~ジラソーレ・ひまわり~(礼文島から愛を込めて)
「森山さん、私はもうフェリーがないので、帰れないんです。」


夏海はそれだけ言うと、待合室のソファに力なく座った。

颯太の兄も、隣に座った。


「栗林さん、それは失礼しました。私が宿をと言いたい所ですが、今来たばかりで。」


「そんな…、私も今夜は病院にいます。心配ですから…。」


颯太の兄は、話を続けた。


「栗林さん、颯太は一人だったんですか?民宿で、誰かと待ち合わせていたんじゃないかと…。」


夏海は、兄の顔を見た。


「えっ?どうして…」


「さっき颯太は、何やらうなされて、夏海、夏海って女の子の名前呼んでたんです。心辺りありませんか?」


夏海は答えられない。


「すみません、あなたにこんな事聞いても、わからないですよね。颯太は、何を考えているんだか。」


夏海は、突然立ち上がると、颯太の病室へ入って行った。


「颯ちゃん…私よ、夏海、夏海よ、目を覚まして…。」


夏海は、颯太の手を握りしめた。


颯太の兄が、後から入って来た。


「夏海って…、あなたが夏海さん?」

驚いたように、夏海の顔を見た。


「颯ちゃん…、私のせいで。私が、礼文に帰らなければ、颯ちゃんは、こんな目に遭わなかったのに…。」

その時、颯太が目を開けた。

「な、つ、み…」
「なつみ、は…?」

まだ焦点のあわない目を見開いて、微かに声をだした。


「颯ちゃん…、私よ、夏海よ、ここにいるわ。ずっと颯ちゃんの側にいる。」


手を握りしめて、夏海は必死に叫んだ。


颯太の兄も、顔を覗き込んだ。

暫くすると、また目を閉じた。
夏海は、ずっと手を握ったままだった。


「私、ずっとついています。颯ちゃんが目を覚ますまでずっと…。」


颯太の兄は、困ったような顔をしていたが、やがて病室を出て行った。もう、夜になっていた。
暫くすると、颯太の兄が戻って来た。


「夏海さん、夕食まだでしょ?コンビニでおにぎり買って来たから、一緒に食べましょう。あなたが倒れたら、大変だもの。」


夏海は促されて、控え室に入った。


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