キミと歌う恋の歌
『〜ね!アンタなんかいなくなればいい!』
うるさいな、わかったからもう黙ってよ。
『アンタなんか誰も愛してくれないから』
そんなのお姉ちゃんには________
はっと突然意識が舞い戻って覚醒し、瞼を開けると、目の前に目を閉じた人間が横たわっていて、思わず飛び起きた。
数秒固まった後に冷静な判断力を手繰り寄せて、それがレオであることに気づいた。
周りを見回すと、昨日レオに案内されて驚いた音楽室の風景が広がっていて、あのまま寝てしまっていたことを理解した。
体は厚みのある毛布に包まっていて、突然飛び起きたことではだけてしまった部分で部屋の空気の冷たさを感じて震えた。
まだ立ち上がることができずにぼうっと床に座り込んだまま、おもむろに顔を擦ると、手の甲に水気を感じた。
それを見つめて、自分が泣いていたのだと気づく。
夢を見ていた気がする。
しばらくして立ち上がり、毛布を畳んで部屋の隅に置いて部屋をでた。
レオはまだぐっすり眠っているようだったので、そのままにしておいた。
あまり睡眠時間は長くなかったはずなのに、ずいぶん長い間ぐっすり寝ていた気分だ。
朝の爽快感に満ちた空気を胸いっぱいに吸い込んで、自然と口角が上がる。
廊下を歩いて、昨日の記憶を辿りながら脱衣所に行って、顔を洗わせてもらった。
メガネがなくて視界が悪いままなので、じっと鏡を間近で覗き込む。
長い前髪の隙間から睨むような鋭い瞳でこちらを見ているのが私だ。
「あら、おはよう。起きるのが早いのね」
突然後ろから声がして振り向くと、おばあさんがすっかり化粧を終えて綺麗な姿で立っていた。
この人が昔テレビの中で歌って踊っていたのかと思うと、途端に緊張で体が固まる。
「おはようございます」
「昨日はごめんなさいね。貴方たち何度か声をかけても起きないからそのまま毛布はかけておいたけど、地べたで寝て体が痛いでしょう?」
「いえ、全然大丈夫です。毛布ありがとうございました」
「いえいえ。あ、そうだ。貴方の制服、洗濯してアイロンかけて居間に置いているからね」
「え!そんな、申し訳ないです…」
「全然いいのよ。むしろ私の服と一緒に洗っちゃって逆に申し訳ないわ」
おばあさんの厚意とそれを気にさせないそぶりに何度も頭を下げていると、突然ぐいっと近づいてきて、私の前髪をさらりと撫でた。
「それはそうと、貴方昨日から思ってたんだけど、その前髪邪魔じゃない?」
心が読まれたようだ。
「あ、…あの、」
少し考えた後に言った。
「お願いがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、私にできることならなんでも言ってちょうだい」
「おはよー。全身痛いわー」
「地べたで寝るからよ。全くもう」
「アイもおはよう」
朝ごはんの準備を手伝っていると、レオが大きなあくびをしながら居間に入ってきた。
パジャマのまま、レオのお決まりらしい席に座ると、近くで立っていた私の方に目を向けた。
まだ私は目を合わせていない。
気づかれるかな、
変じゃないかな。
気恥ずかしさで鼓動を早くしながら、ゆっくりレオの方を向いて「おはよう」と返事をすると、レオはだんだんと目を大きく見開いた。
「アイ、前髪…」
「あの、おばあさんに切ってもらったんだ」
「上手いでしょ?本当にすっごく可愛くなったわあ」
レオが私を指差して驚いているところに、おばあさんが跳ねるように私の後ろに来て、肩に手を置いて自慢げにそう言った。
レオに凝視されて、ついつい前髪を両手で隠したくなる。
しかし、レオはぐいっと突然顔を近づけて、「超いいじゃん!」と大きく笑った。
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
これまで、傷ついた顔も自分を卑下する顔も誰にも見られたくなくて、ずっと前髪を伸ばして隠してきた。
でも、もう隠したいものは何もない。
前髪を伸ばす必要はないのだ。
そのことに気づいて、おばあさんに勇気を出して前髪の散髪をお願いした。
おばあさんは心強く了承してくれて、驚くほど慎重に切ってくれた。
久しぶりに鏡越しに見た、何にも阻まれていない素顔の私ははやっぱり自信なさそうに眉毛を下げていて、だけどそれがちょっとだけ笑えた。