キミと歌う恋の歌
「え、なんで?」
楽しい空気から突如現実に引き戻されたような気分になって背筋が凍る。
隣のメルも動揺した様子でレオと私の顔を交互に見ている。
「昨日ソウジが言ってただろ。話に行くから顔揃えて待っとけって」
「いや、それはその場限りの嘘なんじゃ…」
「そんなつもりさらさらねえよ」
津神くんが鋭い言葉で突き刺してくる。
「でも!!」
勢いに任せて、がたっと椅子の音を立てて立ち上がった。
みんなが私をじっと見上げている。
「も、もうこれ以上みんなに迷惑かけられない。
私、は大丈夫だから。
ちゃんと行政に頼ってなんとかしてみる。
みんなの負担になりたくないの。
私がこんなこと言うのおこがましいかもしれないけど、
みんなと対等になりたいの」
もっと冷静に話すつもりだったのに、タイミングがタイミングだったので、理路整然ならない言葉を連ねてしまう。
私は必死だった。
みんなの厚意はもう十分にわかっている。
払い除けたいわけじゃない。
これ以上みんなの負んぶに抱っこな状態は我慢ならなかった。
散々助けてもらった側の私が言えることではないけれど、ちゃんと過去を自分の手で精算して、その後でも彼らが私を受け入れてくれるというのなら、今度こそ支えなしに自分の足だけでしっかり立って歌いたい。
静まり返る部屋の中で、最初に声を出したのはそれまでじっと私たちの様子を見ていたおばあさんだった。
「貴方は子どもよ。レオやタカちゃん、みんなもね。まだ周りの大人に頼って守られていい存在なの。
貴方は自分がずっと誰かに頼り切った存在のように言ってるけど、どうしてそんな風に思うの?
貴方は他の大多数の人間が体験していない、すべきでないことにずっと1人で耐えてきたのに。
もう十分よ。
貴方一人で立ち向かったって、いいように丸め込まれてまた搾取されるわ。
勝手で申し訳ないけど、私の方で先方に連絡はしてる。
私が貴方の家に話をつけに行くわ。着いてこられる?行きたくなければ行かなくてもいい。
私が1人で行くから」
テーブルの上で手を組み、棒立ちする私の顔を見上げてゆっくりと言い聞かせるようにおばあさんは話す。
「な、なんでおばあさんが…
か、関係ないです。
私は大丈夫ですから」
「大丈夫、大丈夫って誤魔化して生きてきた貴方の今の姿はボロボロじゃない」
指さされた体を見つめる。
打撲の跡を包む真っ白な包帯、絆創膏で隠した無数の切り傷たち。
ここまで見える形で怪我したのは子供の頃以来だった。
ボロボロなのだろうか、この身体は。
そうなのだとしても、傷は時間が経てば必ず治る。
「勘違いしないで。
ボロボロなのは身体じゃない。貴方の心よ。
怪我は治るけど、貴方の心は一生かけても治らないかもしれない。
もう貴方がこれ以上傷を重ねる必要はない。
貴方の力にならせてほしい」
胸の辺りをそっと抑える。
もう、いいのかな。
頼ってもいいのかな。
私を助けようとしてくれた家族は私のせいであの街を追い出された。
あざだらけの姿で交番の前で何時間も立っていたけど、見えないふりをされた。
担任の先生に勇気を出して殴られていると明かした晩は、珍しく父親に怒声をあげながら殴られた。
その次の日から担任は私と目を合わせないようになった。
大人は自分の守りたいものを守るので精一杯で、他人の私を気にかける余裕なんてないのだと、小学生ながらに理解した。
それは決して悪いことではない。
私の運が悪かったのだ。
誰かを不幸にするくらいなら誰にも頼らない。
傷つくくらいなら初めから期待しない。
現状が変わらなくったって、居場所を作ってくれる翔太さんがいるだけずっとマシだ。
必死でそう思い込んできた。
だけど、本当は、ずっと助けて欲しかった。
「…っ、助けてください…。
もう、あの家には帰りたくないけど、でもどうしたらいいかわかりません」
声を絞り出すと、それがスイッチのように涙が滝のように溢れ出した。
メルが私を抱きしめて背中をさすりながら、一緒に涙を流してくれる。
「ごめんね、
大人が不甲斐なくて。
貴方がこんなに耐え続ける必要なかったのね」
テーブルをまわって私のそばにやってきたおばあさんは、声を詰まらせながら頭を撫でてくれた。
ひとしきり泣いた後、落ち着いたところを見計らって、おばあさんが遠慮がちに言った。
「そろそろ行かなくちゃ。
貴方はここで待ってなさい」
涙を拭きながら、首を振った。
「私も一緒に行きます」
「でも…」
「行かなきゃダメなんです。
行かせてください」
これまで私が話そうとしても、あの人たちにまともに取り合ってもらえたことはない。
だけど、おばあさんが、第三者がいれば、ちゃんと向き合ってくれるかもしれない。
ここで逃げてしまったらきっと私は一生弱いままだ。
ちゃんと顔を合わせて話さないと、私はあの家から進めない。
楽しい空気から突如現実に引き戻されたような気分になって背筋が凍る。
隣のメルも動揺した様子でレオと私の顔を交互に見ている。
「昨日ソウジが言ってただろ。話に行くから顔揃えて待っとけって」
「いや、それはその場限りの嘘なんじゃ…」
「そんなつもりさらさらねえよ」
津神くんが鋭い言葉で突き刺してくる。
「でも!!」
勢いに任せて、がたっと椅子の音を立てて立ち上がった。
みんなが私をじっと見上げている。
「も、もうこれ以上みんなに迷惑かけられない。
私、は大丈夫だから。
ちゃんと行政に頼ってなんとかしてみる。
みんなの負担になりたくないの。
私がこんなこと言うのおこがましいかもしれないけど、
みんなと対等になりたいの」
もっと冷静に話すつもりだったのに、タイミングがタイミングだったので、理路整然ならない言葉を連ねてしまう。
私は必死だった。
みんなの厚意はもう十分にわかっている。
払い除けたいわけじゃない。
これ以上みんなの負んぶに抱っこな状態は我慢ならなかった。
散々助けてもらった側の私が言えることではないけれど、ちゃんと過去を自分の手で精算して、その後でも彼らが私を受け入れてくれるというのなら、今度こそ支えなしに自分の足だけでしっかり立って歌いたい。
静まり返る部屋の中で、最初に声を出したのはそれまでじっと私たちの様子を見ていたおばあさんだった。
「貴方は子どもよ。レオやタカちゃん、みんなもね。まだ周りの大人に頼って守られていい存在なの。
貴方は自分がずっと誰かに頼り切った存在のように言ってるけど、どうしてそんな風に思うの?
貴方は他の大多数の人間が体験していない、すべきでないことにずっと1人で耐えてきたのに。
もう十分よ。
貴方一人で立ち向かったって、いいように丸め込まれてまた搾取されるわ。
勝手で申し訳ないけど、私の方で先方に連絡はしてる。
私が貴方の家に話をつけに行くわ。着いてこられる?行きたくなければ行かなくてもいい。
私が1人で行くから」
テーブルの上で手を組み、棒立ちする私の顔を見上げてゆっくりと言い聞かせるようにおばあさんは話す。
「な、なんでおばあさんが…
か、関係ないです。
私は大丈夫ですから」
「大丈夫、大丈夫って誤魔化して生きてきた貴方の今の姿はボロボロじゃない」
指さされた体を見つめる。
打撲の跡を包む真っ白な包帯、絆創膏で隠した無数の切り傷たち。
ここまで見える形で怪我したのは子供の頃以来だった。
ボロボロなのだろうか、この身体は。
そうなのだとしても、傷は時間が経てば必ず治る。
「勘違いしないで。
ボロボロなのは身体じゃない。貴方の心よ。
怪我は治るけど、貴方の心は一生かけても治らないかもしれない。
もう貴方がこれ以上傷を重ねる必要はない。
貴方の力にならせてほしい」
胸の辺りをそっと抑える。
もう、いいのかな。
頼ってもいいのかな。
私を助けようとしてくれた家族は私のせいであの街を追い出された。
あざだらけの姿で交番の前で何時間も立っていたけど、見えないふりをされた。
担任の先生に勇気を出して殴られていると明かした晩は、珍しく父親に怒声をあげながら殴られた。
その次の日から担任は私と目を合わせないようになった。
大人は自分の守りたいものを守るので精一杯で、他人の私を気にかける余裕なんてないのだと、小学生ながらに理解した。
それは決して悪いことではない。
私の運が悪かったのだ。
誰かを不幸にするくらいなら誰にも頼らない。
傷つくくらいなら初めから期待しない。
現状が変わらなくったって、居場所を作ってくれる翔太さんがいるだけずっとマシだ。
必死でそう思い込んできた。
だけど、本当は、ずっと助けて欲しかった。
「…っ、助けてください…。
もう、あの家には帰りたくないけど、でもどうしたらいいかわかりません」
声を絞り出すと、それがスイッチのように涙が滝のように溢れ出した。
メルが私を抱きしめて背中をさすりながら、一緒に涙を流してくれる。
「ごめんね、
大人が不甲斐なくて。
貴方がこんなに耐え続ける必要なかったのね」
テーブルをまわって私のそばにやってきたおばあさんは、声を詰まらせながら頭を撫でてくれた。
ひとしきり泣いた後、落ち着いたところを見計らって、おばあさんが遠慮がちに言った。
「そろそろ行かなくちゃ。
貴方はここで待ってなさい」
涙を拭きながら、首を振った。
「私も一緒に行きます」
「でも…」
「行かなきゃダメなんです。
行かせてください」
これまで私が話そうとしても、あの人たちにまともに取り合ってもらえたことはない。
だけど、おばあさんが、第三者がいれば、ちゃんと向き合ってくれるかもしれない。
ここで逃げてしまったらきっと私は一生弱いままだ。
ちゃんと顔を合わせて話さないと、私はあの家から進めない。