諦めの悪い私
中学生になる頃、私は祖父母の家によく泊まるようになりました。
その頃から私はストレス発散の為にリストカットを覚えました。
最初はかすり傷のように、1本だけ。
それはいつしか、深くなり無数の傷を1度につけるようになりました。
義母の言葉が私を蝕むと、私は私がコントロールできなくなり、死にたいしか考えられなくなるのです。
そんな自分を落ち着かせる方法がリストカットでした。
私は家族の輪に入れませんでした。
それを確かなものにしたのは、義母と話をした時でした。
義母は冷静でした。
冷静な義母が言ったのです。
私の母親には、なれないと。
ずっと一緒にいるとストレスだと。
それは怒りで思ってない事を言ってしまったわけではないと
本当にそう思ってるんだと私に自覚させました。
私は家族になる事をこの時諦めたつもりでした。
でもやはり好きだから、嫌いになれないから
私は未練がましくも諦めたフリをしていたんです。
その頃から私はストレス発散の為にリストカットを覚えました。
最初はかすり傷のように、1本だけ。
それはいつしか、深くなり無数の傷を1度につけるようになりました。
義母の言葉が私を蝕むと、私は私がコントロールできなくなり、死にたいしか考えられなくなるのです。
そんな自分を落ち着かせる方法がリストカットでした。
私は家族の輪に入れませんでした。
それを確かなものにしたのは、義母と話をした時でした。
義母は冷静でした。
冷静な義母が言ったのです。
私の母親には、なれないと。
ずっと一緒にいるとストレスだと。
それは怒りで思ってない事を言ってしまったわけではないと
本当にそう思ってるんだと私に自覚させました。
私は家族になる事をこの時諦めたつもりでした。
でもやはり好きだから、嫌いになれないから
私は未練がましくも諦めたフリをしていたんです。