キミと歌う恋の歌
翔太さんは最初に津神くん、その次にメルを送り届けた。


2人の家はうろ覚えらしく、助手席に座ったタカさんが懸命に説明していた。
4人の間ではお互いの住所は周知のことみたいだ。


友人の家というのを見るのは初めてで、失礼だと思いながらも2人の家に到着すると、手を止めてじっと見てしまった。


津神くんの家は、アパートの2階みたいで、津神くんは車を降りるとさっさと階段を上がって部屋に入ってしまった。

それから車で5.6分走らせたところにメルの家があった。
メルの家は、白の外壁にアンティーク調の装飾のついた可愛らしい一軒家だった。
メルが車から降りて家の前に立つと、お姫様とお城のようだ。


「メル!おかえり!」


エンジンの音で気づいたのか、中から1人の女性がサンダルを履いて出てきた。
車の近くまで来て、灯りに照らされると、その顔はメルにが少し大人びたような感じで、2人が並ぶと姉妹のように見える。

「いつもお世話になってます。すみません今日はこの子を送り届けてもらっちゃって」


「いえいえ、全然構いませんよ。遅くなってしまってすみません」


翔太さんと女性の会話を聞きながら、その美しさに見惚れていると、ぱっとが目が合った。
慌てて、「初めまして」と声が裏返りながら会釈をすると、女性はパァッと顔を輝かせた。


「あなたがアイちゃんね?」


「は、はい。あの、メルさんにはすごく親切にして頂いていて、そのお世話になってます」


車の扉越しに話すことではなかっただろう。
そして、そもそも友人の家族という存在と話すのは初めてなので、何を言えばいいのかわからない。
聞き覚えのあるような単語をなんとか取り繕って、頭を下げると、女性は嬉しそうに近づいてきた。


「初めまして、メルの母です。こちらこそいつも娘がお世話になってます。メルがね、最近アイちゃんの話しかしないのよ」


全開にした窓からメルのお母さんは右手を差しこんできたので、それを私も握ると、お母さんはもう片方も差し込んで包み込んでくれた。
手の甲から花のようないい香りがして、温かった。
私の母親も年齢にそぐわぬ美しさだと思うが、メルのお母さんも同じくらい人の親と思えぬ若々しさだ。
笑顔溢れるその表情にポーッと見惚れていると、隣にいたメルが顔を赤くして「もういいから!」とお母さんを車から引き剥がした。


「なんでよ〜せっかくアイちゃんと初対面できたのよ?もうちょっとお話しさせてよ」


お母さんは仕草も子供っぽくて、頬を膨らませておっとりとした喋り方でメルに反論している。
しかし、「早く帰らないと翔太さんに迷惑でしょ!」というメルの言葉には納得したようで、口を尖らせながらも引き下がった。


「またみんなで来るよ!」

私の隣に座るレオが、奥から窓際に顔を寄せてそう言った。レオとタカさんとメルの3人に関しては家族絡みで仲が良いみたいだ。
本物の家族のようにくだけた口調で話している。


「本当〜?いつでも来てね。アイちゃんも今度はたくさんお話ししましょうね」

嬉しそうに笑ったお母さんから、そう言われて「はい!」と元気に頷くことしかできなかった。
もっと気が利いたことを言えたらいいのにと一瞬思ったが、私が背伸びしたところで失敗しかしないだろう。

「アイ!あの、ごめんね。歌詞作り頑張ってね!」


メルの言うごめんねが何に対してたのかわからなかったが、「ありがとう」と返すと、2人に見送られて車はまた出発した。


次に車が停まったのは、メルの家があった住宅街から道をひとつ挟んだ先にある住宅街の中だった。


「大きい、、」


思わず呟かずにはいられなかった。
車の停まった目の前には横いっぱいに広がる古民家風の家だ。
瓦造りの屋根がかっこいい。
私の家もなかなかの大きさだと思うけど、敷地面積はこちらが圧倒的だった。

「ここが俺の家」

レオは指差しながら軽い口調でそう言って車を降りた。

もしかしてレオのお家もお金持ちなんだろうか。
そんな不躾なことは聞けないけど、気になってうずうずしながら、私もレオの後に続いて車を降りると、助手席からタカさんも降りてバタンと扉を閉めた。


不思議に思っていると、タカさんと目が合い、「ああ、俺の家すぐそこ」と笑って指差した。


指差した先はレオの邸宅の向かいにある住宅の一つだった。
恐るべきことにレオの家が一つある向かいにタカさんの家を含めて5宅並んでいる。

開いた口が閉まらないとはまさにこのことだ。


「じゃあな、翔太。ありがとう」


「おう、明日楽しみにしてるぞ」


家を見上げて呆然としている間に、そんな会話が始まったので慌てて車の方を向き直した。


「翔太さん、本当にたくさんありがとうございました。明日頑張るので絶対見に来てください」


そう告げると、翔太さんは大きく頷いて、窓から手を伸ばして頭を撫でてくれた。

翔太さんの車が曲がり方を曲がって姿が見えなくなると、タカさんも「じゃあな」と手を振って家に帰って行った。


「じゃ、行くか」


「あ、う、うん」


レオに声をかけられて、頷く。


粗相のないように気持ちを引き締めなければと覚悟して、レオの後に続いて家の門をくぐった。


「ただいまー」


レオの言葉に続き、「失礼しまーす」と声を張り上げた。


すると、延々に続いているように見える廊下の奥からパタパタと音が近づいてきた。
音の主は、玄関まで来たところでにっこりと笑った。

「いらっしゃい。レオがいつもお世話になってます。レオの祖母です。今日は来てくれてありがとう」

レオの面影はあまり感じないけど、全ての所作が上品で美しいご婦人だった。
背筋がまっすぐに伸びて、真っ赤な口紅がよく似合っている。


「あ、あの、今日は突然押しかけてしまってすみません。戸田愛未と申します。いつも上野くんにお世話になってます」


切羽詰まって早口になってしまった。
顔を赤くしていると、おばあさんは口元に手を置いてふふっと笑った。


「そんなに緊張しなくていいのよ。レオがタカちゃん達以外の友達を連れてきてくれて嬉しいわあ。
あ、お腹空いてるでしょ?夜ご飯用意したから手洗っていらっしゃい」


言われるとそれまで完全に忘れていたくせに、途端に空腹に襲われた。

そういえば昨日の夜からまだ何も食べてないや。

レオに案内されて、これまた広い洗面所に連れて行ってもらい、手を洗ってから食卓に招かれた。

一体何人座れるのか気になってしまう大きなダイニングテーブルには感動して言葉を失うほどの豪華な料理が湯気を立てて並んでいた。


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