愛人ごっこのはざまで
27.私の幸せ
私達の赤ちゃんが生まれてもう3か月経った。出産後は実の母親がいると娘の面倒をみてくれるのだが、私には母親がいない。それで、私が病院から1週間ほどで自宅へ戻るのに合わせて、彼は会社に1週間の育児休暇を申請してくれた。
そんなことをすると出世に差し障るからしないでと言ったが、気にしないでしたいようにさせてくれと言って聞き入れなかった。休暇中は1日中付き添って私と赤ちゃんの世話をしてくれた。とてもありがたかったし、嬉しかった。
このごろ私は子育てにもすっかり慣れてきた。幸い乳の出もよく母乳だけで育てている。私が息子に乳を飲ませている時の幸せそうな顔を見ているのが好きだと彼は言っている。二人ともとても愛おしい僕の宝物だとも。
今日は天気もいいので私と赤ちゃんを銀座に連れて来てくれた。丁度歩行者天国で歩きやすい。私は3か月になる息子を胸に抱いて歩いている。栞さんが誕生祝いに買ってくれたベビー服を着せている。
彼は二人のようすを横目で見ながら紙おむつなどが入ったバッグを持って歩いている。子供が生まれたせいかこのごろ少し若返ったように見える。
久しぶりに銀座へ来た。私にとっていつも憧れの街だった。私が子育てに一生懸命で、気分転換に行ってみてはどうかと誘ってくれた。
婚約指輪を買っていないので、男の子を生んでくれたお礼と記念にプレゼントしたいといって、高価なブランドの指輪を買ってくれた。左手の薬指の指輪がそれだ。
私はすっかり落ち着いた気持ちで銀座の歩行者天国の人混みの中を歩いている。以前のようにメガネをかけることもなく、自信に満ちて歩いている。子供を産むことで女は自信を持って強くなれるのだと思う。私も母親になれたんだ。
正面から手をつないだカップルが歩いてきた。すぐに磯村さんだと気が付いた。
可愛い女の子と仲良く手を繋いでいる。その女の子は以前一緒に店に来たことがある地味な女の子だと分かった。随分垢抜けて可愛くなっている。
彼も私に気付いてじっと私を見つめている。私は彼が話しかけてこないと思っている。
あっという間にすれ違った。その時、私は目をつむって挨拶した[私はこんなに幸せです。心配しないで]彼も目で挨拶した[幸せそうで安心した]山路さんはそれに気が付いたのか後ろを振り向いている。
「今の男、君をじっと見ていたけど」
「お分かりになりましたか。昔のなじみです。あなたと同じように3軒目まで通ってくれました。あなたが偶然お店へ来る少し前にやはり彼も偶然店に来たんです」
「彼だったのか」
「あの人は、あなたと同じように、私とのことは口外しないし、迷惑ならもう来ないと言ってくれるような優しい人でした。来ても構わないと言うと月に1度くらい店に来てくれました。お客も連れて来てくれました。隣にいた女の子を店へ2回ほど連れて来ていました」
「彼は声をかけなかったね」
「3人で幸せそうに歩いていたからでしょう。そういう人です。あなたと同じ優しさがありましたから」
「好きだったのか?」
「好きじゃなかったと言ったら嘘になりますね」
「結婚したことを知っているのか?」
「店を閉める数日前に丁度店に来たので、あなたと結婚することになったから店を閉めると言いました」
「彼は何て?」
「おめでとうって言ってくれました。そしてあなたには勇気があると言っていました、そして私が好きだけど自分にはプロポーズする勇気がなかったとも。でも私が本当に幸せになれるか心配してくれていました」
「君から目を離さなかった」
「私が赤ちゃんを抱いて幸せそうにしていたので安心したと思います。そんな目で私を見ていましたから。別れ際に、どこかのスナックに入ったらまた君がいたってことが無いように願っていると言っていましたから」
「そんなことは僕が絶対にさせない」
「先のことは分かりませんが、あなたとこれからも一日一日を大切に生きていくだけです」
私は彼にきっぱりとそう言った。そして赤ちゃんを抱いてゆっくり歩いていく。
以前のように人混みの中で怯えたりはもうしない。一人の女として、妻として、母としての自信に満ちて歩いている。
これも山路さんのお陰だ。彼との一日一日の生活を大事にして過ごしていきたい。それが彼へしてあげられるすべてだ。
人に言えない過去を持つ私がその過去に係わる2人の男性の間で揺れながらも女の幸せを掴むまでのお話はこれでお仕舞いです。めでたし、めでたし。
そんなことをすると出世に差し障るからしないでと言ったが、気にしないでしたいようにさせてくれと言って聞き入れなかった。休暇中は1日中付き添って私と赤ちゃんの世話をしてくれた。とてもありがたかったし、嬉しかった。
このごろ私は子育てにもすっかり慣れてきた。幸い乳の出もよく母乳だけで育てている。私が息子に乳を飲ませている時の幸せそうな顔を見ているのが好きだと彼は言っている。二人ともとても愛おしい僕の宝物だとも。
今日は天気もいいので私と赤ちゃんを銀座に連れて来てくれた。丁度歩行者天国で歩きやすい。私は3か月になる息子を胸に抱いて歩いている。栞さんが誕生祝いに買ってくれたベビー服を着せている。
彼は二人のようすを横目で見ながら紙おむつなどが入ったバッグを持って歩いている。子供が生まれたせいかこのごろ少し若返ったように見える。
久しぶりに銀座へ来た。私にとっていつも憧れの街だった。私が子育てに一生懸命で、気分転換に行ってみてはどうかと誘ってくれた。
婚約指輪を買っていないので、男の子を生んでくれたお礼と記念にプレゼントしたいといって、高価なブランドの指輪を買ってくれた。左手の薬指の指輪がそれだ。
私はすっかり落ち着いた気持ちで銀座の歩行者天国の人混みの中を歩いている。以前のようにメガネをかけることもなく、自信に満ちて歩いている。子供を産むことで女は自信を持って強くなれるのだと思う。私も母親になれたんだ。
正面から手をつないだカップルが歩いてきた。すぐに磯村さんだと気が付いた。
可愛い女の子と仲良く手を繋いでいる。その女の子は以前一緒に店に来たことがある地味な女の子だと分かった。随分垢抜けて可愛くなっている。
彼も私に気付いてじっと私を見つめている。私は彼が話しかけてこないと思っている。
あっという間にすれ違った。その時、私は目をつむって挨拶した[私はこんなに幸せです。心配しないで]彼も目で挨拶した[幸せそうで安心した]山路さんはそれに気が付いたのか後ろを振り向いている。
「今の男、君をじっと見ていたけど」
「お分かりになりましたか。昔のなじみです。あなたと同じように3軒目まで通ってくれました。あなたが偶然お店へ来る少し前にやはり彼も偶然店に来たんです」
「彼だったのか」
「あの人は、あなたと同じように、私とのことは口外しないし、迷惑ならもう来ないと言ってくれるような優しい人でした。来ても構わないと言うと月に1度くらい店に来てくれました。お客も連れて来てくれました。隣にいた女の子を店へ2回ほど連れて来ていました」
「彼は声をかけなかったね」
「3人で幸せそうに歩いていたからでしょう。そういう人です。あなたと同じ優しさがありましたから」
「好きだったのか?」
「好きじゃなかったと言ったら嘘になりますね」
「結婚したことを知っているのか?」
「店を閉める数日前に丁度店に来たので、あなたと結婚することになったから店を閉めると言いました」
「彼は何て?」
「おめでとうって言ってくれました。そしてあなたには勇気があると言っていました、そして私が好きだけど自分にはプロポーズする勇気がなかったとも。でも私が本当に幸せになれるか心配してくれていました」
「君から目を離さなかった」
「私が赤ちゃんを抱いて幸せそうにしていたので安心したと思います。そんな目で私を見ていましたから。別れ際に、どこかのスナックに入ったらまた君がいたってことが無いように願っていると言っていましたから」
「そんなことは僕が絶対にさせない」
「先のことは分かりませんが、あなたとこれからも一日一日を大切に生きていくだけです」
私は彼にきっぱりとそう言った。そして赤ちゃんを抱いてゆっくり歩いていく。
以前のように人混みの中で怯えたりはもうしない。一人の女として、妻として、母としての自信に満ちて歩いている。
これも山路さんのお陰だ。彼との一日一日の生活を大事にして過ごしていきたい。それが彼へしてあげられるすべてだ。
人に言えない過去を持つ私がその過去に係わる2人の男性の間で揺れながらも女の幸せを掴むまでのお話はこれでお仕舞いです。めでたし、めでたし。