悪魔の花嫁
さて、おひさまローンには様々な人間がやってくる。
もちろん中には人間以外の存在もいる。
借金に借金を重ね、もうどこも金を貸してくれないと首に縄のかかった男。
ホストに貢ぐために、更なる金を欲する水商売の女。
軽い気持ちでペットのチワワを購入する資金を借りにくる中年男性。
十全はどんな人間にも妖怪にも言うまま金を貸した。
そのかわり、取り立ては厳しい。
支払いが滞れば、どこからともなく現れる黒服に追いつめられ、精神を病み、結局魂まで売り渡す。
それが十全の目当てである。
悪魔は人間の魂を喰うことで生きている。
全て魂を悪魔に食われた人間はどうなるのかというと、人の心を無くし、悪魔になってしまうのだ。
露子は必然的に悪魔の商売に加担することになる。
若干の罪悪感と共に露子は悪魔と契約をしたのであった。
「お金が欲しいんだにゃあ。」
招き猫である。
陶器の巨大な招き猫が応接セットのソファーに座っている。
そして妙に可愛い声を出している。
招き猫は薄き黄色で右手をあげて小刻みに揺れている。
赤い鼻と赤い耳。
くりんとしたガラス製の目がぎょろぎょろ動く。
手には小判が無い。
「子どもの養育費に小判は質入れしてしまったにゃあ。商店街角の質店だにゃあ。
今月までにお金を払わないと質流れだにゃあ。小判を持っていない招き猫なんて招き猫じゃないにゃあ。小判がないと神通力(じんつうりき)も失ってしまうにゃあ。西洋の移民なんかに金を借りるのは恥ずかしいにゃあ。でも背に腹はかえられないにゃ。どうかお金をかしておくれにゃあ。」
招き猫は涙を流している。
「もちろん、いくらでもお貸しいたしますとも。日本妖怪の皆様はきちんとお支払いしていただけるので良いお客さまです。我が社は借りたいと言う方に貸し渋ることはしません。ご安心を。」
田中十全(たなかじゅうぜん)は明るく両手を広げる。
海外の俳優のようなオーバーアクションだなと露子は白い目で彼をみる。
「そのかわり、利息28パーセントです。」
恐ろしいぐらいはっきり言う。
「わかったにゃあ。きちんと返済するにゃあ。妖怪にお金を貸してくれる所なんて他にないにゃあ。仕方ないにゃあ。資本主義経済万歳だにゃあ。」
招き猫は泣いている。
悪魔の高利貸しである。
恐ろしい利息である。
法律ギリギリの利息で取り立てておいて、明るいコマーシャルで気軽に誰でも利用できると綺麗なお姉さんが笑う。「ご利用は計画的に」なんて、気の利いたフレーズが頭の中をぐるぐるまわる。
露子は招き猫の妖怪に同情を隠せない。
ヴェニスの商人というシェイクスピアの喜劇をなんだか思い出す。
悪徳の高利貸しの様子がコミカルに描かれている傑作だ。
招き猫が茶色の封筒を抱えて帰った後、露子はこっそり聞いてみる。
「あの、十全さん。人間だったら最終的に魂で取り立てるんですよね?妖怪の場合はどうなるんですか?」
十全は不敵に笑う。
悪魔らしい悪い笑みだなと露子は思う。
「人間の魂を抜いて持って来させるのさ。」
露子は少し青くなる。
「悪魔ですね。本当。」
十全は得意げに笑う。
「十全さんは何故日本に来たんですか?」
露子は純粋に好奇心で聞いてみる。
「僕は花嫁を見つけに来たのさ。どこかで僕を待っている美しい花嫁。だからこんな極東の最果ての町にいるんだ。そう、僕は恋がしてみたいんだよ。ロマンチックだと思わない?まあ、悪魔はロマンチックな生き物なのさ。」
ものすごくくだらない。
露子はやはり、冷めた目で彼を見た。
「で、見つかったんですか?」
「君さ!露子チャン!こんなに可愛い女の子がこの世界にいたなんて!」
「嘘ばかり。何もしないじゃないですか。」
「おや?何かしてよかった」
露子は飽きれて、もう何も言わない。
「あれえ~露子ちゃん~本当だよ?」
十全は少女のように小首をかしげて見せる。
「まあ、意外に紳士なのは知っています。」
露子はこの悪魔の軽口にはもう飽き飽きしていますと言わんばかりの態度である。
来客を終えた彼の為にお茶を入れるために給湯室に向かう。
十全の容姿はまるきり外国人であったが、玉露の味の分かる男である。
さて、露子のアルバイトであるが、休日の勤務は朝九時から夕方四時まで。
学校のある日は夕方五時から七時まで。
休日の朝は十全と一緒にマンションから出社する。
高校生のアルバイトとしては拘束時間が長いが、実際に行う仕事の量はたいした内容ではない。
お茶汲みだったり、簡単な資料の作成だったり、経理とは名ばかりで、実質的な労務は行っていないも同然だ。空いた時間で露子は宿題や勉強をして良いという事になっている。
何故だかは分からないが、十全は露子の学業の妨げにならないように、気を使っているようであった。
十全のマンションは商店街の外れにある霜月市で一番高級な高層マンションである。
最上階の一室を十全は貸し切っていて、4つの個室に和室。
リビングダイニングは約34帖超。
田舎ならではの土地の広さ、リビングの窓からの展望は絶景であり、山野に囲まれた霜月市全体が見渡せる。