俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
「詠菜」


突然の甘い声が胸の真ん中に染み渡る。

ただ名前を呼ばれただけなのに、なんでこんなにドキドキするのだろう。


「呼ばないなら、ここでキスするぞ?」

キス?

そっと耳元で囁かれて呼吸が止まりそうになる。


長い指が私の耳元のほつれた髪をいたずらに弄ぶ。

微かに顎に耳に触れる指先がくすぐったくて、熱い。


「変な冗談を言わないで……!」

「本気」


この人は本当に副社長?

女性にまったく興味を示さなくて、冷酷とさえ言われていた人なの? 

どうしてこんな強引な態度をとるの?


「呼んで、詠菜」

誘惑するかのような甘い声が私の耳朶を震わせ、抵抗力を奪っていく。

こんなのはズルい。

私に選択肢がなさすぎる。


「あ、采斗さん……」

「よくできました。じゃあ、今日から俺たちは結婚を間近に控えた婚約者だ。祖母には俺から報告しておく。お前を気に入っていたから喜ぶよ」

「……は、い?」

「今後の話は月曜日にしよう。逃げるなよ?」


獲物を前にした動物のような目で私を見据えるこの人は、一体誰?


話の展開にまったくついていけない。

彼はするりと私の腰にまわした腕をほどく。

やっと手を離してもらえたのに、衝撃的な話に足元がふらつく。


「危ない」

ふわりと彼が私を抱きかかえるように、再び胸の中に抱え込む。

さっきよりもさらに距離が近い。


ノースリーブのドレスのむき出しの腕に触れる、仕立ての良いスーツの感触に戸惑う。

立ち上る爽やかな香りに心拍数が上がる。


背後できゃあ、と小さな悲鳴にも似た歓声が聞こえた気がした。
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