俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
扉を大きく開けた笹野さんに、入室を促される。


……逃げられない。


部屋の一番奥には大きな木製の書き物机が置いてあり、その前には美麗な面立ちの副社長が口角を上げて立っていた。

「私はこちらで失礼いたします」

私が室内に足を一歩踏み入れた途端、笹野さんがきっちりと扉を閉めて退室する。


「久しぶりだな」

抑揚のない声でそう言って、副社長が扉付近に佇む私に近づいてくる。


「座って」

目の前にある焦げ茶色のソファに腰を下ろすよう勧められる。

けれど私の足は縫いつけられたようにその場から動かない。

できるなら今すぐここから逃げ出したい。

端正な副社長の表情からは、感情が一切読み取れない。


「わ、忘れ物を受け取りに来ただけですので……」

声が震えそうになるのを必死に隠して返答すると、長い足でさらに近づいてくる。

「俺も忘れ物があるんだが?」

トン、と副社長が大きな左手を私の耳元すぐ近くの扉に置く。

ふわりと香る爽やかな香りはこの人のものだろうか。

顔のすぐ近くで広げられた手のひらはとても大きい。

骨ばった指さえ綺麗だなんて、どこまでこの人は完璧なんだろう。


「連絡先」

「え?」

「お前の連絡先を教えてほしいって言わなかったか?」

近すぎる距離から顔を覗き込まれて、身動きが取れなくなる。

ドクン、と鼓動がひとつ大きな音をたてた。

相変わらずのくだけた言葉遣いに心が落ち着かない。
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