キミと歌う恋の歌
演奏が終わり、マイクを口元から離した瞬間、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。

肩で息をしながら、ゆっくりと目の前の光景を見渡す。


この中心にいるのが私だなんて、約1ヶ月前の自分に言ったってこの歳になってそんな妄想恥ずかしいよ、と一蹴するだろう。


乗り越えて無事に歌い切ることができたのだ。
感動で全身が震えて、高揚感に満ち溢れる。


夢みたいな景色だ。


泣かないと決めていたのに、目が潤んで視界が霞む。


「泣くなって」


涙をこぼさぬように必死に耐えていると、隣から歩いてきたレオが私の頭にポンッと手を置いた。
頷きながら、乱雑に手の甲で目を擦っている間に、津神くんやメル、タカさんも前に出てきて一列を作っていた。

レオが大きく息を吸い込んで、体育館全体に響く声で「ありがとうございましたー!」と叫んでガバッと勢いよく頭を下げた。
タイミングは合わなかったが、私たちも同じように頭を下げる。
すると、より一層私たちを包む拍手は大きくなり、口笛の音も至るところで飛んでいた。

そのまま一旦撤収作業のために幕が降り始め、私たちも後ろに下がったが、予想外のことが起きた。


「アンコール!アンコール!」


誰か1人が始めたその音頭がどんどん周りを巻き込み、途中まで下がった幕を揺らすほどの音量になった。

楽器の撤収のため、すでにステージに出てきていた実行委員の人たちが動揺した様子で顔を見合わせていて、ステージ袖では次にお笑いライブをやる予定の人たちが驚いた表情で覗き込んでいる。

私たちもつい動きを止めて、その様子に見入ってしまっていた。

少し経ってもなくならないアンコールを求める声に、委員の人たちが集合して話を始めた。


手持ち無沙汰となってしまった私たちも集まって、汗だくの顔を見合わせて労いあった。


「お疲れ。今まででいちばんの出来だったな」


「おう!最高だった」


「アイも、よく頑張ったじゃん」


「アイ…?大丈夫?」


肩を叩かれて、意識を取り戻す。


「あ、ご、ごめんなさい。あの、なんかふわふわしちゃって…」


ステージが始まった瞬間から、夢の世界にいるみたいで、どうも意識が混濁している。
こんなに素敵な世界にいる私は、現実なんだろうかと疑ってしまう。
雲の上を歩いている気分だ。


「興奮しすぎだろ。こんくらいでみっともねえ」


隣の津神くんが腕を組んで呆れた顔をこちらに向けている。


「ご、ごめんなさい」


「水差すよね、ソウジは。あんただってアイのこと言えないでしょ!演奏終わってガッツポーズしてたのちゃんと見てたんだから」


「…うるせえな」


「ほらほらなんでお前らは終わった瞬間から喧嘩するかなー。こんな時くらい仲良くしなさいよ」


ステージの中央で言い争うメルと津神くんと、早速仲裁要員になってしまっているタカさんを見ながら、やっぱりぽーっと棒立ちしていると、レオが私の肩に腕を回してポンポンと何度か叩いた。


「最高だろ。人前で歌うの」


得意げに笑うレオを見つめる。


この人がいなければ私はこんな光景絶対に見ることはできなかった。
あの日見出してくれていなければ。


「あの、レオ、本当にありが」


「すみません!一曲歌ってもらってもいいですか?」


レオへの言葉を遮って、実行委員長の生徒が手を合わせながら近づいてきた。


「え、いいんですか?時間ないんじゃ」


レオが表情を明るくしながらも、気遣った返事をすると、委員長は忙しなく首を振った。


「みんな興奮してて、このまま無理やり終わると逆に後に響きそうなんで。一曲くらいならなんとかなりますし、他の方も同意してくれてますんで、お願いします。
でもちょっと巻きで行きたいんで、このまま幕開けますね。どうにかうまくやってください!」


「ええ、このまま?あ、ちょっと!」


委員長のなんとも力技すぎる持っていき方にあのレオですら動揺を隠せていなかったが、指示通り早々に幕はまた上がり始め、委員長は光の速さで袖に下がってしまった。


「え、ちょっ、他は練習してないし、5曲の中からやるしかないよな?」


「どれ?私もう気抜けちゃったんだけど」


「切り替えろ。で、何する?」


「え、えー…盛り上がる曲で行くと、3曲目?」


中央に固まって口々に言い合っている間に、幕は上がり切ってしまった。
再び大声援が私たちを迎えてくれる。


「3曲目でいく?」


「もうそれでいいじゃね?」


レオが早口で捲し立てた結論に了解して、それぞれのポジションに散らばろうとした時だった。


「最後の曲がいいー!」


女性のよく通る声が、ノイズの中を超えて、私たちの元に届いた。
次の瞬間騒がしかった体育館に静寂が訪れ、
顔を見合わせていると、その意見はだんだん周りに波及していき、同じように最後の曲を求める声が大きくなっていく。


「TREASOMやってー!」「オリジナルー!」次々と似たような声が飛んでくる。


「どうすんの!」


メルが手のひらを開いたり閉じたりしながら、レオに向かって声を張ると、


「観客に言われたらそうするしかないな」


レオはギターを構えて、いくつかのコードを押さえながら、舌なめずりをして言った。


「TREASOMでいいんだな?!」


「俺次は間奏でアドリブしていい?」


「すんなっつったってお前はするんだろ」


「バレた?」


「頼むから余計なことしないでよー」


もうステージで私語をするのにも抵抗感がなくなり、一定の距離を保ったまま、4人は会話をしている。


その姿を笑いながら見てると、レオに「アイ!」と名前を呼ばれた。
慌てて背筋を伸ばすと、観客の方を親指でさして、「全部出し尽くすぞ」と言った。

みんなの顔を見回すと、呆れた顔で笑いながら頷いてくれた。


マイクを持つ。


「ア、アンコールありがとうございます。
えっと、TREASOM気に入ってもらえて嬉しいです。
もう一回やります」


「いいぞー!」「待ってましたー!」と前の方から歓声が飛ぶ。


自然と口角が上がって、張り詰めていた糸が切れる。
肩が軽くなって、今ならどこまででも飛んでいけそうだ。

もっともっとたくさん歌いたい。



大声援に背中を押されて、私たちは最後の演奏を始めた。




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