悪魔の花嫁
「じゃあ、私どうなっちゃうんですか?」
露子はおそるおそる聞く。
「ここで経理のバイトをしてもらうよ。無給で。」
十全は笑顔のまま、さらりと言う。
「はあ?」
露子は怪訝な顔をする。
「君って簿記の資格とか持っているよね?ちょうどいいよ!バイト募集して求人雑誌にも載せているんだけどちっとも人が集まらなくてね。面接にきた子も青い顔して帰っちゃうし、ひどいよ、まったく。ご近所さんにも挨拶周りしたんだけどさ、移民ってだけで冷たいし、日本人って排他的な民族だよ。」
十全は何やらどうでも良い事を愚痴り始めた。
どうやら露子はお金持ちの変態に売りつけられるというわけではなく、悪魔の経営する消費者金融事務所の経理のバイトをすることになったようだ。
「私、無給だと生活できないんですけど。」
露子は交渉に移ることにする。
「僕と一緒に住んでもらうけど。学校も、僕のマンションから通って良いから。」
十全は軽い調子で言う。
「はい?」
「当たり前じゃないか、君とお父さんが住んでいた屋敷はもう抵当に入っているし、君は未成年だから、後見人なしに部屋を借りる事もできない。僕のマンションで一緒に住んでもらうから。数千万の借金が、経理のバイトぐらいでチャラになると思ったら大間違いだよ。当然僕と暮らして貰うし、あ、ご飯も作ってね。あと同じベッドで寝てもらう。」
露子はさっと青ざめる。
「意味わかるんだね?可愛いなあ。君。」
十全は悪魔のように笑う。
緑の目がすっと細くなり、舐めるように露子を見た。
「でも今は駄目みたいだ。君を守護している神の力が強すぎて、僕にはとても純血を奪う事はできないよ。だからお人形みたく僕に可愛がられておくれ。」
悪魔の笑みは、それはそれは。
優しげで綺麗なのだ。
¥
ここ霜月市は山と海に囲まれた自然豊かな町で、昔ながらの家屋敷の並ぶ、信仰厚い美しい町である。町の南には緑の山野が並び、北には玄界灘(げんかいなだ)の荒波。平野部の旧家は江戸から変わらない景観を残しており、地区には重要文化財が複数立ち並ぶ。
ようするに田舎である。
如月露子(きさらぎつゆこ)はこの霜月市(しもつきし)の霜月商店街(しもつきしょうてんがい)町内にある霜月神社(しもつきじんじゃ)の榊(さかき)の木の下に捨てられていた所を神主に見つけられ、その生を受けた。その後は霜月神社で育てられたが、五歳のころ、この神社の氏子(うじこ)である如月克義(きさらぎかつよし)の養女となる。如月家には子どもはなく、奥方も他界、高齢の克義は事業を受け継ぐ後継者を探していた。
そこで、見目麗しく、賢かった露子に白羽の矢が立ったというわけである。
露子と克義はそれなりに仲が良かったが、やはり血の繋がりのない養女である。
事業の失敗と多額の借金を背負った如月克義は彼女を置いて国外へ高飛び。
最後の夜、克義は泣いて謝った。
「悪かったね、俺なんかが引き取ったばかりに、苦労をかける。どうか許しておくれ、露子。こんなつもりではなかったのだよ。お前に何不自由ない生活をさせてやりたかった。」
「お父さん気にしないで、私、どうにでもなるわ。商店街にも霜月神社にも、私の見方をしてくれる人はたくさんいるもの。平気よ、元に戻るだけだもの。私全然気にしてないわ。それよりも、ここまで私を育ててくれたことに感謝してる。お父さん」
露子は笑顔で義父を励ました。
「一緒にくる事も出来るんだぞ?お前、どうしても、この町に残りたいのか?」
克義は何度も露子に一緒に高飛びすることを迫った。
しかし、露子は拒んだ。
「私、生まれ育ったこの町が好きなの。だから離れたくない。お父さん、ごめんなさい。大丈夫よ。相続放棄でもなんでもするわ。私、霜月神社に帰ることにする。あそこなら、五歳まで暮らしてきたところだもの。きっと私をまた受け入れてくれるわ。」
露子は克義を励まして、笑顔で送り出したのだ。
斯くして、露子は天涯孤独の身となったのであった。
露子はおそるおそる聞く。
「ここで経理のバイトをしてもらうよ。無給で。」
十全は笑顔のまま、さらりと言う。
「はあ?」
露子は怪訝な顔をする。
「君って簿記の資格とか持っているよね?ちょうどいいよ!バイト募集して求人雑誌にも載せているんだけどちっとも人が集まらなくてね。面接にきた子も青い顔して帰っちゃうし、ひどいよ、まったく。ご近所さんにも挨拶周りしたんだけどさ、移民ってだけで冷たいし、日本人って排他的な民族だよ。」
十全は何やらどうでも良い事を愚痴り始めた。
どうやら露子はお金持ちの変態に売りつけられるというわけではなく、悪魔の経営する消費者金融事務所の経理のバイトをすることになったようだ。
「私、無給だと生活できないんですけど。」
露子は交渉に移ることにする。
「僕と一緒に住んでもらうけど。学校も、僕のマンションから通って良いから。」
十全は軽い調子で言う。
「はい?」
「当たり前じゃないか、君とお父さんが住んでいた屋敷はもう抵当に入っているし、君は未成年だから、後見人なしに部屋を借りる事もできない。僕のマンションで一緒に住んでもらうから。数千万の借金が、経理のバイトぐらいでチャラになると思ったら大間違いだよ。当然僕と暮らして貰うし、あ、ご飯も作ってね。あと同じベッドで寝てもらう。」
露子はさっと青ざめる。
「意味わかるんだね?可愛いなあ。君。」
十全は悪魔のように笑う。
緑の目がすっと細くなり、舐めるように露子を見た。
「でも今は駄目みたいだ。君を守護している神の力が強すぎて、僕にはとても純血を奪う事はできないよ。だからお人形みたく僕に可愛がられておくれ。」
悪魔の笑みは、それはそれは。
優しげで綺麗なのだ。
¥
ここ霜月市は山と海に囲まれた自然豊かな町で、昔ながらの家屋敷の並ぶ、信仰厚い美しい町である。町の南には緑の山野が並び、北には玄界灘(げんかいなだ)の荒波。平野部の旧家は江戸から変わらない景観を残しており、地区には重要文化財が複数立ち並ぶ。
ようするに田舎である。
如月露子(きさらぎつゆこ)はこの霜月市(しもつきし)の霜月商店街(しもつきしょうてんがい)町内にある霜月神社(しもつきじんじゃ)の榊(さかき)の木の下に捨てられていた所を神主に見つけられ、その生を受けた。その後は霜月神社で育てられたが、五歳のころ、この神社の氏子(うじこ)である如月克義(きさらぎかつよし)の養女となる。如月家には子どもはなく、奥方も他界、高齢の克義は事業を受け継ぐ後継者を探していた。
そこで、見目麗しく、賢かった露子に白羽の矢が立ったというわけである。
露子と克義はそれなりに仲が良かったが、やはり血の繋がりのない養女である。
事業の失敗と多額の借金を背負った如月克義は彼女を置いて国外へ高飛び。
最後の夜、克義は泣いて謝った。
「悪かったね、俺なんかが引き取ったばかりに、苦労をかける。どうか許しておくれ、露子。こんなつもりではなかったのだよ。お前に何不自由ない生活をさせてやりたかった。」
「お父さん気にしないで、私、どうにでもなるわ。商店街にも霜月神社にも、私の見方をしてくれる人はたくさんいるもの。平気よ、元に戻るだけだもの。私全然気にしてないわ。それよりも、ここまで私を育ててくれたことに感謝してる。お父さん」
露子は笑顔で義父を励ました。
「一緒にくる事も出来るんだぞ?お前、どうしても、この町に残りたいのか?」
克義は何度も露子に一緒に高飛びすることを迫った。
しかし、露子は拒んだ。
「私、生まれ育ったこの町が好きなの。だから離れたくない。お父さん、ごめんなさい。大丈夫よ。相続放棄でもなんでもするわ。私、霜月神社に帰ることにする。あそこなら、五歳まで暮らしてきたところだもの。きっと私をまた受け入れてくれるわ。」
露子は克義を励まして、笑顔で送り出したのだ。
斯くして、露子は天涯孤独の身となったのであった。