バレンタインのすれ違い
「おはよう。」

出社して一番に、斜め後ろに座る彼女に挨拶をする。
これが毎日の日課であり、楽しみとなっている。

後ろに座る有中 結は、入社1年目の教育係を担当した後輩だ。

今日も、いつものように彼女に挨拶をすると、
途端に彼女の目線が自身のバックへとわずかに動いた。

つられるように目線を移すと、
彼女のカバンから高級チョコレート店の紙袋がのぞいているのが見えた。

とたんに胸が嫌な音を立て始める。
誰に渡すのだろう。彼氏か、それとも片思いの男か。
相手は社内の男だろうか、それとも社外の男だろうか。
会社に持ってきているということは、もしかしたら終業後に会う約束をしているのかもしれない。

朝の衝撃を引きずりながらも何とかきりのいいところまで仕事を終え、パソコンの電源を切ると
すでにオフィスには自分と有中 結の2人だけになっていた。

「お疲れ様。」

彼女に声をかけ、カバンを持って席を立った。

後ろでカサリと音がした後、彼女が立ち上がる気配がした。
もしかしたらチョコレートの相手は自分かもしれない。そんな期待が頭をよぎる。

振り返ろうか、そんなことを考えていた時、

「たなかぁぁーーーーーー」

俺を呼ぶ、よく知った声が聞こえてきた。

「田中にしては早いじゃん。もしかして、デート?バレンタインイブだもんなっ!」

同期の谷口が、今最も触れてほしくない話題を口にした。

「まあ、そんなとこ…かな。」

彼女が持っているチョコレートの行方が気になって仕事が手につかず切り上げた
なんて言えるわけもなく、とっさにごまかした。

後ろの彼女が去っていく足音が聞こえた…。













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