悪魔の花嫁

「鬼さん。貴方が露子ちゃんを大事に思っていることはよくわかった。どうだろう、露子ちゃんに選んでもらわないか?」
 十全は優しく、諭すように、人間を誑かすかのように話しかける。
「はあ?」
「君が露子ちゃんを愛しているように、僕だって彼女のことは好きなんだ。君は人身売買というけれど、僕は彼女にひどい扱いをしたことは一度だってないよ。彼女のために部屋をあたえ、服を買って、美味しいものを食べさせて。もちろん事務所で働いてもらうけれど、実際は一緒にいたいがための口実のようなものだ。荒事なら使い魔の黒服にだって事足りる、心身をすり減らすほどの仕事は与えていないつもりだよ。それは、僕だって彼女のことを憎からず想っているからだ。彼女には魔のものですら引きつける魅力がある。」
 十全はすらすらと言葉を継ぐ。
 人間を誑かすのは得意だ。
 鬼が相手であろうが、十全は交渉事で負けたことはない。
 それはこの期に及んでもだ。
「彼女に決めてもらおう。そして彼女が僕よりも君の方を取るというのなら、僕は大人しく身を引こう。ああ、借金は代わりに君が支払いをするんだよ?嫁の実家の負債ならば夫が責任もって支払ってもらおうではないか。」
 加悦は惚けたような顔を一瞬したが、苦々しい顔で頷いた。
「わかった。お前の言う事を聞こう。」
 加悦は神気を納める。
 逆立った赤毛はすとんとしたに落ちる。
 喧嘩っ早いところもあるが、話の通じないほどの馬鹿者ではない。
 額の血のように朱色の角さえなければ普通の若い兄さんであるな、と十全は思った。

 地下の座敷牢に捕われていた姫、もとい露子は、加悦が南京錠を開ける音で目をさました。
 小鬼を虐めることで憂さをはらしていた露子であったが、飽きて寝てしまっていた。  
 閉じ込められてから四時間といったところだ。
 露子の腕時計では夜九時とある。
 ちなみにこの時計は十全からの贈り物で、シンプルであるが、短針と長針にダイヤモンドとサファイヤが埋め込まれている。
 このような薄暗い室内でもきらきらと輝き、露子を勇気づけた。
「露子ちゃん、あの悪魔が君を迎えに来た。」
 加悦の表情は暗い。
「ほんとう?」
 露子は喜色を隠さない。
「これから俺と、あの悪魔とどちらかを選んで貰いたい。」
 露子の表情を見て、加悦は苦虫をかみつぶしたような顔をして言う。
「選ぶ?」
 露子は怪訝な顔をする。
「そう、露子ちゃん、もし君が俺を選んでくれると言うのなら、俺は君のためになんでもするし、あの悪魔ほど金は無いけれど、衣食住に不自由はさせない。大切にする。だから、この鈴木青果店のおかみさんになってくれないだろうか。」
 加悦は真剣である。
 真剣にプロポーズをしているのだった。
 露子は真剣な加悦に冗談で返す訳にはいかないのだ。
「わかったわ。私が二人から選ぶのね。」
 露子は頷く。

 閉店後のシャッター街を三人で歩く。
 この時間でも空いている店といえばカフェ•トリトンぐらいである。
 昼間は喫茶としての営業であるが、夜は酒も出す。
 アンティークな店内は薄暗く、客はいなかった。
 ヨーロッパから取り寄せた使い込まれたテーブルに皮のソファー。
 この三人にはいささか不似合いである。
 しかも制服姿の女子高生を連れ込むには問題があるので、加悦は露子に自分の黒いパーカーを着せて頭にフードをかぶせる。
 猫の耳に尻尾がついている女給が木製のメニューを置いていく。
 有名なコスプレのアレなのか、本当に猫娘なのかなんて、この際、露子はもうどうでもよくなった。
 加悦は電気ブラン、十全はワイン、露子は冷酒を注文する。
 ふたりはぎょっとしたが、露子は動じない。
 露子はその神性もあってかお酒が大好きなのだ。
 ちなみに二十歳未満の者の飲酒は法律で固く禁止されている。
 冷酒を煽って一息吐いた露子は、加悦に丁寧に頭を下げた。
「ごめんなさい。あなたのお嫁さんになることはできません。」
 加悦は見るからに落胆した様子であったが、何となく分かっていたような、妙にスッキリとした顔をした。
「私、加悦さんのこと、お兄さんみたいに思っていたので、そんな風に好きでいてくれるなんで思ってもみなかった。少しだけ、嬉しかったです。でも、私、もうおひさまローンの社員だから。あそこで働くことに決めたから。だから、鈴木青果店でおかみさんをやるのは無理です。」
 露子は真剣に告げた。
「そうか。」
 加悦はまだ、露子を見ている。
「それに、あんな悪趣味な座敷牢を用意してるなんて、ちょっと引きました。なんかこう、ヤンデレ?っていうか。正直怖いです。止めた方がいいと思いますけど。」
 加悦は真っ赤になって弁解する。
「あれは小鬼共が嫁取りには必要だと言うから。伝統なんだ、姫を攫って監禁するという流れは。これは日本妖怪の様式美のようなもんなんだよ!」
 忘れそうになるが、鬼であった。
 露子は少し。血の気が引く思いだ。
「わかったよ。邪魔したな。俺は朝早いからもう帰る。お前らは精々仲良く高利貸しでもすればいい。露子ちゃん、もし悪魔に愛想をつかしたら直ぐに俺の所に来いよ。俺は振られたけど、露子ちゃんのことを諦めた訳じゃないからな!」
 加悦はロックを一気に飲み干すとどすどすと店を出る。
 露子はなんだか静かになった十全の方を見る。
 十全は泣いている。
「ええ?ちょっと、キャラ違いませんか?なんで泣いてるんです。」
「嬉しいよ露子ちゃん、俺を選んでくれたんだね。俺の花嫁になってくれるんだね。」
 号泣だ。
「何言ってるんですか、違いますよ。それとこれとは話が別ですから。私はあくまでおひさまローンで働くこと決めただけです!」
 露子は慌てて弁明する。
 十全の背を叩いて引き起こす。
「なんだ。残念。」
 十全は落ち着いたようで、テーブルの上の紙ナプキンで鼻をかんでいる。
 露子はちらりと自分の腕のきらきら光る高価な時計を目に入れる。
 そして、悪女の如く、くすりと笑う。
「それに、私、贅沢するの嫌いじゃないんです。こういう贈り物、加悦さんはきっとくれないだろうから。八百屋のおかみさんじゃ、こんな贅沢できませんよね、きっと。ああ、この時計って本当に綺麗。私、実はこういう光り物に目がなくて。蒸発したお父様にもよくお強請りして買ってもらいました。十全さん、私、次はブレスレットが欲しいです。プラチナでダイヤがついたやつ。」
 露子は小悪魔めいた表情で上目遣い。
「君、やっぱり悪魔の花嫁にぴったりだと思う。」
 十全は笑った。




第三章「女子高生、祭りで生け贄にされそう」










 秋である。
 天高く馬肥ゆる秋。
 女子高生の露子だって多少体重を気にする秋である。
 なんだか腰のあたりにお肉がついた気がする。
 露子は鏡の前で自分のスタイルを入念にチェックする。
 露子は十全と暮らすようになって、食費については毎月決まった金額を渡されている。
 それは食費と言うには十分過ぎる金額であったが、それに見合った料理を求められているということである。
 露子は料理上手というほどではないが、料理本と材料と道具があればほとんどの料理は美味しく作る事ができる。あいにく、このマンションにはどちらも揃っている。露子は多少のプレッシャーと共に一汁三菜を毎日作る。
 十全は最近、露子にますます甘い。
 試験前はバイトの出勤日数も大幅に減らして、夕飯は露子のためにデリバリーを頼む。それが高級なショップのお惣菜だったり、老舗料亭のお弁当だったりするものだから、露子はついつい食べ過ぎてしまうのだ。
「やっぱり一キロ増えてるわ。」
 体重計に乗ってため息をつく露子。
 露子の通う女学院の制服はセーラー服ではあるが、デザイナーズブランドなので、美しい女性の体のラインを最大限引き出すように作られている。
 きゅっとしまった腰にふんわり広がるフレアスカート。
 この制服を着こなすために露子は体型の管理をきっちり行って、一番綺麗でいたいのだ。

 さて、秋と言えば学園祭である。
 露子の通う学校は霜月女学院高等部。
 霜月市一の名門女子学院である。
 霜月女学院の学園祭は霜月祭といい、毎回大掛かりな祭事となる。
 学園だけでなく、霜月商店街の屋台も学校内に設置、簡易ではあるが霜月神社のお社も運び込まれる。
 つまりは町ぐるみの催しなのだ。
 生徒会長を勤めて居た昨年度まで、露子も運営として忙しく働き回っていたものだ。
 さて、今年はといえば暢気なもので、忙しく運営をしている皆を尻目に夕飯のおかずを考えて、ぼうっと商店街をうろつく程度には暇である。
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