俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
「綺麗な髪だな」

髪を口元に運んだまま副社長が甘さを含んだ目でじっと凝視してくる。

「は、離してください……!」


なんでこんな態度をとるの? 

さっきまで私を疑っていたんでしょ?


急激な態度の変化についていけずに戸惑う。

そもそも異性から髪に口づけられた経験なんてない。

恥ずかしさに耐えられず出した声は、情けなくも震えていた。


「だから、俺と結婚しないか?」

低い声が耳朶を震わせ、ゾクリと背中に痺れが走る。


今、なんて?


「……あ、の?」

「聞こえなかったか? 結婚しようって言ったんだ」

形の良い唇が淡々と言葉を紡ぐ。


結婚?

とんでもない台詞に呼吸が止まりそうになる。

意に染まぬ再会を果たして数分しか経っていない。


なぜこんな展開になるの?


「冗談じゃないからな」

まるで私の考えなんてお見通しと言わんばかりに念押しされる。


「――詠菜」

まるで誘惑するかのような甘い声で、初めて名を呼ばれた。

髪を離した長い指がそっと頬に触れる。


逃げなくちゃ。

この声に、目につかまってしまう前に。

これ以上惹かれてしまう前に。


わかっているのに身体が動かない。

驚きと動揺でうまく働かない頭を必死に回転させて、声を絞り出す。


「意味が……わかりません」

さっきからこの台詞を何度口にしただろう。

そんなことすらもうわからない。
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