キミと歌う恋の歌
「これ、全部食べていいんですか…?」


気づいた時には口に出してしまっていて、はっと口をつぐんだ。
しかし、おばあさんは微笑みながら「もちろんよ」とお茶碗にご飯をよそって私に手渡してくれた。

基本的に家では残りご飯しか食べられなかったから、こんな作りたてで品数多い夕食なんて記憶のある中では初めてだ。

「いただきます」と手を合わせて、少し迷った後に一番近くに置かれていた野菜と肉の炒め物を小皿に移して、口に入れた。

何度か噛んで、口いっぱいに広がる旨みに思わず目を閉じる。

「あの、すごく美味しいです!」


飲み込んだ後で、椅子から乗り出し気味に伝えると、おばあさんは声を出して笑った。


「嬉しいわ、他のもどんどん食べてちょうだいね。ほら、レオも早く食べなさいな」


「ああ」

空っぽだった胃の中にどんどん美味しさをつぎ込んでいく。
揚げ物にハンバーグと、兄や姉が誕生日の日に出されていたようなメニューに心が無意識に踊ってしまう。


「いい食いっぱりだな〜そんなにお腹空いてたのか、?」


隣のレオが少し唖然とした表情でそう言った時に、ようやく私は自分の手を止めることができた。
一旦冷静に、食卓を眺めると、まだ2人はほとんど食べていないのに私が大半を平らげてしまっている。

自分の食い意地の強さに気づいて、途端に恥ずかしくなった。
まるで、飢えた野生動物のようじゃないか。


「す、すみません、昨日の昼から何も食べてなくて」


そこまで言いかけたところではっとまた口をつぐんだ。

また下手に同情を買うようなことをわざわざ口にしてしまった。
本当に何も考えずに言葉を発してしまうのを改めたい。


レオはおばあさんに私の事情をどれほど話しているんだろう。
私が余計なことを口にしてしまったせいで、また無駄に気を遣わせてしまうのではないかと俯いていたが、おばあさんは「そうなのね。それじゃあお腹が空いて当然だわ。私たちのことは気にしなくていいからどんどん食べてちょうだい」と至って平然と言ってくれた。

レオはまだ何も話していないんだろうか。
それとも分かった上で、こんな風に自然体で接してくれるんだろうか。
分からないけれど、何でもないふうに話してくれるのがすごく心地よかった。

「そうだぞ、明日のためにエネルギーチャージしないといけないんだから遠慮するなよ」


「う、うん。ありがとうございます」


おばあさんとレオにそう背中を押され、私は恥ずかしくも1人で2人が食べた量をさらに超える量をたらふく平らげた。
一品一品が手の込んだとても美味しいものだった。
私は今日食べたこの夕食を一生忘れられないだろう。


夕食を食べ終わると、すぐにお風呂に入るように言われた。

何度も食器洗いをやらせてくれと訴えたが、断固拒否され受け入れてもらえなかった。
さらには一番風呂に入っていいと言われ、それも何度も遠慮したけれどやっぱり押し切られた。

こんなに暖かい湯船に浸かるのも初めてで、傷に染みて痛くはあったけど、気持ちが良かった。
鼻歌でも歌いながら、天まで登るような気持ちだった。

お風呂から上がると、おばあさんが貸してくれたスウェットに体を通した。
使ってないからと言われたが、どう見ても新品の状態だった。

ふわふわの着心地に踊り出しそうな気分で居間に戻ると、おばあさんが大きな救急箱を用意して待っていてくれて、ソファに座るように言われた。

座って手足を捲ると、おばあさんは私の腕をじっと見て、なんとも言えない表情で目を伏せた。

「…痛かったでしょう」

「あ、いや、その、見た目より大したことないんです。ほんとに」

私の歯切れの悪い返事に、おばあさんは傷薬だという軟膏を優しく塗りながら落ち着いた声で言った。

「…貴方はそうやってずっと我慢し続けてきたんでしょうけど、痛い時は痛いって言っていいのよ。そうしないと貴方の心が壊れてしまうじゃない」

私よりも何十年も長く生きてきて多くことを経験している重みを感じる言葉に、頷くことしかできずにいると、おばあさんは視線をあげて目を合わせて笑った。


「でも、そんな強い貴方もすごくかっこいいわ。レオとずっと仲良くしてあげてね」


「そんな!こちらこそです。私なんか上野くんにお世話になりっぱなしで」


「そう思ってるのは貴方だけよ。レオは貴方に出会ってから毎日が一層楽しそうよ」


居間の隣の部屋の縁側で月を見上げながらくつろいでいるレオの様子を見ながら、おばあさんは優しく微笑んだ。


おばあさんの溢れるばかりの愛情を向けられているレオが羨ましかった。


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