キミと歌う恋の歌
タクシーに乗っている間、誰も喋らなかった。
私は移り行く景色を眺めながら、過去の記憶を辿っていた。
家の前に到着すると、一気に胸の鼓動が速くなる。
家を空けることなんてほとんどなかったので、たった1日帰らなかっただけで久々に訪れたような感覚を覚える。
「鳴らすわよ」
おばあさんが門の前で私たちに確認してから、インターホンのボタンを指で押した。
ゆっくりと呼び鈴が鳴り、しばらくした後で、母の声で「はい」と返ってきた。
「ご連絡した上野です」
「…ああ、はい、どうぞお上がりください」
隠す気のない不機嫌な気持ちをそのまま声に乗せて、母は返事をし、ガチャっと力任せにインターフォンを切る音がした。
おばあさんは母の態度に苦笑いをしながら、門を押し開け、中をずんずんと進んでいく。
玄関のドアの前に立つと、自分の手足が震えているのに気づいた。
ここにきてまで、情けない、止まってよ。
両手を体の前で組んで、ぐっと握りしめるが、汗ばむだけで一向に震えは止まらない。
唇を噛み締めた時、隣からふっと手が伸びてきて、私の手の上にふわっと乗った。
横を見ると、レオが口角を上げて微笑んだ。
「大丈夫。何があっても俺らがいる。
絶対に守るから」
その途端、震えが嘘のように止まった。
そうだ、私は1人で立ち向かうんじゃない。
自分に言い聞かせて、レオに「ありがとう」と返した時、ちょうど玄関のドアがガチャっと重々しく開いた。
中から顔を覗かせたのは母親だった。
わかりやすく不満そうな顔をしてドアを開けた母は、私の顔をまず最初に見つけて鋭く睨みつけた後、他の3人をじろっと舐め回すように見ていた。
しかし、最後におばあさんに視線を向けると、信じられないとでもいうように目を丸くした。
そして、
「あの、まさか、高木吉乃さんでは…」
と、声をうわずらせておばあさんに対して聞いた。
「ええ、ご存知ですか?」
「あ、ああ、それはもちろん」
「光栄ですわ。こちらでお話しするのもなんですし、中にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「は、はあ、もちろんです。どうぞ」
強気で出てきた母が既におばあさんの雰囲気に気圧されている。
おばあさんやレオはそんなふうに振る舞わないから全くわからないけれど、私が予想できるよりも遥かにおばあさんの芸能人としての知名度や、格は高いのかもしれない。
母がこんなに誰かにへりくだっている様子を初めて見た。
家の中に入り、居間に通される。
私が座らせてもらえたことはないダイニングテーブルに、父親と姉が不機嫌そうに腕を組んで座っていた。
私たちが部屋に入っても立ち上がる様子もなかったが、父がふっと視線をこちらに向けた途端その態度は180度変わった。
先ほどの母と同じような表情を浮かべて、慌てた様子で席から立ち上がった。
そして、目の前の光景が信じられないとでもいうように何度も目をこすりながらおばあさんの顔をじっと見ている。
姉はおばあさんの正体には気づいていないようだったが、そんな父に倣って、決まり悪そうに立ち上がった。
「どうぞ」と母に誘導されて、父と姉と向かい合う形で、おばあさんと私が座り、その後ろにレオと津神くんが立つ形になった。
「どうも、今日はこんな遅い時間にお伺いしてすみません。まあ、早急に話し合う必要があると思いましたので、ねえ?」
おばあさんは至って自然体で、上品な笑みを浮かべながらそう言った。
「あ、あの失礼ですが、以前アイドルとして活躍されていた高木吉乃さんでは?」
父が動揺した様子で席に座り直しながら、おばあさんに聞いた。
おばあさんは頬に手を添えて笑う。
「あら、ご主人もご存知ですか。ありがとうございます。
高木は旧姓でして、今は上野吉乃と名乗っております。
お嬢さんも芸能界で幼い時から活動されているようですね、少しばかり親近感を持ちますわ」
おばあさんは決して強気な口調というわけではないのに、纏う雰囲気は有無を言わさない余裕感がある。
あの天上天下唯我独尊の姉が、おばあさんの迫力に気圧されているのか、口を半開きにするだけで何も答えられずにいるのだ。
「昨日は私の愚孫が失礼したようで、申し訳ありませんでした」
おばあさんはそう言って、後ろに立つレオの頭を無理やり押し下げて、自らも頭を下げた。
すると、父も慌ててガバッと頭を下げた。
「こ、こちらこそ私どもの家族の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
家族か、
父から流れ出たその単語に思わず手で口元を隠し、苦笑してしまった。
1日ぶりに家に帰ってからまだ一度も目も合わせてもらえず、声もかけてもらえない私のことを家族と呼ぶのか。
私は移り行く景色を眺めながら、過去の記憶を辿っていた。
家の前に到着すると、一気に胸の鼓動が速くなる。
家を空けることなんてほとんどなかったので、たった1日帰らなかっただけで久々に訪れたような感覚を覚える。
「鳴らすわよ」
おばあさんが門の前で私たちに確認してから、インターホンのボタンを指で押した。
ゆっくりと呼び鈴が鳴り、しばらくした後で、母の声で「はい」と返ってきた。
「ご連絡した上野です」
「…ああ、はい、どうぞお上がりください」
隠す気のない不機嫌な気持ちをそのまま声に乗せて、母は返事をし、ガチャっと力任せにインターフォンを切る音がした。
おばあさんは母の態度に苦笑いをしながら、門を押し開け、中をずんずんと進んでいく。
玄関のドアの前に立つと、自分の手足が震えているのに気づいた。
ここにきてまで、情けない、止まってよ。
両手を体の前で組んで、ぐっと握りしめるが、汗ばむだけで一向に震えは止まらない。
唇を噛み締めた時、隣からふっと手が伸びてきて、私の手の上にふわっと乗った。
横を見ると、レオが口角を上げて微笑んだ。
「大丈夫。何があっても俺らがいる。
絶対に守るから」
その途端、震えが嘘のように止まった。
そうだ、私は1人で立ち向かうんじゃない。
自分に言い聞かせて、レオに「ありがとう」と返した時、ちょうど玄関のドアがガチャっと重々しく開いた。
中から顔を覗かせたのは母親だった。
わかりやすく不満そうな顔をしてドアを開けた母は、私の顔をまず最初に見つけて鋭く睨みつけた後、他の3人をじろっと舐め回すように見ていた。
しかし、最後におばあさんに視線を向けると、信じられないとでもいうように目を丸くした。
そして、
「あの、まさか、高木吉乃さんでは…」
と、声をうわずらせておばあさんに対して聞いた。
「ええ、ご存知ですか?」
「あ、ああ、それはもちろん」
「光栄ですわ。こちらでお話しするのもなんですし、中にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「は、はあ、もちろんです。どうぞ」
強気で出てきた母が既におばあさんの雰囲気に気圧されている。
おばあさんやレオはそんなふうに振る舞わないから全くわからないけれど、私が予想できるよりも遥かにおばあさんの芸能人としての知名度や、格は高いのかもしれない。
母がこんなに誰かにへりくだっている様子を初めて見た。
家の中に入り、居間に通される。
私が座らせてもらえたことはないダイニングテーブルに、父親と姉が不機嫌そうに腕を組んで座っていた。
私たちが部屋に入っても立ち上がる様子もなかったが、父がふっと視線をこちらに向けた途端その態度は180度変わった。
先ほどの母と同じような表情を浮かべて、慌てた様子で席から立ち上がった。
そして、目の前の光景が信じられないとでもいうように何度も目をこすりながらおばあさんの顔をじっと見ている。
姉はおばあさんの正体には気づいていないようだったが、そんな父に倣って、決まり悪そうに立ち上がった。
「どうぞ」と母に誘導されて、父と姉と向かい合う形で、おばあさんと私が座り、その後ろにレオと津神くんが立つ形になった。
「どうも、今日はこんな遅い時間にお伺いしてすみません。まあ、早急に話し合う必要があると思いましたので、ねえ?」
おばあさんは至って自然体で、上品な笑みを浮かべながらそう言った。
「あ、あの失礼ですが、以前アイドルとして活躍されていた高木吉乃さんでは?」
父が動揺した様子で席に座り直しながら、おばあさんに聞いた。
おばあさんは頬に手を添えて笑う。
「あら、ご主人もご存知ですか。ありがとうございます。
高木は旧姓でして、今は上野吉乃と名乗っております。
お嬢さんも芸能界で幼い時から活動されているようですね、少しばかり親近感を持ちますわ」
おばあさんは決して強気な口調というわけではないのに、纏う雰囲気は有無を言わさない余裕感がある。
あの天上天下唯我独尊の姉が、おばあさんの迫力に気圧されているのか、口を半開きにするだけで何も答えられずにいるのだ。
「昨日は私の愚孫が失礼したようで、申し訳ありませんでした」
おばあさんはそう言って、後ろに立つレオの頭を無理やり押し下げて、自らも頭を下げた。
すると、父も慌ててガバッと頭を下げた。
「こ、こちらこそ私どもの家族の問題に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
家族か、
父から流れ出たその単語に思わず手で口元を隠し、苦笑してしまった。
1日ぶりに家に帰ってからまだ一度も目も合わせてもらえず、声もかけてもらえない私のことを家族と呼ぶのか。