キミと歌う恋の歌
翔太さんは一向に泣き止んでくれなくて、背中に手を置いてみたりしたけど、むしろそれが引き金となったのか、崩れ落ちてしまった。

しばらくして見かねたタカさんが翔太さんの肩を抱いて、励ますように数回軽く叩いて、一緒に立ち上がって「アイの手当てしてやってくれ」とメルに目配せをした。

「う、うん」

頷いたメルは、救急箱を開けて、中をガサガサと探り始めた。
やり方がわかれば自分でやるのだが、絆創膏以外は目にしたことのない代物ばかりで、むやみに手を出すわけにもいかなかった。


「とりあえず、傷跡を消毒した方がいいよね」


メルは、液体の入った容器と綿とピンセットを取り出して、確認するようにそうつぶやいた。


「ああ。俺も手伝うよ」


「だめ!全部私がやる!アイは女の子なんだから」


ピンセットでつまんだ綿に液体を垂らしながら、メルはレオの申し出に首を振った。

元々メルのようにすべすべな肌でもないのに、傷まで無数ある体をレオにまじまじと見られるのは気恥ずかしかったので、メルの言葉は有り難かった。

メルはまず、すでに出血したまま凝固している血液を辛抱強く拭き取って、傷跡の消毒をしてくれた。
その後で、傷が深いところには絆創膏を貼ってくれた。


「アザの部分は湿布を貼った方がいいと思うけど、お風呂に入ってからがいいよね?」


さらに打撲痕を見つめながら、そう言って首を傾げて唸るメルに「もう大丈夫だよ、ありがとう」と声をかけたが、当然の如く聞き入れられなかった。

すでに私はこんなに手厚く手当てをしてもらったことが嬉しくて、気分はフルスロットルなのに。

「そうだな」と同意したレオが、一旦ポケットからスマホを取り出してしばらく中を確認していた。

そして、その後に私と目線を合わせて言った。


「アイさ、今日は俺の家に泊まりなよ」


「え、あ、」


誰かの家に泊めてもらうことを可能性として数%は考えていた。
ダメだった場合は、とうとう野宿に手を出すことになると思っていたけど。

いざ、こうして直接提案してもらえると、断る理由なんてどこにもないのに申し訳なくてすぐに頷くことができない。
他に手立てはないのだから、もう取り繕ったって無駄だし、きっとその通りになるのにこんな風に気を遣っているように見せかける姿勢が人をイラつかせてしまうだろうに。

津神くんの顔色をチラッと確認しながら、お願いしますと言いかけた時、隣からぎゅっと腕を掴まれた。


「なんでよ!アイには私の家に泊まってもらうもん!」


メルだ。
頬を膨らませて、レオをキッと睨みつけている。

そんなメルに対して、レオが口を開く前に今度は正面から涙声が飛んできた。


「むしろ今日はこのまま泊まっていけばいいじゃねえか」


翔太さんが、タカさんに支えられたままで、手の甲で涙を乱雑に拭きながらそう言った。


なんて贅沢な悩みだろうか。
居場所がないと苦しんでいた日々が嘘みたいに、みんなが私の力になってくれようとしている。

口々に申し出てくれたみんなを見回して、心を温めつつもどうすべきか焦っていると、レオが大きなため息をついた。


「簡単に言ってるけど、
メルはお前家族に連絡したのか?
承諾も取らないでお前の一存で決められると思うなよ。
それにお前んちに泊まったら、お前が朝までうるさくてアイがろくに寝られないかもしれないだろ」


「…〜そんなことないもん!」

ムキになって反論するメルを尻目に、今度はレオは翔太さんの方を振り返って、立ち上がってから頭を軽くチョップした。

「おばさんもいるのに、急にこんな大人数で泊まったら迷惑だよ。
今日は一旦俺らはそれぞれの家に帰るから大丈夫だ」


「…わりーな。気を遣わせて」


「遣ってねえよ。これからもタカの親戚でアイの兄貴分でもあるお前のことは存分にこき使わせてもらうから」

にやりと歯を見せて笑いながら、そう言ったレオに翔太さんは「生意気な奴だな」と言ってようやく笑顔を見せてくれた。


「あの、本当にお世話になっていいのかな?レオのご家族とか迷惑じゃ…」


私抜きでどんどん話が進んでいくので、慌ててソファから立ち上がって、レオに聞いた。


「ああ、全然問題ないよ。俺の家自分で言うのもなんだけど結構広くてさ、その割に俺とばあちゃんしか住んでないから部屋が有り余ってるんだよ。
ばあちゃんにもさっきメールしたら大歓迎だって」

「そうなんだ…本当にありがとう」


頭を下げると、「いいってー」と軽くあしらわれた。


隣ではまだメルがぶつぶつと文句を言っていたので、「今度泊まりに行ってもいい?」と恐る恐る聞いてみると、メルは顔をパアッと輝かせて、あっという間に機嫌が直った。

タカさんが、
「アイも、メルを扱うのに慣れてきたな〜」
と冗談めかして言うので、私は少し嬉しかった。



「じゃあせめて家まで送らせてくれよ。もう夜も遅いし、って、あ!お前ら練習していかなくていいのか?今日全くだろ?」


話がまとまりかけた時に、翔太さんが突然思い出したようにそう言った。




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