キミと歌う恋の歌
アンコールが終わり、大盛況のうちにステージを降り、再び真っ暗になった体育館の端を足音を立てずに移動していると、途中でパイプ椅子に座って次の演目を待っている教頭先生と目が合った。
教頭先生は満面の笑みを浮かべて、音を立てずに手を叩くジェスチャーを見せてくれた。
何度も頭を下げて横を通り過ぎ、開け放しになっている扉から外に出た。
次の登校日にお礼しないと、と心に決めていると、どこからかものすごい数の生徒がやってきて、あっという間に周りを取り囲まれた。
揉みくちゃになって、やっと群衆の外に出られたと思ったら、私以外の4人を中心とした円が出現していた。
レオと津神くんの周りは数えきれないほどの女子で埋め尽くされている。
うちの高校の制服だけではなく、色んな制服の女子たちもたくさんいて、写真撮影やファンレターの受け取りを求められているようだ。
レオは笑顔でそれぞれに応対しているが、津神くんは今にも死にそうなげっそりとした表情を浮かべていた。
しかし、途中でレオに何やら耳打ちされた津神くんは、投げやりな態度ではあるものの、ファンの子たちの要求を飲み始めた。
津神くんがこんな風に応えてくれるのは普段だと絶対ないので、騒ぎを聞きつけた女子たちがさらに駆けつけ、周りから見ると、芸能人が突然現れでもしたような騒ぎだった。
タカさんとメルの方はというと、メルが迫り来る男子に怯え切って、タカさんの後ろから絶対に離れようとしないので、必然的にタカさんのお友達の方たちとメルのファンの男女が一緒になって2人を取り囲むことになっていた。
そちらも写真撮影を求められていたが、メルが絶対に映ろうとしない一方でタカさんは人がよく断りきれない性格なので、心霊写真のようなものが出来上がっていた。
そんな光景を微笑ましく見ながら、私は体育館の階段に腰をかけ、空を眺めていた。
頭の中が澄み渡って、心は穏やかだった。
あんな人たちと同じステージに立ってたなんて、信じられないな。
優しく吹き抜ける風が前髪を揺らす。
これから、どうしよう。
終わった途端、考えないようにしていたことが頭に浮かびはじめた。
あまり信頼はできないけど、児童相談所にでも行こうか。
高校生でも相手にしてくれるのかな。
でもやっぱり父のことだから、お金に物を言わせて家に連れ戻されそうだな。
まあでも、それならそれでもいいか、
この先何十年死ぬまであの家に閉じ込められたとしても耐えられるほどのたくさんの思い出をもらった。
世界一のボーカルになると豪語したけど、やっぱり現実的に考えて、私はまだ高校生だ。
大人の元でないと生きられない。
「冷たっ」
頭を悩ませていると、突然左頬に冷たさを感じて、思わず声を出した。
上を見上げると、ひょこっと見知った顔が現れた。
「翔太さん!」
「お疲れアイ!最高だったぜお前の歌。これ差し入れ」
「あ、ありがとうございます!」
翔太さんから手渡されたものはスポーツ飲料のペットボトルだった。
キンキンに冷えたそれをすぐに開けて、乾いた喉に流し込んだ。
「あいつらの分は…後ででいいか。ったくあんなに人気なんだな。どこの芸能人かと思ったわ」
翔太さんの手元にはまだあと4本同じものがあったが、4人の方を見て、薄ら笑いを浮かべながら、私の隣に座ってペットボトルを地面に置いた。
「みんなはこの学校のアイドルですから」
「ふーん。あ、てかアイ前髪切ったんだな。めちゃくちゃ似合ってるぜ」
「ありがとうございます、レオのおばあちゃんに切ってもらったんです」
「ああ!レオのばあちゃんめちゃくちゃいい人だろ?」
「はい!すごく素敵な方でした」
「一緒に見てたんだけど、保護者からチラチラ見られてから帰っちゃったんだよ。でも、すごくよかったって言ってたぞ」
「そうなんだ、嬉しいな…」
レオのおばあさんは本物の芸能人だから仕方ない。
バレて騒ぎにでもなったら大変だ。
また話したかったから少し残念だったが、我慢して飲み込んだ。
「どうだった?初めてのステージは」
翔太さんは頬杖をついてレオたちの方を見ながら聞いた。
「本当に、夢みたいな時間でした」
きっとこの先何があっても私の記憶の中心には今日の思い出が色濃く残るのだろう。
「そうか。よかった」
そう言う翔太さんの顔は私からは見えない。
「あ!戸田さん!」
しばらく翔太さんと肩を並べて談笑を楽しんでいると、向こうから大きな声で名前を呼ばれた。
肩を振るわせて、声のする方を見ると、息を切らした結城さんたちが立っていた。
「アイの友達か?」
「いや、クラスメイトの人たち…」
結城さんたちは駆け足で近寄ってきて、私の手を握った。
そして、目をキラキラと輝かせて早口で喋った。
「ライブ最っ高だったよ!もう私声出しすぎて枯れちゃった!オリジナルの曲もさー、私あの曲毎日聴きたいくらいだよ。本当によかった〜」
「動画撮ってたんだけど、大丈夫だったかな?後で見返したくて、嫌だったらもちろん消すけど」
「あ、ありがとう。えっと、動画は全然大丈夫だよ」
勢いに押されながら、そう答えると、みんな飛び上がって喜んでいた。
「あ!私写真撮りたい!」
「私も私も!」
向こうの撮影会に気づいた結城さんがそう言い出し、他の2人も口々に同意した。
混み合ってる向こうを背伸びで確認しながら、「あ、後ででよかったらたぶんみんな空いてると思うけど…」と返事をすると、結城さんが首を傾げた。
「どういうこと?私は戸田さんと撮りたいんだけど」
「…私と?なんで…」
「なんでって、戸田さんと撮りたいからだよ!それ以外理由なんかないよ。こんなすごい子が友達にいるんだって家族にも友達にも自慢したいの!」
頭の中で結城さんの言葉を繰り返して音読する。
「とも、だち、?」
つい声に出してしまっていた。
すると、
「あっ…ごめん、友達なんて烏滸がましいよね」
結城さんは恥ずかしそうに顔を赤らめて視線を落とした。
理解が追いつかず、動きを止めて固まっていると、後ろから様子を見ていた翔太さんにポンッと肩を叩かれた。
「よかったな、友達できたんだな。アイ」
見上げると、翔太さんは優しい笑顔を浮かべている。
「え、えっと、私なんかと、友達でいいの?」
恐る恐る尋ねると、結城さんたちは顔を見合わせて、声を出して笑った。
「ごめん、私たちは戸田さんのこと友達だって思っちゃってた」
口を開けば、一緒に涙まで出てしまいそうで、嬉しさを心の底から表現したいのに、ただ唇を結んで堪えることしかできなかった。
そんな私に結城さんは不思議そうな顔をしながら、もう一度「撮ってくれる?」と尋ねた。
「うん、私も撮りたい」
そう答えると、翔太さんが「よし、俺が撮るよ。みんな近寄ってポーズ撮りな〜」と言った。
結城さんたちが口々に「ありがとうございます!」と言って、誰かの携帯を手渡して、私を真ん中に駆け寄ってくる。
「よーし、行くぞ〜。アイ!笑えって」
シャッターを構える翔太さんが苦笑いでそう言う。
私はきっと酷い顔をしているんだろう。
こんな写真を見せたって自慢の一つにもならないだろう。
申し訳ない。
でも今くらい浸らせてほしい。
誰にとってもクラスメイト以上の存在にはなれなかった私に初めて、クラスメイトの友達ができたんだから。
教頭先生は満面の笑みを浮かべて、音を立てずに手を叩くジェスチャーを見せてくれた。
何度も頭を下げて横を通り過ぎ、開け放しになっている扉から外に出た。
次の登校日にお礼しないと、と心に決めていると、どこからかものすごい数の生徒がやってきて、あっという間に周りを取り囲まれた。
揉みくちゃになって、やっと群衆の外に出られたと思ったら、私以外の4人を中心とした円が出現していた。
レオと津神くんの周りは数えきれないほどの女子で埋め尽くされている。
うちの高校の制服だけではなく、色んな制服の女子たちもたくさんいて、写真撮影やファンレターの受け取りを求められているようだ。
レオは笑顔でそれぞれに応対しているが、津神くんは今にも死にそうなげっそりとした表情を浮かべていた。
しかし、途中でレオに何やら耳打ちされた津神くんは、投げやりな態度ではあるものの、ファンの子たちの要求を飲み始めた。
津神くんがこんな風に応えてくれるのは普段だと絶対ないので、騒ぎを聞きつけた女子たちがさらに駆けつけ、周りから見ると、芸能人が突然現れでもしたような騒ぎだった。
タカさんとメルの方はというと、メルが迫り来る男子に怯え切って、タカさんの後ろから絶対に離れようとしないので、必然的にタカさんのお友達の方たちとメルのファンの男女が一緒になって2人を取り囲むことになっていた。
そちらも写真撮影を求められていたが、メルが絶対に映ろうとしない一方でタカさんは人がよく断りきれない性格なので、心霊写真のようなものが出来上がっていた。
そんな光景を微笑ましく見ながら、私は体育館の階段に腰をかけ、空を眺めていた。
頭の中が澄み渡って、心は穏やかだった。
あんな人たちと同じステージに立ってたなんて、信じられないな。
優しく吹き抜ける風が前髪を揺らす。
これから、どうしよう。
終わった途端、考えないようにしていたことが頭に浮かびはじめた。
あまり信頼はできないけど、児童相談所にでも行こうか。
高校生でも相手にしてくれるのかな。
でもやっぱり父のことだから、お金に物を言わせて家に連れ戻されそうだな。
まあでも、それならそれでもいいか、
この先何十年死ぬまであの家に閉じ込められたとしても耐えられるほどのたくさんの思い出をもらった。
世界一のボーカルになると豪語したけど、やっぱり現実的に考えて、私はまだ高校生だ。
大人の元でないと生きられない。
「冷たっ」
頭を悩ませていると、突然左頬に冷たさを感じて、思わず声を出した。
上を見上げると、ひょこっと見知った顔が現れた。
「翔太さん!」
「お疲れアイ!最高だったぜお前の歌。これ差し入れ」
「あ、ありがとうございます!」
翔太さんから手渡されたものはスポーツ飲料のペットボトルだった。
キンキンに冷えたそれをすぐに開けて、乾いた喉に流し込んだ。
「あいつらの分は…後ででいいか。ったくあんなに人気なんだな。どこの芸能人かと思ったわ」
翔太さんの手元にはまだあと4本同じものがあったが、4人の方を見て、薄ら笑いを浮かべながら、私の隣に座ってペットボトルを地面に置いた。
「みんなはこの学校のアイドルですから」
「ふーん。あ、てかアイ前髪切ったんだな。めちゃくちゃ似合ってるぜ」
「ありがとうございます、レオのおばあちゃんに切ってもらったんです」
「ああ!レオのばあちゃんめちゃくちゃいい人だろ?」
「はい!すごく素敵な方でした」
「一緒に見てたんだけど、保護者からチラチラ見られてから帰っちゃったんだよ。でも、すごくよかったって言ってたぞ」
「そうなんだ、嬉しいな…」
レオのおばあさんは本物の芸能人だから仕方ない。
バレて騒ぎにでもなったら大変だ。
また話したかったから少し残念だったが、我慢して飲み込んだ。
「どうだった?初めてのステージは」
翔太さんは頬杖をついてレオたちの方を見ながら聞いた。
「本当に、夢みたいな時間でした」
きっとこの先何があっても私の記憶の中心には今日の思い出が色濃く残るのだろう。
「そうか。よかった」
そう言う翔太さんの顔は私からは見えない。
「あ!戸田さん!」
しばらく翔太さんと肩を並べて談笑を楽しんでいると、向こうから大きな声で名前を呼ばれた。
肩を振るわせて、声のする方を見ると、息を切らした結城さんたちが立っていた。
「アイの友達か?」
「いや、クラスメイトの人たち…」
結城さんたちは駆け足で近寄ってきて、私の手を握った。
そして、目をキラキラと輝かせて早口で喋った。
「ライブ最っ高だったよ!もう私声出しすぎて枯れちゃった!オリジナルの曲もさー、私あの曲毎日聴きたいくらいだよ。本当によかった〜」
「動画撮ってたんだけど、大丈夫だったかな?後で見返したくて、嫌だったらもちろん消すけど」
「あ、ありがとう。えっと、動画は全然大丈夫だよ」
勢いに押されながら、そう答えると、みんな飛び上がって喜んでいた。
「あ!私写真撮りたい!」
「私も私も!」
向こうの撮影会に気づいた結城さんがそう言い出し、他の2人も口々に同意した。
混み合ってる向こうを背伸びで確認しながら、「あ、後ででよかったらたぶんみんな空いてると思うけど…」と返事をすると、結城さんが首を傾げた。
「どういうこと?私は戸田さんと撮りたいんだけど」
「…私と?なんで…」
「なんでって、戸田さんと撮りたいからだよ!それ以外理由なんかないよ。こんなすごい子が友達にいるんだって家族にも友達にも自慢したいの!」
頭の中で結城さんの言葉を繰り返して音読する。
「とも、だち、?」
つい声に出してしまっていた。
すると、
「あっ…ごめん、友達なんて烏滸がましいよね」
結城さんは恥ずかしそうに顔を赤らめて視線を落とした。
理解が追いつかず、動きを止めて固まっていると、後ろから様子を見ていた翔太さんにポンッと肩を叩かれた。
「よかったな、友達できたんだな。アイ」
見上げると、翔太さんは優しい笑顔を浮かべている。
「え、えっと、私なんかと、友達でいいの?」
恐る恐る尋ねると、結城さんたちは顔を見合わせて、声を出して笑った。
「ごめん、私たちは戸田さんのこと友達だって思っちゃってた」
口を開けば、一緒に涙まで出てしまいそうで、嬉しさを心の底から表現したいのに、ただ唇を結んで堪えることしかできなかった。
そんな私に結城さんは不思議そうな顔をしながら、もう一度「撮ってくれる?」と尋ねた。
「うん、私も撮りたい」
そう答えると、翔太さんが「よし、俺が撮るよ。みんな近寄ってポーズ撮りな〜」と言った。
結城さんたちが口々に「ありがとうございます!」と言って、誰かの携帯を手渡して、私を真ん中に駆け寄ってくる。
「よーし、行くぞ〜。アイ!笑えって」
シャッターを構える翔太さんが苦笑いでそう言う。
私はきっと酷い顔をしているんだろう。
こんな写真を見せたって自慢の一つにもならないだろう。
申し訳ない。
でも今くらい浸らせてほしい。
誰にとってもクラスメイト以上の存在にはなれなかった私に初めて、クラスメイトの友達ができたんだから。