キミと歌う恋の歌
「じゃあ、私とアイちゃんで行くからあなた達はここで待ってなさい」
おばあさんが上着を羽織りながら、他のメンバー4人に対してそう言った。
あらかじめタクシーを呼んでくれていたらしく、あと10分もせずに家の前に到着するらしい。
しかし、レオはそんなおばあさんに詰め寄って声を荒げた。
「は?なんでだよ!俺も行く」
おばあさんは手のひらを額に乗せて、ため息をついた。
「あんたは感情に任せて動きすぎる。大人しく家で待ってなさい」
「やだよ。俺はこのバンドのリーダーだ」
「だから何?所詮あなたもまだ子どもなのよ。昨日だって家に押し入るんじゃなくて他にやり方があったかもしれないでしょ。もし不法侵入として追放されていたらどうするつもりだったの?!」
おばあさんの穏やかで落ち着いた一面しか見ていなかったから、突然見せた厳しい一面に驚いてしまう。
眉を吊り上げて、声を荒げている姿には迫力があって、自然と鳥肌が立っていた。
だけど、おばあさんの言っていることは何も間違ってはいない。
レオもそれを十分に理解しているのだろう。
おばあさんの顔を睨みながらも、押し黙った。
さらに言葉を続ける。
「貴方たちがアイちゃんのことを心配してるのはわかってる。だけど、今みんなで押しかけたところで混乱するだけでしょう?」
おばあさんの言葉にタカさんとメルは納得するように小さく頷いていた。
だが、レオはまだおばあさんのことを睨みつけている。
睨み合いの時間が続き、どうしても耐えきれなくなって恐る恐るレオの肩を叩いた。
「あの、レオ。心配してくれてありがとう。でも、」
「昨日の音声データを持っているのは俺です」
私の一世一代の勇気は途中で津神くんの声に遮られた。
椅子から立ち上がって、おばあさんの目をまっすぐに見つめている津神くん。
いつも何事にも無関心な彼の意図が読めず、みんなの視線が集まる。
その中で津神くんは私を一瞥して話し出した。
「こいつの家族は一筋縄でいく相手じゃないと思います。あの手この手でこいつを取り戻そうとしてくるはず。
翔太の話では相当汚い手も使っているようですから。
目には眼をじゃないけど、理不尽な脅しにはこっちだってそれ相応のものを用意しておくべきです。
そのためにはこの音声は必要なはずです」
津神くんの話ぶりを客観的に聞いていると、私の家族はまるで巨悪な詐欺師のようだ。
おばあさんは少し考えるサプリを見せた後、「…じゃあ私がその音声をもらう」と返事をした。
しかし、
「嫌です。これは渡しません。
俺が持って行きます。ついでにレオも行かせてやってください」
と、津神くんは強い姿勢で断固拒否の姿勢を見せた。
おばあさんは腕を組んでじっと津神くんの目を見つめる。
「珍しいわね。あなたがそんなに積極的に関わろうとするとは思わなかった」
私も心からそう思う。
昨日から津神くんの言動には何度も驚かされている。
私に同情してくれているのだろうとは思うけど、ここまで主体的に絡もうとするキャラクターではなかったはず。
津神くんは硬く口を結んでいたが、肩の力を抜くようにフッと息を吐いて、私を見た。
つい、身構えてしまう。
しかし、津神くんは私に何をするのでもなく、小さな声で話し出した。
「…気に入らないんです。親の責務を放棄して、平気で子どもを傷つけるこいつの親が。
余計なことはしません。お願いします、行かせてください」
そう言って、津神くんは大きく頭を下げた。
津神くんが誰かに頭を下げるのは初めて見た。
それも、この状況を言語化すると、彼は私のために頭を下げてくれていることになる。
レオもそんな津神くんの姿に驚きながらも、自分もガバッと勢いよく頭を下げた。
「頼む。俺も行かせてくれ、ばあちゃん。
仲間が戦ってるのに、おめおめとここで待っておくなんて俺にはできないよ」
おばあさんは2人の頭頂部をしばらく見下ろした後、部屋の掛け時計をちらりと見てから深いため息をついた。
もう時間もあまりない。
「こう言ってるけど、アイちゃんどうする?」
途端に私の方に全視線が集中する。
まさか私に回ってくるとは夢にも思っていなかったので、動揺はするけれど、私にはここまで言ってくれている2人を断る理由なんて一つもない。
それに、昨日だって2人が来てくれなかったら今私はここにいない。
「あの、2人が一緒についてきてくれるなら私は有難いです」
おずおずとそう返事すると、おばあさんはもう一度ため息をついて、2人に顔を上げるように言った。
「余計な口は絶対に挟まないこと。それを守れる?」
「はい」 「わかってるよ」
問いかけに2人は真摯な顔で頷くと、おばあさんは「早く準備して。もうタクシーが来ちゃうから」と言って、居間を離れた。
部屋に取り残された私たち。
ありがとうと2人に声をかけようとしたが、その前にメルがそっと私の肩に手を置いた。
「アイ、あの、あの、私も行けるなら行きたいんだけど、でも、ご、ごめんね」
顔を青くしながら、なぜか謝るメル。
「どうして謝るの?」と聞いたが、少しパニック気味に冷や汗をかいて、キョロキョロと目線をあちこちにやる。
「落ち着け、メル。大丈夫だから」
すかさず、タカさんが私とメルの間に入って、落ち着かせるようにメルの背中を何度か叩いた。
「アイごめんな、俺たちは一緒に行けなくて」
「いえそんな、」
「レオ、ソウジ。アイのこと守ってやってくれ。頼むな」
タカさんはそう言って2人の肩を叩いた。
すると、丁度おばあさんが「タクシー来たから行くわよ」と声をかけてきた。
「ああ!タカ、メルのことよろしくな。メル、また考えすぎんなよ。誰もお前を責めたりしてないから」
レオはそう言う。
でもメルは返事もせずに目を見開いて、うわごとのように「ごめんなさい」と呟いている。
私はいつの間にか、これから家に行って両親や姉と対面するのだという恐怖感よりもメルの様子がおかしいことへの心配の方が上回っていた。
訳もなく、自分を責めるような謝罪を繰り返すメルの姿にどこか自分を感じてしまう。
姿は似ても似つかないのはわかっているけれど、
「メ、メル」
そのまま無視して出て行くことはできなくて、呼びかけてみたが、レオに腕を掴まれてそのまま玄関の方へ引っ張っていかれた。
津神くんは後ろについてきている。
「レオ、あのメルの様子がおかしいんじゃ」
必死にその後ろ姿に訴えるが、レオは歩みを止めない。
「今はいい。自分のことだけ考えろ。
メルもアイが無事に帰ってくることを願ってる」
こっちも見ないでレオは言う。
ずっとメルには何かあるのだろうと予想していた。
ファミレスでの一件、異常なほどに1人でいることを避けるけどその一方で他人を寄せ付けないこと。
今のみんなの様子を見て、それが確信に変わる。
私の知らない何かが、メルを苦しめている。
だけど、レオの言う通り。
今は自分のことだけを考えよう。
自分の家族と向き合うこともせずに、メルと分かり合えるとは到底思えない。
後ろ髪を引かれる思いをグッと堪えて、タクシーの後部座席に3人で乗り込んだ。
おばあさんが上着を羽織りながら、他のメンバー4人に対してそう言った。
あらかじめタクシーを呼んでくれていたらしく、あと10分もせずに家の前に到着するらしい。
しかし、レオはそんなおばあさんに詰め寄って声を荒げた。
「は?なんでだよ!俺も行く」
おばあさんは手のひらを額に乗せて、ため息をついた。
「あんたは感情に任せて動きすぎる。大人しく家で待ってなさい」
「やだよ。俺はこのバンドのリーダーだ」
「だから何?所詮あなたもまだ子どもなのよ。昨日だって家に押し入るんじゃなくて他にやり方があったかもしれないでしょ。もし不法侵入として追放されていたらどうするつもりだったの?!」
おばあさんの穏やかで落ち着いた一面しか見ていなかったから、突然見せた厳しい一面に驚いてしまう。
眉を吊り上げて、声を荒げている姿には迫力があって、自然と鳥肌が立っていた。
だけど、おばあさんの言っていることは何も間違ってはいない。
レオもそれを十分に理解しているのだろう。
おばあさんの顔を睨みながらも、押し黙った。
さらに言葉を続ける。
「貴方たちがアイちゃんのことを心配してるのはわかってる。だけど、今みんなで押しかけたところで混乱するだけでしょう?」
おばあさんの言葉にタカさんとメルは納得するように小さく頷いていた。
だが、レオはまだおばあさんのことを睨みつけている。
睨み合いの時間が続き、どうしても耐えきれなくなって恐る恐るレオの肩を叩いた。
「あの、レオ。心配してくれてありがとう。でも、」
「昨日の音声データを持っているのは俺です」
私の一世一代の勇気は途中で津神くんの声に遮られた。
椅子から立ち上がって、おばあさんの目をまっすぐに見つめている津神くん。
いつも何事にも無関心な彼の意図が読めず、みんなの視線が集まる。
その中で津神くんは私を一瞥して話し出した。
「こいつの家族は一筋縄でいく相手じゃないと思います。あの手この手でこいつを取り戻そうとしてくるはず。
翔太の話では相当汚い手も使っているようですから。
目には眼をじゃないけど、理不尽な脅しにはこっちだってそれ相応のものを用意しておくべきです。
そのためにはこの音声は必要なはずです」
津神くんの話ぶりを客観的に聞いていると、私の家族はまるで巨悪な詐欺師のようだ。
おばあさんは少し考えるサプリを見せた後、「…じゃあ私がその音声をもらう」と返事をした。
しかし、
「嫌です。これは渡しません。
俺が持って行きます。ついでにレオも行かせてやってください」
と、津神くんは強い姿勢で断固拒否の姿勢を見せた。
おばあさんは腕を組んでじっと津神くんの目を見つめる。
「珍しいわね。あなたがそんなに積極的に関わろうとするとは思わなかった」
私も心からそう思う。
昨日から津神くんの言動には何度も驚かされている。
私に同情してくれているのだろうとは思うけど、ここまで主体的に絡もうとするキャラクターではなかったはず。
津神くんは硬く口を結んでいたが、肩の力を抜くようにフッと息を吐いて、私を見た。
つい、身構えてしまう。
しかし、津神くんは私に何をするのでもなく、小さな声で話し出した。
「…気に入らないんです。親の責務を放棄して、平気で子どもを傷つけるこいつの親が。
余計なことはしません。お願いします、行かせてください」
そう言って、津神くんは大きく頭を下げた。
津神くんが誰かに頭を下げるのは初めて見た。
それも、この状況を言語化すると、彼は私のために頭を下げてくれていることになる。
レオもそんな津神くんの姿に驚きながらも、自分もガバッと勢いよく頭を下げた。
「頼む。俺も行かせてくれ、ばあちゃん。
仲間が戦ってるのに、おめおめとここで待っておくなんて俺にはできないよ」
おばあさんは2人の頭頂部をしばらく見下ろした後、部屋の掛け時計をちらりと見てから深いため息をついた。
もう時間もあまりない。
「こう言ってるけど、アイちゃんどうする?」
途端に私の方に全視線が集中する。
まさか私に回ってくるとは夢にも思っていなかったので、動揺はするけれど、私にはここまで言ってくれている2人を断る理由なんて一つもない。
それに、昨日だって2人が来てくれなかったら今私はここにいない。
「あの、2人が一緒についてきてくれるなら私は有難いです」
おずおずとそう返事すると、おばあさんはもう一度ため息をついて、2人に顔を上げるように言った。
「余計な口は絶対に挟まないこと。それを守れる?」
「はい」 「わかってるよ」
問いかけに2人は真摯な顔で頷くと、おばあさんは「早く準備して。もうタクシーが来ちゃうから」と言って、居間を離れた。
部屋に取り残された私たち。
ありがとうと2人に声をかけようとしたが、その前にメルがそっと私の肩に手を置いた。
「アイ、あの、あの、私も行けるなら行きたいんだけど、でも、ご、ごめんね」
顔を青くしながら、なぜか謝るメル。
「どうして謝るの?」と聞いたが、少しパニック気味に冷や汗をかいて、キョロキョロと目線をあちこちにやる。
「落ち着け、メル。大丈夫だから」
すかさず、タカさんが私とメルの間に入って、落ち着かせるようにメルの背中を何度か叩いた。
「アイごめんな、俺たちは一緒に行けなくて」
「いえそんな、」
「レオ、ソウジ。アイのこと守ってやってくれ。頼むな」
タカさんはそう言って2人の肩を叩いた。
すると、丁度おばあさんが「タクシー来たから行くわよ」と声をかけてきた。
「ああ!タカ、メルのことよろしくな。メル、また考えすぎんなよ。誰もお前を責めたりしてないから」
レオはそう言う。
でもメルは返事もせずに目を見開いて、うわごとのように「ごめんなさい」と呟いている。
私はいつの間にか、これから家に行って両親や姉と対面するのだという恐怖感よりもメルの様子がおかしいことへの心配の方が上回っていた。
訳もなく、自分を責めるような謝罪を繰り返すメルの姿にどこか自分を感じてしまう。
姿は似ても似つかないのはわかっているけれど、
「メ、メル」
そのまま無視して出て行くことはできなくて、呼びかけてみたが、レオに腕を掴まれてそのまま玄関の方へ引っ張っていかれた。
津神くんは後ろについてきている。
「レオ、あのメルの様子がおかしいんじゃ」
必死にその後ろ姿に訴えるが、レオは歩みを止めない。
「今はいい。自分のことだけ考えろ。
メルもアイが無事に帰ってくることを願ってる」
こっちも見ないでレオは言う。
ずっとメルには何かあるのだろうと予想していた。
ファミレスでの一件、異常なほどに1人でいることを避けるけどその一方で他人を寄せ付けないこと。
今のみんなの様子を見て、それが確信に変わる。
私の知らない何かが、メルを苦しめている。
だけど、レオの言う通り。
今は自分のことだけを考えよう。
自分の家族と向き合うこともせずに、メルと分かり合えるとは到底思えない。
後ろ髪を引かれる思いをグッと堪えて、タクシーの後部座席に3人で乗り込んだ。