キミと歌う恋の歌
商店街の方へ走っていくと、見覚えのある人影が前からこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
私たちの姿を見つけると、猛ダッシュで近づいてきたその人影は勢いよく私に抱きついた。
「アイ!無事だったんだね。本当によかった!!大丈夫なの?怪我とか、」
抱きしめた後で一旦距離を取り、私の姿を見たメルは壊れたように絶句して動かなくなった。
いくら制服を着てもいつものように誤魔化すことはできなかった。
手足には無数の怪我が痛々しく残っていて、血の固まった跡が汚く目立っている。
顔はまだ確認してないけど、この分だと結構酷い有様になっているのかもしれない。
そういえば、飛び降りた時に眼鏡をどこかに落としてそのままにしてしまった。
おかげで視界が不良だ。
後ろから追いかけてきたタカさんと翔太さんも、私を見た途端、動きを止めて呆然としている。
その重い雰囲気に耐えきれず、思わず声を上げた。
「あ、あの、見た目は悪いけど意外と痛くないの。こんなの平気だから心配かけて本当にごめんなさい」
メルに肩を掴まれたまま、みんなの方を見回して頭を下げた。
どんな理由があろうと、私がみんなの時間を奪い、迷惑をかけたことには変わりはないのだ。
痛みをそれほど感じないのも、嘘ではない。
喜ばしいことではないけど、殴られたり蹴られたりするのには慣れてるし、ガラスや枝でできた切り傷には慣れてはないけど、今はアドレナリンが出ているのかそこまで気にならない。
だけど、メルは途端に大粒の涙を流しながら、私を再びぎゅっと抱きしめた。
「平気だなんて言わないで。無事でいてくれて良かった」
ふと気づいた。
こんな風に優しくて抱きしめられるのはいつぶりだろうか。
きっと記憶もないはるか昔のことだ。
体験したことのない優しさという水源で渇いていた心が潤っていくのを感じた。
「ありがとう、メル」
私の言葉に対して涙を流しながら見せてくれたメルの笑顔は今まで見た中で一番美しかった。
「とにかく、アイの手当をしよう。翔太、なんか道具とかあるか?」
「お、おう、探しとく!」
それまで近くで様子を見ていたレオがそう言うと、翔太さんは動揺しながらも頷いて店の方へ走って行った。
「行くぞアイ」
片手をメルとぎゅっと繋ぎ、もう片方の手をレオに引っ張られたが、私はその場から動けなかった。
「…その…翔太さんの家には、行かない方が」
みんなの怪訝な表情に下を向く。
だけど、今このまま翔太さんの家に行ってしまったら、また迷惑をかけてしまうかもしれない。
私たちが今ちょうど立っている場所の左側のシャッターの汚れが嫌な記憶を蘇らせる。
昔私を助けようとしてくれた人が父の手によってたくさん嫌がらせを受けて、この商店街から追い出されてしまった。
ここは元々その人が家族で住んでお店を出していた場所で、シャッターの汚れは嫌がらせの跡だ。
私の存在が、あの家族全員の人生を変えてしまった。
同じことが翔太さんに起こらないとも限らない。
もうこれ以上翔太さんのお世話になるのは、辞めるべきだ。
だが、「翔太の店のことなら気にしなくていい」と、尖った声で津神くんが言った。
振り向くと、やはり無表情のまま、さっき姉に見せつけていたスマホを取り出した。
「余計なことしたらさっきのお前の姉の姿を拡散すると言ってある。お前の父親もそこまで頭は悪くないだろ。
もう、無駄なことに頭を悩ませなくていい。
俺が全部どうにかしてやる」
滅多に長く話すことのない津神くんが力強い口調でそう言い切ったのは、私だけでなくみんなにとっても衝撃だったようで、しばらくポカーンと口を開いていた。
しかし、レオが飛びつくように津神くんの肩に手を回し、もう片方の手で頭をわしゃわしゃと撫でた。
「さっすが、学年1の秀才男だな、頼りになるぜ。
ってことだから、アイ早く行こう。傷が残らないうちに早く手当しなきゃ」
レオの言葉に弾かれるようにタカさんが近づいてきた。
「そ、そうだな。アイ行こう」
「タカちゃんそっち支えてあげて、足もひどい怪我だよ」
「えっ、全然歩けるから大丈夫」
「いいって。あ、なんならおぶっていくよ」
私の言葉も聞かずにタカさんとメルが口々に話し、仕舞いにはタカさんが名案だとばかりに手を打って、私の前にしゃがんだ。
焦ってみんなの様子を見回したが、誰も止めてくれる様子はない。
「アイ!早くのっちゃいなよ。タカちゃんならアイを乗せてさらに私をおぶってダッシュするのも余裕なくらいだよ」
「い、いやそれはちょっとどうかな」
「勢いよく飛び乗っちゃえよアイ!」
「あーもうレオ、ベタベタすんなよ。うぜーな」
口々に周りから囃し立てられて、仕方なく、恐る恐るタカさんの背中に体重を預けて、首に腕を回した。
すると、勢いよく上に体が持ち上げられて、目線が高くなる。
「さー行くぞ」と、タカさんが声をかけて、前へ進んでいく。
隣を見ると、メルがタカさんの腕に手を回して、ニコニコと私に笑いかけてくれた。
後ろを振り返ると、まだレオと津神くんが小競り合いを続けていた。
その時、初めて私は涙が出た。
悲し涙でもなく、嬉し涙でもなく、人は安心した時にも涙が出るものなんだと初めて知る。
誰にも気づかれないように、髪で目元を隠して、タカちゃんの大きな背中に視線を落とした。
私たちの姿を見つけると、猛ダッシュで近づいてきたその人影は勢いよく私に抱きついた。
「アイ!無事だったんだね。本当によかった!!大丈夫なの?怪我とか、」
抱きしめた後で一旦距離を取り、私の姿を見たメルは壊れたように絶句して動かなくなった。
いくら制服を着てもいつものように誤魔化すことはできなかった。
手足には無数の怪我が痛々しく残っていて、血の固まった跡が汚く目立っている。
顔はまだ確認してないけど、この分だと結構酷い有様になっているのかもしれない。
そういえば、飛び降りた時に眼鏡をどこかに落としてそのままにしてしまった。
おかげで視界が不良だ。
後ろから追いかけてきたタカさんと翔太さんも、私を見た途端、動きを止めて呆然としている。
その重い雰囲気に耐えきれず、思わず声を上げた。
「あ、あの、見た目は悪いけど意外と痛くないの。こんなの平気だから心配かけて本当にごめんなさい」
メルに肩を掴まれたまま、みんなの方を見回して頭を下げた。
どんな理由があろうと、私がみんなの時間を奪い、迷惑をかけたことには変わりはないのだ。
痛みをそれほど感じないのも、嘘ではない。
喜ばしいことではないけど、殴られたり蹴られたりするのには慣れてるし、ガラスや枝でできた切り傷には慣れてはないけど、今はアドレナリンが出ているのかそこまで気にならない。
だけど、メルは途端に大粒の涙を流しながら、私を再びぎゅっと抱きしめた。
「平気だなんて言わないで。無事でいてくれて良かった」
ふと気づいた。
こんな風に優しくて抱きしめられるのはいつぶりだろうか。
きっと記憶もないはるか昔のことだ。
体験したことのない優しさという水源で渇いていた心が潤っていくのを感じた。
「ありがとう、メル」
私の言葉に対して涙を流しながら見せてくれたメルの笑顔は今まで見た中で一番美しかった。
「とにかく、アイの手当をしよう。翔太、なんか道具とかあるか?」
「お、おう、探しとく!」
それまで近くで様子を見ていたレオがそう言うと、翔太さんは動揺しながらも頷いて店の方へ走って行った。
「行くぞアイ」
片手をメルとぎゅっと繋ぎ、もう片方の手をレオに引っ張られたが、私はその場から動けなかった。
「…その…翔太さんの家には、行かない方が」
みんなの怪訝な表情に下を向く。
だけど、今このまま翔太さんの家に行ってしまったら、また迷惑をかけてしまうかもしれない。
私たちが今ちょうど立っている場所の左側のシャッターの汚れが嫌な記憶を蘇らせる。
昔私を助けようとしてくれた人が父の手によってたくさん嫌がらせを受けて、この商店街から追い出されてしまった。
ここは元々その人が家族で住んでお店を出していた場所で、シャッターの汚れは嫌がらせの跡だ。
私の存在が、あの家族全員の人生を変えてしまった。
同じことが翔太さんに起こらないとも限らない。
もうこれ以上翔太さんのお世話になるのは、辞めるべきだ。
だが、「翔太の店のことなら気にしなくていい」と、尖った声で津神くんが言った。
振り向くと、やはり無表情のまま、さっき姉に見せつけていたスマホを取り出した。
「余計なことしたらさっきのお前の姉の姿を拡散すると言ってある。お前の父親もそこまで頭は悪くないだろ。
もう、無駄なことに頭を悩ませなくていい。
俺が全部どうにかしてやる」
滅多に長く話すことのない津神くんが力強い口調でそう言い切ったのは、私だけでなくみんなにとっても衝撃だったようで、しばらくポカーンと口を開いていた。
しかし、レオが飛びつくように津神くんの肩に手を回し、もう片方の手で頭をわしゃわしゃと撫でた。
「さっすが、学年1の秀才男だな、頼りになるぜ。
ってことだから、アイ早く行こう。傷が残らないうちに早く手当しなきゃ」
レオの言葉に弾かれるようにタカさんが近づいてきた。
「そ、そうだな。アイ行こう」
「タカちゃんそっち支えてあげて、足もひどい怪我だよ」
「えっ、全然歩けるから大丈夫」
「いいって。あ、なんならおぶっていくよ」
私の言葉も聞かずにタカさんとメルが口々に話し、仕舞いにはタカさんが名案だとばかりに手を打って、私の前にしゃがんだ。
焦ってみんなの様子を見回したが、誰も止めてくれる様子はない。
「アイ!早くのっちゃいなよ。タカちゃんならアイを乗せてさらに私をおぶってダッシュするのも余裕なくらいだよ」
「い、いやそれはちょっとどうかな」
「勢いよく飛び乗っちゃえよアイ!」
「あーもうレオ、ベタベタすんなよ。うぜーな」
口々に周りから囃し立てられて、仕方なく、恐る恐るタカさんの背中に体重を預けて、首に腕を回した。
すると、勢いよく上に体が持ち上げられて、目線が高くなる。
「さー行くぞ」と、タカさんが声をかけて、前へ進んでいく。
隣を見ると、メルがタカさんの腕に手を回して、ニコニコと私に笑いかけてくれた。
後ろを振り返ると、まだレオと津神くんが小競り合いを続けていた。
その時、初めて私は涙が出た。
悲し涙でもなく、嬉し涙でもなく、人は安心した時にも涙が出るものなんだと初めて知る。
誰にも気づかれないように、髪で目元を隠して、タカちゃんの大きな背中に視線を落とした。