お節料理を作って、食べて、お風呂に入って、愛し合って、また、食事を作って、愛し合って、抱き合って眠って、二人で過ごすのはいいものだと思った。電話が入った。山路さんからだ。
「2日間も付き合ってくれてありがとう。もう大丈夫かい」
「はい、今、夕食を食べているところです」
「再来週の日曜日の晩は空いているよね」
「はい、日曜日の晩は予定がありませんから」
「それじゃあ、娘が帰ってくるので3人で会食しようと思う。是非、娘に会ってほしい」
「ええ、いいですが、娘さんは何とおっしゃっています?」
「会ってみたいと言っている」
「それならお会いします」