キミと歌う恋の歌
「確かに…」


翔太さんの言葉に衝撃を食らったようにみんなで呆然と顔を見合わせた。

私は昨日の練習も上手くいかずに飛び出してきてしまっているし、今日はまだ声出しすらしていない。
みんなは学校でリハーサルをやってはいるらしいけど、全員揃っているのとボーカルが欠けているのでは練習の密度が違うだろう。


「一回だけ通しでやらせてもらってもいいか?」


レオが翔太さんにそう願い出て頭を下げた。
私たちも後ろに並んで同じように頭を下げる。


「やめてくれよ!好きなだけやっていけって」


翔太さんは慌てた口調で快く承諾してくれた。


「ありがとな。まあでもドラムとキーボードは学校置いてきちゃったし、音源流しながら俺とソウジとアイでやるしかないな。メルとタカは自分らでなんとかして」


「お前、なんて投げやりな…酷いなメル」


「本当だよ!うちらの苦労も知らないでさ」


レオの言葉に口々に文句を重ねるタカさんとメルだったが、レオは気にする素振りも見せず、後ろを歩いていた私と目を合わせた。


「アイ大丈夫か?」


それが怪我や体調は大丈夫なのかと言う意味なのか、それともこれまでの私の歌の絶不調のことを指しているのかわからない。


だけど私はどちらの意味にしても、全部ひっくるめて胸を張って言える。


「大丈夫」


ようやく力一杯に歌えるのだと思って心が躍る。
最近は毎日何時間も心ゆくまで練習できていたから忘れていた。
歌えることの有り難さを。
歌は私を縛り付けるものでも、気分を落とすものでもない。
いつだって私を励ましてくれたのは歌だった。

みんなが機材を準備してくれている間に、私はスタジオの片隅で軽くジャンプしながらの発声や音程の確認などをしていた。
昨日までしこりのように喉に張り付いていたものが完全になくなって、声が天まで届くようにスムーズにでる。

いける、と確信して頷いていると、準備ができたと中央のスタンドマイクの前に呼ばれた。

観客代わりだと言って、前に翔太さんとメルがちょこんと座っている。

一度深呼吸をして、機材の隣で準備をしているタカさんに頷いてみせた。
すると、タカさんは親指をグッと立ててから、スイッチを押し、数日前に録音したボーカル抜きの音源が流れ出した。
音源に合わせ、レオと津神くんはタイミングばっちりにそれぞれギターとベースを弾き始め、2人の音が重なってメロディーを奏でている。
その間に、タカさんが小走りで駆けてきて、翔太さんとメルの間に座った。

マイクをギュッと握る。

こんな風に複数人からしっかり見られて歌うのは、中庭で歌った以来だ。
昨日練習を飛び出してからちょうど丸一日経ったくらいなのに、マイクを握った時の冷たい感触が久しぶりのように感じられて、胸が高鳴る。
もう無理だと一度諦めかけたのに、私はここにまた立っている。

他のことを気に病む必要なんてなかったんだ。
私はただ精一杯に歌いたい、それだけだ。


思い切って行こう。





< 103 / 152 >

この作品をシェア

pagetop