キミと歌う恋の歌
歌い終わると、いつもの2倍くらい疲労感があった。
呼吸は激しくなかなか元に戻らず、たった数十分の間に汗でびっしょりになった。
だけど、そんなことどうでもいいくらい、爽快感に溢れていた。
歌えた、ちゃんと歌えた。
膝に手を当てて、視線は下を向きながらも、気分は今すぐにでも走り出したいくらいに最高だった。
前で見ていた翔太さん、タカさん、メルも大袈裟なくらいに拍手喝采を向けてくれて、翔太さんはまた少し涙ぐんでいた。
横からポンっと背中を叩かれて、顔を上げると微笑むレオが立っていた。
「最高だよ、アイ」
それが心からの言葉なんだと信じられるだけの過程をレオと歩いてきた。
だからこそ、短いその言葉に私はほっと安心して、腰が抜けたように床に座り込んだ。
座り込むと、これまで興奮していてアドレナリンが出ていたからなのか、全く気にならなかったあざや傷が途端にジンジンと痛み出した。
だけど、それこそがこの瞬間が夢ではないのだと教えてくれているような気がして、痛みすらも心地よかった。
「感動するのはまだ早いぞ、明日が本番なんだから」
マイクを両手で握りしめたまま、喜びを噛み締めている私にレオがそう言って手を差し伸べてくれた。
差し出された手を掴むと、レオがぐいっと思いっきり引っ張ってくれて立ち上がる。
「もう心配ないな」
初めて喋った時と同じ太陽のような笑顔に、大きく頷いた一方で、まっさらな心に小さな黒いシミができていた。
その正体に私は今、気づいていて、見えないふりをしている。
上手く歌えた。
うん、それでいい。
上手く歌えているんだから
自分に必死で言い聞かせていると、
「なんか、気に食わねえんじゃねーの」
心を見抜かれたのか、興奮に満ちたスタジオの中で冷静なひと言を津神くんがポツリと落とした。
はっと振り返ると、津神くんは真っ直ぐに私の目を見ている。
その漆黒の瞳の中に映る自分に問い詰められているような気分になって、刺されたように動けない。
「またソウジ!余計なこと言わないでよ!」
すぐにメルが天使のような顔を鬼の形相に変えて、私たちの間に迫ってきた。
タカさんもそれを制そうと慌てて追いかけてきたが、津神くんは気にも止めずもう一度低い声で言った。
「全部正直に言えよ」
常に私を敵と認識していたであろう津神くんが今、私の言葉を待ってくれている。
それだけで勇気を出して踏み出すには十分だった。
「あの!みんなにお願いがあるの」
それぞれの目を見ながら一言言った。
震える自分の手を守るようにもう片方の手を重ねる。
翔太さんは心配そうにこちらを見ていて、メルとタカさんは驚いたような表情を浮かべている。
津神くんは相変わらず表情を変えないし、
レオは「どうした?」と優しく聞いてくれた。
気持ちよく歌いながらもどうしても一度感じてしまったことは払拭できなかった。
「オリジナル曲の、歌詞を変えたいの」
私の言葉で、他のみんなが突然姿を消したようにスタジオ内が静まり返った。
「なんで?いい歌詞じゃん」
しばらくして、レオが一言励ますような口調でそう言った。
「そうだよ!私感動したよ!ねえ、翔太さん」
「あ、ああ」
同意をするメルや翔太さんはきっと私が自分の作った歌詞に自信をなくしていると思っているのだろう。
だけど、そうじゃない。
「ありがとう。
でも今の歌詞じゃ、私は心から歌えないの。
もっと誰かの心に届くような、そんな歌を心から歌いたい。
ごめんなさい我儘言ってるのは本当に自覚してるんだけど、」
「変えたらもっとよくなるのか?」
レオに言葉を遮られた。
レオの真っ直ぐな視線は半端な言葉を許さない。
オリジナルの曲。
自分の本心と向き合って書いたつもりだった。
だけど、蓋を開けてみればあれは全部建前だった。
他人から言われた言葉で出来上がった自分が心の奥底にいる本物の自分と対峙することを怖がって、理想論で固めたニセモノの歌詞だ。
上手く歌えている自信はある。
だけど、上手く歌えていると、誰かの心に響くは違うように思える。
レオもメルも翔太さんもいい曲だと言ってくれたけど、歌っている本人が自信を持って歌えない曲が果たしてどれほどの人に届くのだろう。
私はこのバンドの、TREASOMのボーカルとして誇りを持って歌いたい。
だから、
「絶対によくする」
レオの視線に正面から向き合って頷いた。
「作り直す時間は今日の夜しかないぞ。やれるのか?」
厳しいレオの表情から一瞬逃げたくなったけど、ここで辞めたら本当に終わりだ。
「やる。絶対に」
そう答えると、レオはふっと笑った。
「わかった。俺は認める。お前らは?」
そう言って他の3人の顔を見ると、タカさんとメルは困惑した表情で顔を見合わせながらも、「レオがそう言うならもう私たちには何も言えないよ」と呆れつつも承諾してくれた。
津神くんはというと、
「明日無理だったとか言いやがったら許さねえ」
と、少々恐ろしい言い方ながらも頷いてくれた。
そうして、本番前日に歌詞の変更というとんでもない主張を受け入れてもらったところで、練習は終了した。
後片付けをすると、すぐに翔太さんが車を出してくれて、私たちはみんなそれに乗り込んだ。
空はすっかり星が煌めいていて、さっきまでの音にあふれた世界が嘘みたいに静まり返っていた。
まるで、この街から旅立つみたいだ、
そんなことを思いながら私は翔太さんの運転する車に揺られた。
車の中ではあの日中庭で私が歌った曲が流れているのを聴きながら、私は歌詞ノートを広げた。
呼吸は激しくなかなか元に戻らず、たった数十分の間に汗でびっしょりになった。
だけど、そんなことどうでもいいくらい、爽快感に溢れていた。
歌えた、ちゃんと歌えた。
膝に手を当てて、視線は下を向きながらも、気分は今すぐにでも走り出したいくらいに最高だった。
前で見ていた翔太さん、タカさん、メルも大袈裟なくらいに拍手喝采を向けてくれて、翔太さんはまた少し涙ぐんでいた。
横からポンっと背中を叩かれて、顔を上げると微笑むレオが立っていた。
「最高だよ、アイ」
それが心からの言葉なんだと信じられるだけの過程をレオと歩いてきた。
だからこそ、短いその言葉に私はほっと安心して、腰が抜けたように床に座り込んだ。
座り込むと、これまで興奮していてアドレナリンが出ていたからなのか、全く気にならなかったあざや傷が途端にジンジンと痛み出した。
だけど、それこそがこの瞬間が夢ではないのだと教えてくれているような気がして、痛みすらも心地よかった。
「感動するのはまだ早いぞ、明日が本番なんだから」
マイクを両手で握りしめたまま、喜びを噛み締めている私にレオがそう言って手を差し伸べてくれた。
差し出された手を掴むと、レオがぐいっと思いっきり引っ張ってくれて立ち上がる。
「もう心配ないな」
初めて喋った時と同じ太陽のような笑顔に、大きく頷いた一方で、まっさらな心に小さな黒いシミができていた。
その正体に私は今、気づいていて、見えないふりをしている。
上手く歌えた。
うん、それでいい。
上手く歌えているんだから
自分に必死で言い聞かせていると、
「なんか、気に食わねえんじゃねーの」
心を見抜かれたのか、興奮に満ちたスタジオの中で冷静なひと言を津神くんがポツリと落とした。
はっと振り返ると、津神くんは真っ直ぐに私の目を見ている。
その漆黒の瞳の中に映る自分に問い詰められているような気分になって、刺されたように動けない。
「またソウジ!余計なこと言わないでよ!」
すぐにメルが天使のような顔を鬼の形相に変えて、私たちの間に迫ってきた。
タカさんもそれを制そうと慌てて追いかけてきたが、津神くんは気にも止めずもう一度低い声で言った。
「全部正直に言えよ」
常に私を敵と認識していたであろう津神くんが今、私の言葉を待ってくれている。
それだけで勇気を出して踏み出すには十分だった。
「あの!みんなにお願いがあるの」
それぞれの目を見ながら一言言った。
震える自分の手を守るようにもう片方の手を重ねる。
翔太さんは心配そうにこちらを見ていて、メルとタカさんは驚いたような表情を浮かべている。
津神くんは相変わらず表情を変えないし、
レオは「どうした?」と優しく聞いてくれた。
気持ちよく歌いながらもどうしても一度感じてしまったことは払拭できなかった。
「オリジナル曲の、歌詞を変えたいの」
私の言葉で、他のみんなが突然姿を消したようにスタジオ内が静まり返った。
「なんで?いい歌詞じゃん」
しばらくして、レオが一言励ますような口調でそう言った。
「そうだよ!私感動したよ!ねえ、翔太さん」
「あ、ああ」
同意をするメルや翔太さんはきっと私が自分の作った歌詞に自信をなくしていると思っているのだろう。
だけど、そうじゃない。
「ありがとう。
でも今の歌詞じゃ、私は心から歌えないの。
もっと誰かの心に届くような、そんな歌を心から歌いたい。
ごめんなさい我儘言ってるのは本当に自覚してるんだけど、」
「変えたらもっとよくなるのか?」
レオに言葉を遮られた。
レオの真っ直ぐな視線は半端な言葉を許さない。
オリジナルの曲。
自分の本心と向き合って書いたつもりだった。
だけど、蓋を開けてみればあれは全部建前だった。
他人から言われた言葉で出来上がった自分が心の奥底にいる本物の自分と対峙することを怖がって、理想論で固めたニセモノの歌詞だ。
上手く歌えている自信はある。
だけど、上手く歌えていると、誰かの心に響くは違うように思える。
レオもメルも翔太さんもいい曲だと言ってくれたけど、歌っている本人が自信を持って歌えない曲が果たしてどれほどの人に届くのだろう。
私はこのバンドの、TREASOMのボーカルとして誇りを持って歌いたい。
だから、
「絶対によくする」
レオの視線に正面から向き合って頷いた。
「作り直す時間は今日の夜しかないぞ。やれるのか?」
厳しいレオの表情から一瞬逃げたくなったけど、ここで辞めたら本当に終わりだ。
「やる。絶対に」
そう答えると、レオはふっと笑った。
「わかった。俺は認める。お前らは?」
そう言って他の3人の顔を見ると、タカさんとメルは困惑した表情で顔を見合わせながらも、「レオがそう言うならもう私たちには何も言えないよ」と呆れつつも承諾してくれた。
津神くんはというと、
「明日無理だったとか言いやがったら許さねえ」
と、少々恐ろしい言い方ながらも頷いてくれた。
そうして、本番前日に歌詞の変更というとんでもない主張を受け入れてもらったところで、練習は終了した。
後片付けをすると、すぐに翔太さんが車を出してくれて、私たちはみんなそれに乗り込んだ。
空はすっかり星が煌めいていて、さっきまでの音にあふれた世界が嘘みたいに静まり返っていた。
まるで、この街から旅立つみたいだ、
そんなことを思いながら私は翔太さんの運転する車に揺られた。
車の中ではあの日中庭で私が歌った曲が流れているのを聴きながら、私は歌詞ノートを広げた。