愛人ごっこのはざまで
25.山路さんと二人だけの生活が始まった
二人だけの生活にはすぐに慣れてきた。朝6時に起きて雨の日でない限りは二人で公園を散歩する。健康のためと朝寝坊しないためと私が希望した。池を1周して帰ってくると朝食を作る。彼は朝食を食べて8時前に出勤する。
私はそれから洗濯と掃除をする。そしてまた池の周りを散歩する。その時に絵を描いたりすることもある。午後は近所のスーパーへ買い物に出かける。それからゆっくり食事の支度にとりかかる。
彼の帰宅は大体8時ごろになる。私は食べずに待っている。遅くなっても必ず帰ってきてくれるという安心感がある。ドアの鍵のあく音がするとほっとする。それから二人で今日あったことなどを話しながら食事をする。毎日できるだけ違う献立の夕食を考えている。
彼ははじめ、後片付けの手伝いをしようしたが、私は座っていて下さいといって一切させなかった。だから今ではリビングのソファーに座ってそれを見ている。私は見守ってくれるのが嬉しくてゆっくり後片付けをする。
それから二人ソファーに座って、一休み。彼がレギュラーコーヒーを入れてくれる。それがとてもおいしい。店で出していたコーヒーよりはるかにおいしい。昔からずっと自分で入れて飲んでいると言う。
コーヒーが好きだなんて知らなかった。どうしていれてくれなかったのと聞いたら、結婚前はすぐに抱き合っていたから入れる暇がなかったとのことだった。納得。
お風呂には必ず二人で入る。ここのお風呂は大きめだからゆっくり入れる。お互いに身体を洗い合う。私はお風呂が楽しい、もともとお風呂が好きだったのかもしれない。
彼はいつも私の身体をじっと見ている。恥ずかしいと言うときれいだからみとれているという。そして、私の肌は触ると指が吸い付くように柔らかいと言った。
そして、寝室の二人の大きなベッドで愛し合う。彼が疲れていると思った時には私は積極的に愛してあげることにしている。そして終わった後、上に覆いかぶさったまま抱きついて眠る。朝、目が覚めると降ろされて横から抱きついている。
それから、お互いに抱き合って眠る時もあれば、離れて眠る時もある。離れて眠っても明け方は抱き合っていたりする。臨機応変、気を使うこともなくゆっくり眠れる。もうすっかり長い間連れ添った夫婦みたいになっている。
「君は毎日の僕の気分や体調が分かっているみたいで感心する」
「帰ってきた時の玄関での様子で分かるんです。仕事が忙しかったとか、疲れているとか、面白くないことがあったとか」
「君に余分な気を使わせたくないから、できるだけそれが分からないように振舞っているつもりだけど」
「長い間、客商売をしてきましたから、顔を見ただけで直感的にというか分かるんです。それにあなたは私だけの大事なお客様ですから」
「だからいつも君と会うと癒されていたんだな」
「私は誰にでもできることだと思っていますが」
「いや、それはすごい特技だと思う。妻にして本当に良かった」
「そう言って褒めてくださると嬉しいです」
「でも僕はまだお客様なの?」
「はい、唯一人のお客様です」
「もうお客様はやめにしてもいいんじゃないか」
「でも、あなたもまだ私をお客様扱いしているみたいだから」
「大事な奥さんだからね」
「それなら私もやめません」
「まあ、それもいいかな」
「でも私のことを君と言うのはやめてください。凛と呼んでください」
「名前を呼ぶのを遠慮していたかもしれない、これからは凛と呼ばせてもらうよ」
「そうしてください。遠慮はいりません」
「それなら、僕のことを時々山路さんと言うのもやめてほしい。それにあなたよりも名前で呼んでくれてもいいけど」
「とても名前では呼べません。それなら旦那様ではどうですか?」
「勘弁してくれ、それじゃあまるで、お妾さんから呼ばれているみたいだから」
「私の大事な旦那様という歌もあるくらいだからいいじゃないですか」
「勘弁してくれ、じゃあ、今呼んでくれているあなたでいいよ」
私は徐々に気持ちが穏やかになっている。彼は私がきれいになってきたと言ってくれる。角がとれた丸みのあるしなやかな美しさ、柔らかなほっとするような美しさだと言ってくれる。じっと見つめているので聞いてみる。
「じっと私を見ていますが、何を考えているんですか?」
「きれいになったと思って」
「本当にきれいになりましたか? そうなら、ここでの生活にもなれて、ゆとりができたからかもしれません」
「何かしてほしいことはないの?」
「今のままでいいですけど」
「昼の間はどうなの? 暇を持て余している?」
「そうでもないです。時間があるとぼっーとしています。そうすることが好きですから」
「それならいいけど、休みの日にはどこかへ出かけようか」
「二人でここにいるのがいいです。二人で池の周りをゆっくり散歩するのが一番です」
「つまらなくない?」
「こんなのんびりした生活は私には贅沢です。楽しませてもらっています」
「贅沢というならそれでいいけど。僕は家に帰って君が出迎えてくれるだけでいい」
「私もあなたが毎日そばにいてくれて心が満たされています。待っていても、夜遅くなっても、必ず私の元へ帰ってきてくれますから。いつ来てくれるかと思いながら待たなくてもいいから、安心して待っていられます」
「必ず帰ってくるから、君ももうどこへも行かないでそばにいてほしい」
「もう、あなたの妻になったのですからずっとそばにいます。安心してください」
「世間ではこれを平凡な生活と言うけど、平凡な生活ってなかなか難しいと思う。僕は平凡な生活が今迄ほんの短い間しかできなかった」
「私はこんな平凡な生活ができるなんて思ってもみませんでした」
「平凡って難しいね、平凡に見えているだけで平凡でなかったりしてね」
「平凡に生活するのが難しい世の中になっているのかもしれません」
「そう、平凡の中に入らないケースが増えているんだろうね」
「私たちだって、私は平凡な女じゃないし、あなたも奥さんを亡くされているし、こうしている私たち二人は決して平凡じゃない、特別だと思います」
「でもはたから僕たちを見るときっと平凡に見えるし、現に平凡な暮らしをしている」
「私はこんな暮らしを夢見て憧れていました。一方ではとうにあきらめていたので、今は夢の中で暮らしているみたいです」
「地に足が着いていない?」
「ふわふわした気持ちですが、心地よいです」
「この先も二人で平凡に暮らしていけることを祈るだけだ」
「私もそう思っています」
彼が私を抱き寄せる。私は身体を預ける。二人寄りかかってこの二人だけの時間を楽しんでいる。
私はそれから洗濯と掃除をする。そしてまた池の周りを散歩する。その時に絵を描いたりすることもある。午後は近所のスーパーへ買い物に出かける。それからゆっくり食事の支度にとりかかる。
彼の帰宅は大体8時ごろになる。私は食べずに待っている。遅くなっても必ず帰ってきてくれるという安心感がある。ドアの鍵のあく音がするとほっとする。それから二人で今日あったことなどを話しながら食事をする。毎日できるだけ違う献立の夕食を考えている。
彼ははじめ、後片付けの手伝いをしようしたが、私は座っていて下さいといって一切させなかった。だから今ではリビングのソファーに座ってそれを見ている。私は見守ってくれるのが嬉しくてゆっくり後片付けをする。
それから二人ソファーに座って、一休み。彼がレギュラーコーヒーを入れてくれる。それがとてもおいしい。店で出していたコーヒーよりはるかにおいしい。昔からずっと自分で入れて飲んでいると言う。
コーヒーが好きだなんて知らなかった。どうしていれてくれなかったのと聞いたら、結婚前はすぐに抱き合っていたから入れる暇がなかったとのことだった。納得。
お風呂には必ず二人で入る。ここのお風呂は大きめだからゆっくり入れる。お互いに身体を洗い合う。私はお風呂が楽しい、もともとお風呂が好きだったのかもしれない。
彼はいつも私の身体をじっと見ている。恥ずかしいと言うときれいだからみとれているという。そして、私の肌は触ると指が吸い付くように柔らかいと言った。
そして、寝室の二人の大きなベッドで愛し合う。彼が疲れていると思った時には私は積極的に愛してあげることにしている。そして終わった後、上に覆いかぶさったまま抱きついて眠る。朝、目が覚めると降ろされて横から抱きついている。
それから、お互いに抱き合って眠る時もあれば、離れて眠る時もある。離れて眠っても明け方は抱き合っていたりする。臨機応変、気を使うこともなくゆっくり眠れる。もうすっかり長い間連れ添った夫婦みたいになっている。
「君は毎日の僕の気分や体調が分かっているみたいで感心する」
「帰ってきた時の玄関での様子で分かるんです。仕事が忙しかったとか、疲れているとか、面白くないことがあったとか」
「君に余分な気を使わせたくないから、できるだけそれが分からないように振舞っているつもりだけど」
「長い間、客商売をしてきましたから、顔を見ただけで直感的にというか分かるんです。それにあなたは私だけの大事なお客様ですから」
「だからいつも君と会うと癒されていたんだな」
「私は誰にでもできることだと思っていますが」
「いや、それはすごい特技だと思う。妻にして本当に良かった」
「そう言って褒めてくださると嬉しいです」
「でも僕はまだお客様なの?」
「はい、唯一人のお客様です」
「もうお客様はやめにしてもいいんじゃないか」
「でも、あなたもまだ私をお客様扱いしているみたいだから」
「大事な奥さんだからね」
「それなら私もやめません」
「まあ、それもいいかな」
「でも私のことを君と言うのはやめてください。凛と呼んでください」
「名前を呼ぶのを遠慮していたかもしれない、これからは凛と呼ばせてもらうよ」
「そうしてください。遠慮はいりません」
「それなら、僕のことを時々山路さんと言うのもやめてほしい。それにあなたよりも名前で呼んでくれてもいいけど」
「とても名前では呼べません。それなら旦那様ではどうですか?」
「勘弁してくれ、それじゃあまるで、お妾さんから呼ばれているみたいだから」
「私の大事な旦那様という歌もあるくらいだからいいじゃないですか」
「勘弁してくれ、じゃあ、今呼んでくれているあなたでいいよ」
私は徐々に気持ちが穏やかになっている。彼は私がきれいになってきたと言ってくれる。角がとれた丸みのあるしなやかな美しさ、柔らかなほっとするような美しさだと言ってくれる。じっと見つめているので聞いてみる。
「じっと私を見ていますが、何を考えているんですか?」
「きれいになったと思って」
「本当にきれいになりましたか? そうなら、ここでの生活にもなれて、ゆとりができたからかもしれません」
「何かしてほしいことはないの?」
「今のままでいいですけど」
「昼の間はどうなの? 暇を持て余している?」
「そうでもないです。時間があるとぼっーとしています。そうすることが好きですから」
「それならいいけど、休みの日にはどこかへ出かけようか」
「二人でここにいるのがいいです。二人で池の周りをゆっくり散歩するのが一番です」
「つまらなくない?」
「こんなのんびりした生活は私には贅沢です。楽しませてもらっています」
「贅沢というならそれでいいけど。僕は家に帰って君が出迎えてくれるだけでいい」
「私もあなたが毎日そばにいてくれて心が満たされています。待っていても、夜遅くなっても、必ず私の元へ帰ってきてくれますから。いつ来てくれるかと思いながら待たなくてもいいから、安心して待っていられます」
「必ず帰ってくるから、君ももうどこへも行かないでそばにいてほしい」
「もう、あなたの妻になったのですからずっとそばにいます。安心してください」
「世間ではこれを平凡な生活と言うけど、平凡な生活ってなかなか難しいと思う。僕は平凡な生活が今迄ほんの短い間しかできなかった」
「私はこんな平凡な生活ができるなんて思ってもみませんでした」
「平凡って難しいね、平凡に見えているだけで平凡でなかったりしてね」
「平凡に生活するのが難しい世の中になっているのかもしれません」
「そう、平凡の中に入らないケースが増えているんだろうね」
「私たちだって、私は平凡な女じゃないし、あなたも奥さんを亡くされているし、こうしている私たち二人は決して平凡じゃない、特別だと思います」
「でもはたから僕たちを見るときっと平凡に見えるし、現に平凡な暮らしをしている」
「私はこんな暮らしを夢見て憧れていました。一方ではとうにあきらめていたので、今は夢の中で暮らしているみたいです」
「地に足が着いていない?」
「ふわふわした気持ちですが、心地よいです」
「この先も二人で平凡に暮らしていけることを祈るだけだ」
「私もそう思っています」
彼が私を抱き寄せる。私は身体を預ける。二人寄りかかってこの二人だけの時間を楽しんでいる。