キミと歌う恋の歌
真っ暗なステージの中、私が一番前に立っている。
観客席からはレオやメル、津神くんにタカさんの名前を呼ぶ声が聞こえるが、私の名前は一切聞こえない。
誰も私には期待していない。
いいじゃないか、それで。
その空気を少しでも翻せたら私の勝ちだ。
「続いては、TREASOMのステージです。どうぞ!」
司会の人の言葉で、真っ暗だったステージがパッと照らされる。
至る所から当たるスポットライトの熱と緊張でじわじわと体温が上昇していくのがわかる。
スタンドマイクを折れそうなほどにぐっと握りしめる。
よかった、メガネをかけていないせいで前の方の観客の顔がうっすら見えるくらいで、あとはあまり見えない。
ただ、とんでもない数の人間が見に来ていることはわかる。
ふーっと永く息吸い込んで吐き出すと、後ろで爆音の演奏が始まった。
背中にビリビリと圧を感じる。
一発目から怯まず行けよという思いを感じる。
さっきレオには自分の届けたい人にだけ一曲目は歌えばいいと言われ、納得したが、やっぱりそれはやめる。
私はやっぱりこの曲を待っている人全員に届けたい。
勢いよくマイクに音を吹き込んだ。
一曲目は世界でも活躍する日本のロックバンドの人気曲だ。
本家は男性ボーカルで、原曲キーのまま行くことにしたので最初は低音が思うように出ず、苦しかった。
だけど何度も練習を重ねて高音と同じだけの声量で歌えるようになった。
入りはばっちり練習通りだ。
歌うことに無我夢中で盛り上がっているのかどうかすらわからなかったけれど、2番のサビで会場全体からコーラスが聞こえた。
嬉しくなって負けじとさらに声量を高める。
いつの間にか前の方の観客はジャンプをしながら腕を振ってくれていた。
最高の出だしとなった一曲目を終え、次はレオがロック調に編曲した女性ソロアーティストの曲だ。
リズムやキーが安定せず、コロコロと変わる技巧派の一曲。
初めは楽しく歌っていたが、練習を続けていると本質にある難しさに気づいてしまい、それを掴むのがすごく難しかった。
歌詞も抽象的な表現が多く、私なりの歌い方というのをなかなか見出せなかった。
だけど、本家とは違う私だけの歌い方で歌い切る。
何度も重ねた練習の成果をそのまま発揮することができ、拍手喝采が体育館に轟いた。
二曲を続けて歌い終わり、一旦そばに置いておいたペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「どうもーTREASOMです。2曲楽しんでいただけたでしょうかー?」
同じように水分補給をしたレオが私のスタンドマイクからマイクを外して持ち、明るくよく通る声で観客に向けて言った。
わーっと言葉では聞き取れない大歓声が返ってきて、「ありがとうございまーす」とレオが陽気に返した。
至る所からレオの名前を呼んだり、かっこいい〜という黄色い声援が聞こえる。
それらにもレオは「ありがとね〜」と手を振って対応している。
その姿はもう一端のアーティストみたいだ。
「じゃあ、ここで僕らの自己紹介を簡単にさせてください。えー、バンド名はTREASOMです。
そして、僕がギター担当のレオです!よろしくお願いしまーす!」
元からのファンクラブのみならず、ここでももうすでに新たなファンを作ったのか、熱狂的な声がレオに向かって飛んできている。
「そして、ドラムのタカです!」
タカさんが立ち上がってお辞儀をすると、黄色い声援というよりは野太い声で名前を呼ぶ声が響く。
タカさんは男女共に人気で友達が多い。
「次、キーボード、メル!」
同じようにメルが頭を下げると、今度は男女比半々の声が聞こえた。
「ベースのソウジ!」
圧倒的女子の声援だ。
「そして最後に、ボーカルのアイ!」
この大声援の後じゃ目も当てられない感じになるんだろうなと、少し笑いながら私も深々とお辞儀をすると、
予想していなかった歓声が頭上に降り掛かった。
驚いて頭を上げると、たくさんの人が手を叩いてくれている。
目を見開いていると、「アイーー!!」と見知った声が聞こえた。
翔太さんだ。
じーっと目を凝らさないとあまり表情は見えないけど、笑顔でこちらに手を振ってくれている。
ああ
私は本当に1人じゃないや。
「ありがとうございまーす。僕らこれからどんどん活動していきたいと思っているので、少しでも心に残ったらぜひまた聴きに来てください!
じゃあ次の曲いきます!」
レオが上手くまとめて、次の曲名を言った。
最近若手で最も注目されていると言うバンドの曲で、動画投稿サイトでバズったZ世代で最も人気な曲らしい。
私は知らなかったけど。
ポップで明るい曲調なのに、練習を始めた当初は何度も全く楽しそうじゃないとレオに怒られた。
これまでに楽しかったことを思い出して歌えと言われたけど、何も思いつかなかった。
だけど今ならもう平気だ。
両手で抱えきれないほどの楽しさを経験した。
もしもここにいる人で楽しめていない人がいるなら絶対に笑顔にさせてみる、そんなつもりで歌おう。
その願いが通じたのか、2曲をさらに超える盛り上がりが体育館を包んだ。
振動すら感じていた。
そして、4曲目は私が中庭で歌った洋楽。
津神くんが不機嫌になりながらも何度も何度も私の発音を直してくれた。
今は自信を持って歌える。
バラード調の曲が体育館全体を優しく包む。
目を閉じて聴き入ってくれている人もいて、嬉しかった。
そして、最後5曲目。
一度水分で喉を潤している間に、レオに目配せされた。
やっぱり私かと、肩を落としながらも頑張ろうと心を奮い立たせた。
息を整え、スタンドマイクからマイクを外し、両手で持った。
シンッと静まり返る体育館。
そこに私の声だけが響いた。
「さ、最後は、私たちのオリジナル曲です。
えっと、私が作詞をして、レオが、作曲をしました。
誰かの救いになったら嬉しいです。
今日は、聴いてくださってありがとうございました。
TREASOM」
壊れそうなガラスをそっと包むように、大切に初めの一音をマイクに吹き込んだ。
________
夕暮れ沿いの赤い君
いつかの僕を重ねた
傷つけることで守って
差し伸べられた手の温もりも
信じられなかった
期待しなければ裏切られない
君の瞳は冷たく澱む
あの日の歌を覚えている?
世界が否定したって
居場所はココにあるから
君は悪くないひとりじゃない
君が叫べる日が来るまで
僕らが代わりに愛を歌うよ
もう迷わないもうくじけない
ココが僕らの現在地
温もりを知るほど
冷たさに立ち返るんだ
自分ばかりがどうしてと
呪った君は間違っていない
昨日を憎むよりも明日を夢見よう
未来の歌が世界を変える
世界が否定したって
居場所はココにあるから
君は悪くないひとりじゃない
君が笑える日が来るまで
僕らが代わりに愛を歌うよ
もう迷わないもうくじけない
ココが僕らの現在地
_______
間奏に入る。
レオに届けたい人は誰かと聞かれて、翔太さんや教頭先生の名前をあげた。
だけど、私が一番届けたい人たちは他にいるんだ。
私の一番近くで、今は後ろでずっと支えてくれている彼らだ。
レオ、メル、タカさん、津神くん
後ろを振り向くと、みんなと目が合った。
労いなのか、期待なのか、優しい笑顔を向けてくれる。
レオは私にありがとうと言ってくれたけど、本当は私の方が言わなければいけない。
私をここに連れてきてくれてありがとう。
諦めないでくれてありがとう。
目を閉じて、最後の気力を全てここに注ぎ込む。
届いて、どうか届きますように。
_________
過去が君にそんな顔させるの?
いつも笑っている必要はない
君の覚悟の理由を知りたい
今度は君の力になりたい
君を変えてしまったものは
______
ロングトーンが入る。
私ならできる。
だってみんなが私を信じてる。
三段階にキーが上がる、全ての曲で一番手こずったパートを無事歌いのけて、最後のサビに入った。
_______
世界が否定したって
居場所はココにあるから
君は悪くないひとりじゃない
君が叫べる日が来るまで
僕らが代わりに愛を歌うよ
もう迷わないもうくじけない
ココが僕らの現在地
________
観客席からはレオやメル、津神くんにタカさんの名前を呼ぶ声が聞こえるが、私の名前は一切聞こえない。
誰も私には期待していない。
いいじゃないか、それで。
その空気を少しでも翻せたら私の勝ちだ。
「続いては、TREASOMのステージです。どうぞ!」
司会の人の言葉で、真っ暗だったステージがパッと照らされる。
至る所から当たるスポットライトの熱と緊張でじわじわと体温が上昇していくのがわかる。
スタンドマイクを折れそうなほどにぐっと握りしめる。
よかった、メガネをかけていないせいで前の方の観客の顔がうっすら見えるくらいで、あとはあまり見えない。
ただ、とんでもない数の人間が見に来ていることはわかる。
ふーっと永く息吸い込んで吐き出すと、後ろで爆音の演奏が始まった。
背中にビリビリと圧を感じる。
一発目から怯まず行けよという思いを感じる。
さっきレオには自分の届けたい人にだけ一曲目は歌えばいいと言われ、納得したが、やっぱりそれはやめる。
私はやっぱりこの曲を待っている人全員に届けたい。
勢いよくマイクに音を吹き込んだ。
一曲目は世界でも活躍する日本のロックバンドの人気曲だ。
本家は男性ボーカルで、原曲キーのまま行くことにしたので最初は低音が思うように出ず、苦しかった。
だけど何度も練習を重ねて高音と同じだけの声量で歌えるようになった。
入りはばっちり練習通りだ。
歌うことに無我夢中で盛り上がっているのかどうかすらわからなかったけれど、2番のサビで会場全体からコーラスが聞こえた。
嬉しくなって負けじとさらに声量を高める。
いつの間にか前の方の観客はジャンプをしながら腕を振ってくれていた。
最高の出だしとなった一曲目を終え、次はレオがロック調に編曲した女性ソロアーティストの曲だ。
リズムやキーが安定せず、コロコロと変わる技巧派の一曲。
初めは楽しく歌っていたが、練習を続けていると本質にある難しさに気づいてしまい、それを掴むのがすごく難しかった。
歌詞も抽象的な表現が多く、私なりの歌い方というのをなかなか見出せなかった。
だけど、本家とは違う私だけの歌い方で歌い切る。
何度も重ねた練習の成果をそのまま発揮することができ、拍手喝采が体育館に轟いた。
二曲を続けて歌い終わり、一旦そばに置いておいたペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「どうもーTREASOMです。2曲楽しんでいただけたでしょうかー?」
同じように水分補給をしたレオが私のスタンドマイクからマイクを外して持ち、明るくよく通る声で観客に向けて言った。
わーっと言葉では聞き取れない大歓声が返ってきて、「ありがとうございまーす」とレオが陽気に返した。
至る所からレオの名前を呼んだり、かっこいい〜という黄色い声援が聞こえる。
それらにもレオは「ありがとね〜」と手を振って対応している。
その姿はもう一端のアーティストみたいだ。
「じゃあ、ここで僕らの自己紹介を簡単にさせてください。えー、バンド名はTREASOMです。
そして、僕がギター担当のレオです!よろしくお願いしまーす!」
元からのファンクラブのみならず、ここでももうすでに新たなファンを作ったのか、熱狂的な声がレオに向かって飛んできている。
「そして、ドラムのタカです!」
タカさんが立ち上がってお辞儀をすると、黄色い声援というよりは野太い声で名前を呼ぶ声が響く。
タカさんは男女共に人気で友達が多い。
「次、キーボード、メル!」
同じようにメルが頭を下げると、今度は男女比半々の声が聞こえた。
「ベースのソウジ!」
圧倒的女子の声援だ。
「そして最後に、ボーカルのアイ!」
この大声援の後じゃ目も当てられない感じになるんだろうなと、少し笑いながら私も深々とお辞儀をすると、
予想していなかった歓声が頭上に降り掛かった。
驚いて頭を上げると、たくさんの人が手を叩いてくれている。
目を見開いていると、「アイーー!!」と見知った声が聞こえた。
翔太さんだ。
じーっと目を凝らさないとあまり表情は見えないけど、笑顔でこちらに手を振ってくれている。
ああ
私は本当に1人じゃないや。
「ありがとうございまーす。僕らこれからどんどん活動していきたいと思っているので、少しでも心に残ったらぜひまた聴きに来てください!
じゃあ次の曲いきます!」
レオが上手くまとめて、次の曲名を言った。
最近若手で最も注目されていると言うバンドの曲で、動画投稿サイトでバズったZ世代で最も人気な曲らしい。
私は知らなかったけど。
ポップで明るい曲調なのに、練習を始めた当初は何度も全く楽しそうじゃないとレオに怒られた。
これまでに楽しかったことを思い出して歌えと言われたけど、何も思いつかなかった。
だけど今ならもう平気だ。
両手で抱えきれないほどの楽しさを経験した。
もしもここにいる人で楽しめていない人がいるなら絶対に笑顔にさせてみる、そんなつもりで歌おう。
その願いが通じたのか、2曲をさらに超える盛り上がりが体育館を包んだ。
振動すら感じていた。
そして、4曲目は私が中庭で歌った洋楽。
津神くんが不機嫌になりながらも何度も何度も私の発音を直してくれた。
今は自信を持って歌える。
バラード調の曲が体育館全体を優しく包む。
目を閉じて聴き入ってくれている人もいて、嬉しかった。
そして、最後5曲目。
一度水分で喉を潤している間に、レオに目配せされた。
やっぱり私かと、肩を落としながらも頑張ろうと心を奮い立たせた。
息を整え、スタンドマイクからマイクを外し、両手で持った。
シンッと静まり返る体育館。
そこに私の声だけが響いた。
「さ、最後は、私たちのオリジナル曲です。
えっと、私が作詞をして、レオが、作曲をしました。
誰かの救いになったら嬉しいです。
今日は、聴いてくださってありがとうございました。
TREASOM」
壊れそうなガラスをそっと包むように、大切に初めの一音をマイクに吹き込んだ。
________
夕暮れ沿いの赤い君
いつかの僕を重ねた
傷つけることで守って
差し伸べられた手の温もりも
信じられなかった
期待しなければ裏切られない
君の瞳は冷たく澱む
あの日の歌を覚えている?
世界が否定したって
居場所はココにあるから
君は悪くないひとりじゃない
君が叫べる日が来るまで
僕らが代わりに愛を歌うよ
もう迷わないもうくじけない
ココが僕らの現在地
温もりを知るほど
冷たさに立ち返るんだ
自分ばかりがどうしてと
呪った君は間違っていない
昨日を憎むよりも明日を夢見よう
未来の歌が世界を変える
世界が否定したって
居場所はココにあるから
君は悪くないひとりじゃない
君が笑える日が来るまで
僕らが代わりに愛を歌うよ
もう迷わないもうくじけない
ココが僕らの現在地
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間奏に入る。
レオに届けたい人は誰かと聞かれて、翔太さんや教頭先生の名前をあげた。
だけど、私が一番届けたい人たちは他にいるんだ。
私の一番近くで、今は後ろでずっと支えてくれている彼らだ。
レオ、メル、タカさん、津神くん
後ろを振り向くと、みんなと目が合った。
労いなのか、期待なのか、優しい笑顔を向けてくれる。
レオは私にありがとうと言ってくれたけど、本当は私の方が言わなければいけない。
私をここに連れてきてくれてありがとう。
諦めないでくれてありがとう。
目を閉じて、最後の気力を全てここに注ぎ込む。
届いて、どうか届きますように。
_________
過去が君にそんな顔させるの?
いつも笑っている必要はない
君の覚悟の理由を知りたい
今度は君の力になりたい
君を変えてしまったものは
______
ロングトーンが入る。
私ならできる。
だってみんなが私を信じてる。
三段階にキーが上がる、全ての曲で一番手こずったパートを無事歌いのけて、最後のサビに入った。
_______
世界が否定したって
居場所はココにあるから
君は悪くないひとりじゃない
君が叫べる日が来るまで
僕らが代わりに愛を歌うよ
もう迷わないもうくじけない
ココが僕らの現在地
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